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なんでこんなことになってるわけ?
私にとって、今の状況は悪夢としか思えなかった。
教室という限られた空間に、変わらず在る戒の姿をちらりと見、溜息を吐く。
同じ制服に身を包み、ごく普通──容姿は普通とは言い難いけど──の高校生として、自分と同じく、黒板に向かい、大人しく先生の話を聞いている。
なんだかとっても、違和感を感じてしまう。
だって、一応、あちらの世界では名の通った実力のある魔法使いなんでしょ?
なんでわざわざ、こちらの学校の・・しかも、決して高度とは言えない、むしろつまらない部類の教育を甘んじて受けようとしているわけ?
・・やっぱり、私の行動を探るため・・よね。
戒だって、いつまでも今のままでいいなんて、思ってるわけないもの。
『ボクは確かに、人間じゃないけど、吸血鬼でもないんだよ』
冗談混じりではあったけど、あの言葉は本心だろう。
彼だって、あんなこと、自ら進んでしているわけじゃない。魔力減少を防ぐ手立てがなく、かといって補わないわけにも行かず、それこそ、背に腹は代えられない切羽詰まった状況だからしているのだ。
うぅ・・でも私、本当に呪いなんて掛けた憶えないし・・わかんないよ・・。
そして・・家に居る限りの私には、解決の糸口を見出せなかった彼は、学校での私に目をつけた。
これまでは女子校通いという、性別の枠があったため、自然に入り込むことが叶わなかった領域が開けた今、彼は当然の行動を取ったに過ぎない。
だけど・・。
なにせ、彼の容姿は目立つ。
そりゃ、今時、茶髪がほとんどだし、金髪に近い色に染めてる子だっている。カラーコンタクトだって珍しくない。
けど、人工物と自然物では、やはり見栄えが全然違うのだ。
こぅ、内側から溢れ出る輝きというか・・戒の底意地の悪い性格を知っていて、なお、見とれてしまう本物の綺麗さがあった。
あの銀の髪と、蒼い瞳だけは、いまだに・・大好きだわ。
『・・セイ・・気をつけたほうがいいと思うよ』
複雑な想いは幻聴までも呼ぶのだろうか・・彼の声が聞こえた気がして、振り払うように小さく首を振る。
が、意識を向けるべきは幻聴ではなく、現実だったのだ。
先生の話そっちのけで、戒のことばかりつらつら考えていた私は、迂闊だった。
「っ・・黒崎聖!」
「・・え?」
頭上から大音声で名前を呼ばれ、顔を上げれば・・不機嫌な表情をした先生が仁王立ちしている。
このお決まりな展開は・・。
「どうやら、先生の見立ては気にいらんようだな」
「は・・い?」
一瞬、なんのことを言っているのか解らず、よくよく黒板を見れば、数名の名前が書かれている。更に注意深く見れば、それはどうやら、学園祭での実行委員候補を募っているところらしい。
「適任がいれば、名を挙げてくれてもいいんだぞ」
「あ・・いえ、あの・・」
もちろん、私にそんなつもりは全くなくて、戸惑ってしまう。
と・・。
「センセー。だったら、黒崎さんに委員やってもらえば?」
「そうそう。黒羽くんとセットでさぁ。二人、かなり仲いいみたいだし、その方がやり易いんじゃね?」
有り難くもない無責任な提案をしてくれるクラスメイトに、軽く殺意を憶えながら、私は心の中で思いっきりしかめっ面をした。
決して好意的な仲じゃないので、お断りです・・。
そう、強い思いを込めて先生を見上げながら、首を横に振る。
「でも・・黒羽くん、クラス委員のと生徒会の仕事もあるし、忙しいんじゃないかな?役職のない、暇な人がやるべきだと思うけど・・」
「そ・・そうよね。ここはやはり、先生の考える通りの人選で・・」
不意に出た反対意見を耳に、望まない展開から逃れることが出来るかもしれないと、慌てて同意を試みた。
あーでもない、こーでもないと、にわかに意見が交錯する中、みんなが納得するような中立の一言が黒井さんから発せられる。
「カイ・・黒羽くん次第でいいんじゃないかしら?暇な人というより、やる気のある人がやった方が現実的に役立つと思います」
「ふむ・・そうだなぁ。黒羽、お前はどうしたい?」
それはまさに、晴天の霹靂。
ある意味筋は通っているけど・・最も振って欲しくない相手に、決定権は移されてしまった。
そして、間違いなく、戒はこう答えるだろう。
「そう、ですね・・。クラス委員と生徒会の仕事といっても、ボクは雑用止まりですし、大した労力ではありませんから、いいですよ」
予測通り、笑顔で肯定する彼。どうしてこうなるの・・?
ぜっっっっったい、無理!嫌ったら嫌なんだってば!
恨みがましく睨んでも、戒は涼し気な笑みを向けるだけ。
うぅ・・せめて、リコちゃんが一緒なら・・クラスメイトたちの目線が集まる中、親友の姿を見つけ、私は必死に助けを求めた。
「・・先生。あたしも実行委員やりたいです」
天の助けとはこのこと。
私の意をしっかり汲んでくれたリコちゃんが、軽く手を上げ、立候補しているではないか。
予想外の展開に、先生は少しだけ考える風に頭を掻き・・。
「まぁ、主要メンツが揃ったなら、あとは・・やる気のある者が担えばいいか。黒羽が実行委員長。黒崎が副委員長。灰音が・・書記ってことでいいな。どうだ?黒羽」
「・・ええ。ボクは構いませんよ」
どこまでも人の善い風体を崩さない似非王子とバッチリ目が合い、にーっこりと鮮やかに微笑まれる。
以前の、彼の本性を知らない頃の私だったら、惚けていたであろうそれは・・。
「黒崎さん、灰音さん、よろしくね」
明らかに状況を喜んでいる底意地の悪い笑顔にしか、見えなかったのは、皮肉だ。
結局、実行委員の口頭での割り振りは決定事項となり、その他の人選だけが当初の予定通り、先生の挙げた者に落ち着く。
HRが終わって早々、私はリコちゃんの元へ駆け寄り、手を合わせた。
「リコちゃん・・ごめんね。ありがと」
「いいわよ、別に。セイと一緒だもん」
「リコちゃぁん・・」
やんわり微笑む瞳には、私を気遣う光を宿していて・・あぁ、持つべき者は友達だよね・・。
「うぅ・・リコちゃん、愛してるっ!」
「セイったら、大袈裟だなぁ。ふふ・・愛いヤツじゃ」
感謝を込めてギュッと抱きつけば、たおやかな手が私の頭をヨシヨシと撫でる。
リコちゃん、ほんと、貴女が大好きです。
優しい仕草に軽く感動して涙さえ滲みそうになった私の耳に、邪魔者の鶴の声。
「黒崎さん。早速、実行委員としての初仕事・・先生に頼まれたから、一緒に来てくれるかな?」
がくっと頭が下がる。
初日から仕事って・・先生、貴方は鬼ですか。
「初日からこき使うなんて、人使い荒いわね・・解った。あたしも用意する」
「いや、灰音さんはいいよ。とりあえず、うちのクラスの出し物をどうするか。過去の資料を見て幾つか候補を挙げるだけだし、まだ準備の下準備みたいなものだから、手は足りると思う」
「え・・」
ってことは・・戒と二人っきりってこと?
ものすっっっっっっっっごく、嫌なんですけど・・。
私の心情は面白いほど素直に表情と行動に出たようで、気づけば縋る様にリコちゃんを見上げていた。
「人数は多い方がいいでしょ?あたしが自主的に手伝うって言ってるんだから、いいじゃん」
なおも食い下がり、私と戒の間に割り込む姿勢を取ってくれる親友。
さすがの彼も筋の通った一理ある申し出を、無下に断ることはできないだろう。
そう安堵した私は甘かった。
「・・灰音さん」
不意に真剣味を帯びた声。
なんだか、嫌な予感がした。
「これは、ボクとセイがすべきことなんだ。申し訳ないけど、本当に《手伝いはいらない》から、《帰って》?」
一言一言に変な重みがあって、有無を言わせぬ響きが宿っていて・・あ、これってまさか・・。
気づいたものの、一歩遅かった。
「・・わかったわ。それじゃ、セイ。頑張ってね。また明日」
「り、リコちゃん・・?」
素直に戒の言葉に従い、鞄を持って教室を出て行くリコちゃん。
あぅ・・救いの女神が行ってしまった・・。
てか、これは確実に彼女の意志ではない。
私は原因を目の前に、キッと睨みつける。
「酷い・・魔法でリコちゃんを操るなんて・・」
「彼女が素直に聞き分けてくれたら良かったんだけどね。ボクだって苦渋の選択だったんだよ?」
「っ・・第一、なんで私を巻き込んだの?カイが断ってくれたら、こんなことにはならなかったんじゃん!」
「だから、忠告はしたでしょ?気をつけたほうがいいって。それをないがしろにしたのはセイだし。これはちょっとした罰だよ。人の好意を無にすると、損をするってね?」
あの声は幻聴じゃなかったんだ・・。
戒の言うことはいちいち筋が通っていて、隙がなくて。
でも・・でも、やっぱり納得できない!
「くぅ・・わ、私のことはともかく・・。そうよ。たかが、委員の仕事じゃない。リコちゃんに手伝って貰ったって、マイナスにはならないでしょ?それなのに・・」
そこまでして、私と二人きりになって意地悪したいわけ?呪いを掛けたことに対する、腹いせ?
私、そこまで戒の迷惑?嫌がらせされてしまうほど、怒らせてるわけ?
と、彼は小さく嘆息し、無言で私に移動するようにと招いた。
ああ・・さっさと委員の仕事しようってことね。グズグズと時間取って悪かったわよ!
冷酷な彼が悔しくて、悲しくて、滲む涙をグッと堪える。
教室に隣接された準備室に入り、周囲の目が無くなったところで、やはり戒は大きな溜息を吐いた。それはもぅ、見るからに呆れた様子。
プツンと私の中の我慢が切れた。ドッと涙が溢れる。
「な、なによ!そんな盛大に溜息つかなくたって・・いいじゃん!・・ち、ちゃんと、役員の仕事は、す、するわよ!それなら、文句ないんでしょ!?」
必死で涙を拭いながら、戸棚の中に収まったファイルを取り出そうと、伸ばした腕は、けれど掴み取られてしまう。
「なにも泣くことないでしょ。セイはなにを勘違いしてるんだか・・」
「かん、ちがい?私に嫌がらせしたくて・・二人きりになろうとしたんじゃ・・?」
「あのねぇ・・キミの中で、ボクはどれだけ悪いイメージなわけ?いくら“魔王”だって言っても、そんな姑息なことしないよ」
呆れた雰囲気はそのままに、困った風に肩を竦める彼の表情は・・優しかった。
私を見つめる瞳にやからかう種の色は浮かんでおらず、鮮やかな蒼はとても澄んでいる。誤摩化しや、偽りではない、本当に気遣いのある視線だ。
「だったら、どうして・・」
「ボクがなんのために、学校という領域のキミをこちらへ引き込んだか・・。家でのキミには特別、ボクを封じ込める特別な何かをした形跡がない。となれば、怪しいのは・・」
「・・学校での、私の行動?」
「うん。だから、二人でその軌跡を辿ろうと思っただけ」
それで二人っきりにこだわったわけ?
戒は・・意地悪したかったわけでも、腹いせしたかったわけでも、怒らせたわけでも・・なかったんだ。
かくんと膝から力が抜けた。
床にしゃがみこみそうになった身体は、素早く差し出された二の腕によって抱え上げられ、支えられる。
「それを勝手に悪い方悪い方にばかり考えて・・馬鹿だね」
「う・・うぅ・・ど、どうせ私は、早とちりの大馬鹿者ですよぅ・・」
「・・本当に、困った子」
ぼろぼろと零れた涙は、彼の少し冷たい指先で拭われ、肩口に頭を押し付けられた。しゃくりを挙げる背中を緩やかに撫でられ、ポンポンと軽く叩かれる。
それは、まるで幼子をあやす保母さんみたい。
けど、今の私にはなによりの救いだった。