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「・・なんで隣なのよ・・」

 怒気を孕んだ小さな呟き。
 隣を見れば、ボクを睨みつける聖の姿がある。

「だって・・セイ、この学校に慣れてないでしょ?色々教えてあげようと思って」
「別に教えてくれなくていいから、元の学校に戻してくれない?リコちゃんまで巻き込んで・・横暴過ぎ」

 にっこり微笑んで答えれば、ますます、肩を怒らせる彼女。

「それは無理」
「なんでよ。魔法かけたの、カイでしょ?簡単じゃない」
「キミに呪いを掛けられてる状態のボクが、そんな大層な魔法使えるわけないでしょ?」
「え・・だったら、誰が・・」

 一瞬、怒りを忘れて困惑する表情が、純粋な疑問を投げかける。
 さきほどの僕らのやりとり・・そして、多少なりとも魔法の才があるのなら、魔力を感じ、解るはずのからくりを、彼女は気づけない。
 となると、やはり聖に魔法使いとしての能力はないということになる。
 だが、ボクの魔力はこうして減り続けている。
 聖・・キミはどんなからくりを使ったの?

「・・アリスはボクの幼馴染みなんだ」
「え?」
「そして、ジンくんは黒髪紅眼が常識の魔法界で、突然変異とされている異端児だよ」
「・・あの二人・・そっか。それで、黒井さん。戒とは長い付き合いだって・・」

 ようやく、理解した彼女の視線が二人へと向けられた。
 納得して、しみじみ頷く聖を見、ボクも倣って有栖たちへと視線を移す。
 二人の席もちゃっかり隣同士で、居眠りしかけている仁を揺すり起こしては、小声でやりとりする仲の良い様が見て取れた。
 やれやれ・・有栖もすっかり恋愛馬鹿になったものだ。苦く笑いながらも、頬を赤らめ嬉しそうな姿は、どこからどう見ても恋する乙女というやつだった。

「・・黒井さんと、黒衛くんって・・付き合ってるの?」

 一部始終をつぶさに見ていた聖が、恐る恐るといった風にボクに訊ねて来る。

「──うん。ボクがくっつけた」
「えぇ?」

 以前の頑な幼馴染みからは想像もつかない変化。仁が居たからこそ、彼女は変わった。善くも悪くも、有栖の一挙一動は常に彼だけに影響される。
 一時期、そんな彼女に苛ついたりもしたけれど・・二人の表情と雰囲気をみる限り、それはとても好い事なんだと理解した。
 赤の他人でありながら、深く心を許し合い、お互いにすべてを曝け出すことのできる存在・・それは、きっと極上の奇跡。
 今のボクには・・ないものだ。
 そう、奇跡なんてこの世には存在しない。
 少なくとも、ボクの身の上には、ね。

 それにしても・・。

 聖の心配の種の一つであろう人物に目を向ける。窓際に陣取った彼女は、難しい表情で真面目に授業を受けていた。
 灰音リコ・・聖の親友だという彼女。
 ボクのシナリオに彼女の登場はなかった。聖だけを自分の領域に引き込み、頼る者のない孤立した中で、ボクが一から十まで面倒を見ようと思っていたのに・・。
 有栖あたりが気を回して、仁に助言したのかもしれない。
 理不尽に居場所を変えられたばかりか、周りに見知った人が誰もいないとなれば、当然、聖は激しく抗議し、元に戻すまで引き下がらないだろう。
 それはそれで厄介だ。
 あの風当たりの強さも、ボクが聖に対して良からぬ思惑を抱いているのを、感じ取ったからに違いない。
 彼女は大層、聖のことを気に入り、大事に想っているようだ。
 さっきのやりとりでも、よく解る。
 ボクを射抜く瞳には、強い意志が籠っていて、親友を傷つける者は誰であろうと許さない、と、言っていた。
 親友って・・そういうものなのかな。
 他人の為に、見返りとか計算とか無く、ただ純粋に友を想う気持ちを原動力に、矢面に立てるものなんだ。

「・・・・・カイ・・」
「ん?」
「なんで、そんなことしたの?」

 たっぷりの間を置いて訊かれ、隣の彼女に視線を戻した。

「そんなことって?」
「だから・・二人の仲を取り持つみたいな真似・・」

 ボクの行動が不思議でたまらない。似合わない。らしくない・・心の内で思っていることが素直に現れた、困惑した表情。
 まぁ、その通りだから否定はできないけれど・・もう少し、取り繕う狡さを身につけるべきだよ?聖。
 この率直さもまた、ボクが持ち得ないものだろう。

「気まぐれと・・成り行きでね。アリスは特別だから、幸せになってもらいたい」

 そして、ジンくんも。
 “魔女王の娘”と特別視された生まれである有栖と、ボクと同じく魔法界にないイロを持って生まれた仁。異端な境遇に屈しない様は、同じ痛みを知るボクにとって、なによりの励みになる。
 二人に自分を重ねて見ることで、トラウマに思わずに済む。

「そんなに・・黒井さんは、大事な人なんだ?」

 ワントーン低く落ちた聖の声。
 見れば、明らかに不機嫌な様子で・・なにを怒っているんだろう?ボクにしては珍しく、きちんと答えているというのに。
 なおも彼女は、言い募る。

「そう、よね。幼馴染みだもんね。私なんかよりずっと、ずうっと付き合い長くて、色々知ってるんだろうし、思い入れもあって・・大切で」
「セイ?」
「なにより、美人だし・・」

 その一言で、機嫌を損ねた理由が解った気がした。
 もしかしなくても、これは・・。
 口角が上がる。込み上げた笑いを、必死で噛み殺した。
 けど、ボクをジッと見つめる瞳が気づかないわけなく、ますます目くじらを立てられては黙ってもいられない。

「ねぇ、それって・・ヤキモチだよね?」
「は!?」
「アリスにヤキモチ焼いてるんでしょ。ボクのこと、本当は、まだ好きなんだ?」

 艶っぽく流し見れば、彼女は面白いほど顔を真っ赤に染め、湧いた怒りのまま、ボクに抗議しようと口を大きく開ける。

「ば、馬鹿言──・・!?・・っ!!」

 声は尻すぼみに途切れ、続くはずの言葉は虚しく口の形だけに留まった。

「事実を言い当てられたからって、興奮しないで、冷静にね。今は授業中なんだから、大きな声出すと目立つ上、先生にこっぴどく怒られると思うよ」

 ボクのアドバイスを受け、我に返る彼女。
 慌てて自分の口を押さえ、言葉を飲み込む。
 悔し気ながらもホッとした表情の聖を目の当たりに、ボクは追い打ちを掛ける言葉を忘れない。

「魔力は温存しないといけないのに、セイを助けるために使っちゃったな。一つ、貸しだよ?」
「うっ・・」
「この埋め合わせは、必ずしてもらうから・・覚悟してね」
「・・・・・」

 一気に青ざめた彼女は、唇だけで抗議をした。

 『鬼!悪魔!詐欺師!!』・・と。

 だから、ボクは言ってあげた。

「何度も言ってるでしょ?ボクは王子じゃなくて・・計算高く、腹黒い魔王だって」

 キミが迂闊なんだよ、と。

 魔法使いにとって、魔力は根源。
 それが失われ続ける現象というのは、はっきりいって、悠長にしていられない深刻な事態だ。
 けれど、ボクにとって、今の状況は完全に聖との遊戯事だった。

 キミを四六時中、見張ってあげる。
 全てを丸裸にして、キミがボクになにをしたのか、突き止めてみせよう。
  
 さぁ、目一杯、足掻いてみせて・・。
 ボクをもっと、もっと、楽しませてよ。

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