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「──落ち着いた?」
「うん・・」

 少しの間を置き、私の涙が止まったのを見計らっての伺いに、大きく頷く。
 ハーッと息を吐き、熱を持った目頭を軽く押さえた。

「すっきりしたようだね」
「・・うん」

 再び問われ、やはり素直に頷く。
 いっぱい泣いちゃった・・恥ずかしいけど、すっきりした・・。
 私の心情はすべて表情に現れていたようで、クスクスと忍び笑われてしまう。

「笑わないでよ、もぅ・・」
「セイは本当に素直だなって思ってね。あんな風に泣けるなんて、正直──」

 そこで言葉は途切れる。

「正直・・なに?」
「──いや、なんでもないよ」
「言いかけて止めるなんて、気になるんだけど・・」
「そう言われても・・本当に、大したことじゃないんだよ」

 続きを求めても、戒は曖昧に言葉を濁し、誤摩化すみたいにやんわり微笑むだけ。
 なにがいいたかったんだろう・・。
 彼の言うように、大したことじゃない?本当に・・?
 
「さて、それじゃ、学校での行動を振り返ってみようか」
「え?あ・・う、うん」

 深く考える間を与えられず、私は戒の言う通り、自分の行動を辿ることに専念した。
 それでも、頭の片隅に色濃く残ったものがある。
 言葉を切った彼の表情は・・とても寂しそうに見えた。

「学校での行動って言っても・・ごく普通なんだけど・・」
「いいから、言ってみて」
「・・登校して、午前の授業受けて、お昼食べて、午後の授業受けて・・部活動して、帰る」
「・・・」

 ほら、だから言ったじゃん。ごく普通だって・・。
 あまりにつまらない日々の流れに、押し黙ってしまった彼の様子を伺いながら、ひっそりと溜息をつく。変化のない毎日でも、私は私で頑張ってきたわけで・・つまらないと思われるのは心外だ。

「ねぇ、部活動って・・なに?」

 が、意外にも彼は真剣に訊ねてくる。

「え?ええと、美術部だけど・・」
「そういえば・・家にたくさん花の絵が飾ってあったよね。あれってセイが描いたの?」
「あ・・うん、まぁ」

 娘が描いたものを惜しげもなく飾っていることが、急速に恥ずかしく思えた私は、なんとなくバツが悪くなり、下を向く。
 確かに、賞を取るほど認められた腕前とはいえ・・親馬鹿丸出しだわ。
 ある意味、呑気に意識を別へ飛ばしていたせいもあり、次の戒の言葉は完全に不意打ちだった。

「・・もしかして、セイ・・」
「ん?」
「ボクの絵、描いた?」
「っ!?」

 な、な、なんで知ってるの!?

「そう・・描いたんだ・・」

 私の顔を見ただけで答えが解ったらしい彼は、思案顔で頷く。
 うぅ・・だって描き始めた頃は、まさかこんな風に本人と再会できるばかりか、深く関わり合いになる可能性があるなんて、想像もできなかったんだもの。
 不確かな記憶のままじゃ、薄れてしまう可能性があったし、形に残したかったのよ!
 それこそ、恋に盲目な乙女心の為せる技だったわけで。

「・・仮の話ではあるけれど、かなり、確率は高いかもね・・」
「んん?なにが?」
「ボクの魔力が減る原因・・つまり、呪いって、その絵が原因かもしれない」
「はいっ!?」

 戒の絵が原因?
 どういうこと?

「ボクも魔法界の書物でしか読んだことがないんだけど・・セイ、魔画士の能力があるのかもしれない」
「マガシ・・??」
「描いたものの命を吸い取って、絵に写し取る能力を持った、魔法使いの画家みたいなものだよ」
「!・・それって・・」
「ああ。だから・・多分、ボクの魔力は、その絵に吸われ続けているんだと思う」
 
 そんなことって・・。
 にわかに信じられないものの、思い当たる節は・・あった。
 両親が決して、人や動物を描いてはいけないと禁じたのは、相手の命を奪ってしまう可能性があったから?
 ということは・・どうしよう。本当に・・私のせいだったんだ。

「・・あくまで、これはボクの想像でしかないし、もし仮に“魔画士”の能力があったとしても、セイは自覚してなかったんでしょ?」
「うん・・」
「だったら、仕方ないよ。それに・・どうやらその絵。まだ完成してないみたいだね」
「う、ん。でも・・なんで解ったの?」
「ボクがまだ、生きているから。完成していたら、死んでる」
「・・・」

 的確で明確な一言に、ドクンと心臓が飛び跳ねた。
 そうだ・・あのまま描き続けていたら、今頃、戒の命は──。
 一気に血の気が退く。思い切り泣いてすっきりしたはずなのに、まなじりに涙が溜ってゆく。
 私、戒を・・人を殺すところだったんだ。
 そんなの、やだ。

「ど、どうすれば・・魔法解けるの?わ、私、本当にそんなつもりじゃ・・」
「──セイ、落ち着いて。シオンさんたちなら、なにか知っているかもしれない。描きかけの絵を持って、家に戻ろう。原因が掴めれば、あとは解く方法を知ればいいだけなんだから・・簡単だよ」

 そうだわ。
 私の能力を知っていながら、隠していたパパたちなら、色々詳しく知っているはずだ。どうすればこの呪いが成就することなく、解除できるのかも・・きっと知っている。
 絵・・絵は・・。

「女子校の・・美術準備室。棚の裏に・・隠して、ある」
「そう。だったら、その絵は今、この学校の美術準備室の・・棚の裏にあるってことになるね」
「え?なんで、この学校に?」
「女子校でのセイの痕跡全ては、こっちに移してもらったから、そこで使っていたものとかこっちにある・・はず、なんだ」

 そう言う戒の表情はどこか浮かない顔で、放っておけば、すぐに自分の考えに没頭してしまうような、緊張した面持ち。
 問題の絵を回収すれば、ことは簡単に片付くというのに・・なにをそんなに心配しているの?
 しかし、私はすぐに彼の心配が的中していたことを思い知る。

「っ・・ない!なんで!?」

 美術準備室の棚の裏を探るものの、あるはずのものがそこには・・なかった。
 うそうそ・・なんでないの?

「わ、私、確かにここに隠したのに・・!ほ、ほんとだよ?本当に・・」
「うん、解ってるから」
「解ってる・・って?どういう、こと?」

 焦る私とは対照的に、戒は驚くほど冷静な声音で告げる。

「もし、絵があるのなら・・ジンくんが黙ってないはずだから」

 黒衛くんが黙っていない?
 ますます意味が解らない・・。

「だから・・セイが描いたボクの魔画がココにあるのなら、それに宿る魔力を感じて、ジンくんが気づいてるはずなんだ。なにも言ってこないってことは・・すでに、他の誰かに持ち去られたということ」

 普通の人にあの絵が魔力を帯びているかどうかなんて、解るわけない。
 一見しては、ただの人物画だ。
 となると・・違いが解るのはパパや戒と同じ魔法界に通じた人──魔法使いということになる。
 そんな・・でも、一体、誰が?

「・・とりあえず、帰ろう。残念だけど、ここにはなんの痕跡も残っていない。行方を辿ることすら、今のボクにはできないから」
「・・カイ・・」
「幸い、絵は未完成。ボクが今すぐどうこうなることはないと思う。まず、事情を知らなくては、策を施すこともできない。罪悪感があるのなら・・協力して、セイ」
「もちろん。私に出来ることなら、なんでもするっ!」

 私は一も二もなく、頷く。
 自分の能力を知らなかったとはいえ、取り返しのつかないことをしてしまった事実があり、罪悪感は少しどころではない。
 なんでもいいから彼の役に立つことで、その重圧から逃れたいという想いが、私を従順にしていた。
 そんな姿を、戒は変わらぬ体で見つめ・・。

「・・ありがとう、セイ。その好意、遠慮なく戴くよ」
「うん!」

 鮮やかな微笑みに含まれた意図に、この時の私は全く気づけなかった。
 なんでもする、なんて・・迂闊すぎる一言だということに。

 とにもかくにも、私たちはようやく、この一件を解決に導くための糸口を見つけたのだった。
 その先に続く道は、果たして最良か最悪か・・。
 私はもちろん、戒もまだ、知らない。

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