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いつもと同じ一日の始まり・・のはずだった。
親友のリコちゃんと待ち合わせ、通い慣れた道をバスに揺られて登校。
見慣れたはずの校舎。
着慣れたはずの制服。
見知った先生と、同じ制服に身を包んだ生徒である男女・・。
けれど、そのどれもに違和感を感じてしまう自分が居て、大いに戸惑う。
「・・ねぇ、リコちゃん。なんか・・変な感じ、しない?」
「ん?変な感じって?」
「解んないけど・・今までと、少し違うような・・」
「やだなぁ、セイったら。朝からなにワケ解んないこと言ってんの。ほら、早く行かないと遅刻しちゃうよー」
隣を並んで歩く親友に訊ねてみても、軽く笑い飛ばされてしまう始末。
うーん・・私の勘違い?気にし過ぎなのかなぁ・・。
軽く首を捻りながら、とことことリコちゃんの後に続いて歩き、自分の教室の敷居をくぐる。
さり気なく見回す視界を埋める顔も、よく知ったクラスメイトたち・・のはずなんだけど・・なにか、腑に落ちない。
「ね、ねぇ、リコちゃん。やっぱり・・」
「おはよう。灰音さん──黒崎さん」
再度、親友の意見を仰ごうと紡ぎ出した言葉は、第三者の声によって遮られた。
振り向いた先に居たのは、腰まである長い黒髪の眼鏡美人。
ええと・・この子は?
どこか見覚えがあるのに、名前が思い出せない。誰だっけ・・。
「黒井さん、おはよー」
隣でリコちゃんが名前を呼び、やっと私の脳裏に彼女に関する情報が浮かんだ。
そうか・・この子、クラスで委員長を務める黒井有栖さんだ。もの凄く頭がいい上、気立ても良くて、先生にも一目置かれた才女。
そんな彼女の目線はなぜか私で、ジッと見つめて来る黒い瞳があまりにも真っ直ぐで、なんとなく照れてしまう。
あ・・。
不意に、その瞳の色が別の色に見えた気がして、私は自分の目を疑った。
なんで・・そんなはずないのに。
だって、それは有り得ない色。
「あれ・・今日は黒衛くん置いて来たの?委員長」
私の動揺など気づくはずもなく、リコちゃんがそんなことを黒井さんに訊ねる。
黒衛くん?ええと・・誰だっけ・・。
再びのど忘れに、私は本気で自分がヤバいんじゃないかと焦り始めた。
だって、こんなに何人もクラスメイトのこと忘れるなんて・・この年で、もぅ痴呆症!?
「ジンは──」
言い淀んだ彼女の視線が私の背後へと向けられて・・。
「オイ、灰音。置いて来たって、なんだよ?オレはペットじゃねーゾ!」
不機嫌にリコちゃんを嗜めるのは金髪碧眼の彼・・副委員長を務める黒衛仁くんで。
「え・・う、嘘・・な、なんで、カイが!?」
その隣に居たのは、今朝、別れたばかりの傍迷惑な同居人。
見知ったその顔が、憎らしいほど魅惑的な笑顔を浮かべ、私を見ていた。
「やぁ、黒崎さん。おはよう」
な、なにが“黒崎さん”よ?どうなってんの!
白々しい挨拶は完全に猫かぶりの姿勢で、惚けたのは一瞬。
我に返った途端、感じていた違和感の正体に思い当たり、怒りが沸く。
すべては彼が仕組んだこと。
私たちはいつの間にか、戒の学校に転校させられていたのだ。
「・・信じ、らんない・・」
小声で吐き捨て、彼を睨んだ。
今朝言っていたのは、このことだったのだろう。今までのようには行かない・・確かに、これで私の安住の地はなくなったことになる。
最も、リコちゃんも一緒なのは救いで、一応は私が完全に孤立化しないよう、気遣ってくれたということだろうか・・。
って、勝手なことをした戒が全面的に悪いのに、なんでフォローしてんの?どこまで甘いの?馬鹿か、私はー!
自分の内側で癇癪を起こし、思わず地団駄を踏む。
忍び笑う声にハッと我にかえった。底意地の悪い蒼眼が薄く笑っている。
「どうしたの?黒崎さん。気分が痛いなら、保健室連れて行ってあげるよ」
くぅ・・誰のせいで気分が悪くなってると。
いけしゃあしゃあと行ってのける彼を、私は努めて冷ややかに見つめた。
「──大丈夫よ、黒羽くん。心配してくれて・・ありがとう。とっっっても優しいのね?感動のあまり、身体が震えちゃうわ」
たっぷりの厭味を込めて言い、固い笑顔を向ける。
もちろん、感動などしていない。怒りのあまり、身体が震えるのだ
「大事なクラスメイトを気遣うのは当たり前だよ。震えるほど寒い?風邪かな・・やっぱり、保健室連れて行こうか?」
温和に微笑み、“王子様”の表情と姿勢で訊ねて来る彼が続く言葉を唇の形だけで刻む。
『お姫様抱っこで、ね』
そんなことされようものなら、リコちゃんの追求はもちろん、確実にクラスの注目の的になってしまうだろう。
そして、戒はそれを本気でやる可能性を秘めた、性格の悪い“魔王様”。
「そんな・・黒羽くんの手を煩わせるほどじゃないし。気遣いだけ戴いて、すっぱり遠慮しますわよ」
私は顔を引き攣らせながら、首を振った。
多少、言葉遣いのおかしさを感じたものの、これ以上、言葉を重ねても私の怒りが募るばかりで割に合わない。
不毛なやりとりはさっさと終わらせて、なんとか二人きりで話す機会を作らないと・・。
しかし、相手はあの性悪魔法使いだ。簡単に引き下がるはずがなかった。
「煩わしいなんて思ったこと、一度もないよ?キミは本当に・・可愛いよね」
また紛らわしいことを言って・・どうせ。
「・・髪型が?褒めてくれて、どうもありがとうだわ」
「──いや、キミ自身が、だけど?ボクは・・好きだよ」
「なっ・・」
瞬間、にわかにざわめいていた教室が、より大きくざわめいた気がした。
「うそ・・黒羽くんって、黒崎さんが好きだったの?」
「えー・・超、意外なんだけどー」
「いや、違うんじゃない?いわゆる、Loveじゃなくて、Likeとか。だって、どう見ても・・ねぇ」
にわかな告白場面を目撃した女子は、小声であれこれ詮索するし、男子は男子でニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ、状況を楽しんでいる。
底意地の悪い冗談であると解っていながら、頬が熱くなるのを止められない。私の顔は恐らく、真っ赤だろう。
そんな私を、蒼い瞳はただにこやかに、愉し気に微笑んで見つめるだけ。
もーほんと・・最悪だよ・・。
戒の人の悪さに対する怒りと、告白じみた台詞がもの凄く恥ずかしくて、泣きたくなった。
「ちょっと黒羽くん。冗談が過ぎない?」
割って入ったのは、傍らでやりとりを見ていたリコちゃん。
「他の人ならともかく、黒羽くんの好きとか嫌いは、周りに与える影響が違うんだから、軽々しく言わない方がいいと思うよ。下手すると、相手に多大な迷惑になるから」
声に剣が混じっているのは・・気のせいじゃない。
「・・ボクは好意をもって、好きって言っただけだよ。それが迷惑になるの?」
「時にはね。黒羽くん、解っててわざと誤解されるような言い方したでしょ。あんまり、セイを苛めないでよ」
「さぁ?ボクは素直に自分の心の内を言ったまでだ。深読みし過ぎじゃない、灰音さん」
「──うん。そうなの。あたし、物事は浅く見れない質なのよね。だから・・憶えておいて。誤解されるようなこと、しないでね」
なんというか・・相手はその筋では名高い魔法使いだというのに、知らないとはいえ、一歩も引けを取らない。
リコちゃん。やっぱり貴女は凄い女です・・。
と、感動している場合じゃない。見目にも明らかに、二人のやりとりは剣呑さを増してゆく。
「つまり・・誤解を生まない態度ならいいってことかな?」
「あら、やだわ。黒羽くんって、意外に物わかりが悪いのかしら。セイに変なちょっかい出さないで、って言ってるんだけど?」
「灰音さん、うざったいくらいに過保護なんだね。親友っていいな」
バチバチバチ。
にこにこと微笑を浮かべながら言い募る二人の間に、青白い火花が見える。
うぅ、このままだとヤバい感じ。
てか、すでに雰囲気怖いんですけど!
でも・・と、止めないと・・。
「り、リコちゃんっ!私、別に大丈夫だから・・とにかく、席に着こう。もぅすぐ、先生来ると思うし!」
「大丈夫じゃないでしょ?こういうことは、はっきり迷惑だって言った方がいいのよ。甘い顔したら、つけあがるわよ?この、顔だけ王子の性悪魔王は」
「ぷっ!」
リコちゃんの失言に、盛大に吹き出す声。
次いで、弾けたような笑い声が上がり・・だ、誰?火に油を注ぐような真似してくれるのは!
「うはははは!顔だけ王子の・・性悪・・くくっ・・ウケルー」
「ジン・・そんな風に笑うものじゃないわ。カイに悪いでしょう・・」
金髪碧眼の彼・・副委員長の黒衛くんだった。
その笑い方には全く遠慮がなくて、身体をくの字に曲げ、お腹の底から笑ってる。
彼の横で嗜めるみたいな視線を向ける黒井さんもまた、口元が歪んでいた。
「・・アリス。笑いたければ、ジンくんみたいに笑えば?我慢しなくてもいいよ」
見咎めた戒が言った途端、彼女もクスクスと笑い始める。
「ふふ・・カイったら、案外、大人げないのね」
「──一種のコミュニケーションだよ」
「そう?どちらにしても、珍しいわよね。長い付き合いだけど、あまり見たことのない姿だわ。とにかく・・黒崎さんも大事なクラスメイトよ。あまり困らせては駄目」
「・・・」
嗜める黒井さんの目は・・優しい。
対し、彼はバツが悪そうに顔を顰め、押し黙ってしまう。
「・・解ったよ。ボクが悪かった。ごめんね、黒崎さん。灰音さん」
あっさり謝罪の言葉を口に、身を退いた彼に唖然とした。
なんなの・・このやたらと素直な態度。
私が何度、苦情を言ってもからかう姿勢を崩さず、謝る素振りなんてまるで見せないくせに・・どうして?
そういえば、黒井さん、戒とは長い付き合いだって・・。
一体、二人はどういう関係なんだろう?
「・・別に気にしてないから、もういいわ。行こう、リコちゃん」
素っ気なく返し、背を向ける。初めてであるはずの教室で、自分の席が解るのは戒の魔法のせいだろう。
それすらも、なんだか癪だ。
なにより、私の知らない彼と黒井さんとの絆を垣間見て、なんとなく腹立たしかった。
私には意地悪ばっかりするくせに・・。
今回のことだって、勝手に自分の領域に引き込んで・・私が女子校で過ごしてきた日々はなんだったの?これでも必死に受験勉強して、頑張って入った学校だったのよ。
一瞬にして挿げ替えられた世界。
こんなに簡単に、こんなに理不尽に、私の意思を無視して場所を移されて。
・・悔しい。
私は無力だ。