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 本当に彼女はからかい甲斐がある。
 自室に戻ったボクは、一人、クスクスと忍び笑った。
 複雑な事情の元、黒埼家に居候することになって早一ヶ月が経つ。その間、ボクとこの家の一人娘である聖とのやりとりは、常にあんな感じだ。
 逃げ腰の聖を言葉巧みに追い詰め、隙を突いてはからかい・・。
 初めの尊敬っぷりはどこへやら。今ではすっかり目の敵。
 けど、それがボクには堪らなく楽しい敵対姿勢だった。猫をかぶったままのやりとりなんて、正直つまらないし、疲れるだけ。
 特別扱いされないことが、新鮮で心地よかった。
 とはいえ・・。
 大きく肩で息を吐き、ベッドの上に四肢を投げ出して考える。
 このままではいけないのだ、と。
 そっと目を伏せ、自分の身の内に宿る魔力の気配を探ってみれば、それは情けないほどに弱々しい。

「今だ、魔力は減り続けているのか・・」

 原因が聖であることは解ったものの、どのような方法を用いて、自分の魔力を奪い続けているのか、皆目見当もつかない。

「どう見ても、ただの人間なんだけどな」

 探りを入れても、彼女にはそういう素質も素振りもない。
 無意識下でなにかしたのは間違いないのだろうが、一体、なにをしたのやら・・。
 当然、目の届く範囲、ありとあらゆる角度から彼女を見、分析してみたが、家にいる限りで該当する怪しい行動は、確認出来なかった。
 となれば、あとは・・学校?
 女子校に通う聖が、そこでどのようなことをしているかだけは、把握出来ていない。垣間見ようにも、千里眼的魔法は魔力の消耗が激しいため、今の自分にはあまりにもデメリットが多過ぎた。
 郷に入っては豪に従え。とは言うが、生理的に従えないこともあるのだ。

「さすがに・・女装するわけに行かないし」

 数少ない、砕けた付き合いのある友人──むしろ悪友か──に知られようものなら、一生ネタにされてしまう。
 そんな屈辱、ボクのプライドが許さない。

「かと言って・・このまま煮え切らない毎日を送るのも、不毛・・」

 あんな騙し騙しの魔力補給では常に満タンとは行かず、不足分は以前と同じく、体力を変換することで補っている。
 おかげで、ボクの体調は常に中という、普通の人間同様の軟弱っぷりだ。
 どうにかして、彼女と接する機会を増やさなければ・・。

「・・もの凄く不本意だけど・・彼の手を借りるか・・」

 以前のボクなら容易かった打開策は、ある人物の手を借りて初めてやっと、望む通りの形に実現することができる。
 それぐらい、今のボクは無力だった。

 よりにもよって、一番、弱みを見せたくない相手に頼らざるを得ない現状。
 本当に・・心の底から情けない・・。

 このとき、初めてボクは、呪いを掛けた聖を少し恨んだ。
 


 いつもと同じ朝の始まり。
 でも、彼女と・・ボクにとっても、昨日とは違う日々の始まり。

「おはよう。パパ、ママ」

 リビングでくつろぐ面々に挨拶をする彼女。

「おはよう、聖」
「おはよう、聖ちゃん」
「うー・・なんか、今日はうまく髪が纏まらない・・ママ、直して〜」
「はいはい。どうせなら、少し複雑にアレンジして・・」
「えぇー・・面倒だし、いつも通りでいいよ」
「女の子がおしゃれを怠っちゃだめよ。ね?カイくん」

 少し焦って母親に縋りつく姿を、なんとなくジッと見つめていると、急に話の矛先が向き、目が合う。
 途端、不機嫌顔になる聖。

「・・おはよ、カイ。居たんだ・・」
「おはよう。キミの視界には入らなかったみたいだけど、一応、さっきからずっと、ね」
「私が学校行くまで、寝ててもいいのに・・」

 ほんのり赤く顔を染め、仏頂面で不平不満をこぼす彼女に、ボクはただ苦く笑った。
 ふぅん・・そういう態度取るなら、こちらも遠慮しないよ?

「──可愛いね」
「は!?なにを急に・・」

 脈絡のない褒め言葉に、聖は唖然として、ボクを凝視する。

「その髪型」
「あ・・あぁ・・髪型・・そりゃ、ママは器用だもん。それで?カイも・・学校行くの?」

 と、言葉の意味が解ったのか、みるみる顔を赤く染め、素っ気なく訊ねながら睨んで来る。紛らわしい言い方をするな、と、裸眼の紅が言っていた。
 当然、わざとなんだけど。

「うん。さすがにいつまでも休んでいられないしね。──セイ。色々と、頑張ってね?今までのようには・・行かないと思うから」
「なんかよく解らないけど・・カイに言われるまでもなく、解ってます!」
「そう?」

 いや、キミはまだ解っていないだろう。
 今は、他人事として気づかずにいればいい。

 その後、彼女は憮然とした表情のまま朝食を終え、唯一、魔法使いの血を引いている証である紅い瞳を、父親の魔法により漆黒に染め上げられ、足早に出掛けて行った。

「では・・ボクも行きます」

 遅れること数分の後、準備を終えたボクも玄関先に立つ。

「行ってらっしゃい、カイくん。ふふ・・聖ちゃん、驚くわね」
「・・正直、僕はこんなこと認めたくないんだけどね。状況が状況だから、本当に仕方なく、なんだよ?そこのところ、よく肝に命じておいてくれ」
「解ってますよ、シオンさん」

 聖の母である光さん。父である紫苑さんとが、見事に真逆の心理でボクを見送ってくれた。一応の了承を得られたことに、小さく会釈し、黒崎家を後にする。
 さて、彼女はどんな反応をしてくれるだろう?
 本来の目的は、聖がなにをしたのかを探ることではあったが、+αのお楽しみがあってもいいだろう。
 だって、ボクをこんなにも悩ませてくれた・・これは、ちょっとした仕返しだよ。
 楽しい気分に浸りながら、ボクは空間を飛んだ。


 見慣れた校舎。揃いの制服ですら、真新しいもののように見える。
 一ヶ月ぶりの学校。
 校舎裏の人気の無い場所に降り立つと、そこには先客がいた。

「カイ!おはよう。ちゃんと来たのね。良かった」
「うぃーっす。思ったより、元気そうじゃねーか」

 不可思議な出現に動じることなく、ボクの姿を見るなり、ホッとした表情で挨拶してくる男女。

「・・アリス、ジンくん。おはよう。見ての通り、なんとか・・ね」

 過保護とも思える予定外の好意的な出迎えに、思わず苦笑する。
 長い黒髪の彼女は、ボクの幼馴染みである黒井有栖。
 連れである、もう一人の金髪碧眼な彼は黒衛仁。
 二人ともボクの素性をよく知る、同郷の友人たち・・つまり、魔女と魔法使いだ。

「本当に・・なんとかって感じね・・」

 ボクの言葉に、有栖が心配気な視線を向けて来る。
 そんなに堕ちたつもりはないんだけど・・以前のボクを知っている彼女らにしたら、相当に弱い印象を受けるのだろう。
 しかも、この状態を改善するために彼らの前から姿を消していたはずが・・あまり変化のない様を見れば、手を尽くしてなお、状況が最悪なのかという危惧に至っても不思議じゃない。

「まぁ・・幸い、補給はできるから、そう深刻でもないよ」
「オマエに呪い掛けた張本人か・・」
「うん。それで・・ジンくん。例の件は?」
「ああ。ソッチは言われた通りの小細工はしといた」
「そう・・ありがと。これで二人の縁結びに道化を演じた件は、チャラにしてあげる」

 少し意地悪い響きを込めて言うと、途端に仁くんは苦い表情になった。

「別に借りがあるから協力したワケじゃねーし・・。つか、相手はオマエをこんなにしちまうほどの実力者だろ?もぅ、とっくに・・バレてんじゃねーの?」
「いや、それはない」

 きっぱり否定する。

「彼女──黒崎聖は魔法使いの血は引いてるけど、普通の人間だから」
「は!?んなワケねーだろ。だったら、なんでオマエ・・」
「それを突き止めるために、画策してるんだよ」

 今回のこと、彼女は間違いなく怒るだろう。
 けど、それを丸め込む自信はある。
 なにせボクは“魔王”だから・・狙われた獲物は翻弄される運命にあるんだよ。 

「・・カイ、楽しそうね?少し・・雰囲気変わったわ」
「ボク、変わった?」
「ええ。なんだか、生き生きしてるわ」

 幼馴染みからそう言われ、視線を彼女に向ける。
 少し戸惑いながらも、綻んでいる顔はボクの変化を歓迎しているように見えた。
 そういえば・・有栖はこちら側でのボクの在り様を気にしていたんだっけ。
 別に様変わりしたつもりはないし、相変わらず、この世界に執着すべき特異点があるとは思えない。
 それでも・・うん、そうだね。

「──楽しいよ」

 聖の介入が、退屈だった灰色の世界に新たな色を落とした。
 それはごくごく小さなシミ一つに過ぎなかったけれど、今では、複雑な造形の模様となり、ボクの興味を根こそぎ奪う。
 以前、有栖がボクに訊ねたことに、今ならこう応えられる。

「この世界でちょっとだけやりたいこと、見つけたかも?」

 状況は決して良いとは言えない。
 けど、ボクは生まれて初めて、自分の意思と欲で他人と関わりたいと思ったんだ。 

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