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 その世界では異端と言われるイロを持って生まれた王子様。
 ありふれたイロを望むのならば、叶えて上げましょう。

 その髪を闇色に染めて。
 その瞳を血色に染めて。

 貴方はその世界に似合いの“普通”になる。

 望みの叶った王子様。
 さぁ、代償を戴きましょう。



 黒埼家が、普通とは違うことを知らされたのは、まだ幼い時分。
 光(ヒカリ)ママは人間。
 紫苑(シオン)パパは・・魔法使い。
 その二人の間に生まれた私、聖(セイ)は・・混血ということになる。
 最も、魔法使いなんて漫画や映画の世界だけの空想だと言われているのは、現実の常識で・・けれど、そういうものが横行する別世界が実際にあるんだって教えられた。
 ただ、無邪気に喜んで、特別であることに浮かれたのは、ほんの少しの間。
 絵空事としてしか魔法が認められていない世界で、いかに自分たちが異端なのか、何度も何度も、ママとパパに言い聞かされ、『普通の人間』として振る舞うことを余儀なくされ、子供ながらに深い事情とやらを理解した。
 幸いにも、私にはそういう才能がなく、ごく平凡に、常識の枠の中で暮らすことができたのだけど。
 だから、私の興味と知識の大半は現実──人間界にあり、パパの故郷である魔法界に意識が向くことはほとんどない。

 たった一度、魔法学校へ体験入学したあの日を除いて・・。

 そこで私は、初めて両親以外の人に強い興味を抱いた。
 綺麗な銀色の髪。柔らかく微笑む顔は、子供の目からも魅力的で、澄んだ蒼い瞳は高価な宝石みたいに輝いて見え、一瞬で心を奪われる。
 彼は初対面の私に、優しく、暖かく、とても親切にしてくれた。
 最も・・魔法の才のない私は、当然、お試し入学のまま終わり、彼と再会する機会は失われてしまったのだけど・・。

 幼き日、初めて抱いた恋心は、その後も潰えることなく、成長と共に綺麗な想いとして私の中に残り続けた。

 再会を願い、憧れて止まなかった、思い出の中だけの彼。
 もう二度と、逢えないかもしれないけど・・きっと、あの頃のまま、優しくて、暖かくて、親切で、善い人に成長してるに違いない。
 そう・・私の彼に対する印象は、絶対的に善いもの一色に彩られていたのだ。

 けれど、現実はそうではなかった。


「・・詐欺だわ・・」

 思わず、口を突いて出た言葉に、視線の先の彼がゆっくりと振り返る。

「聞こえてるよ、セイ。お望みなら、キミの好きな“王子様”を気取ってあげてもいいけど・・」
「見せかけの嘘なんていらないもん」
「・・言うと思った。まぁ、ボクもダルイから、断ってくれて助かったよ」

 澄んだ蒼い瞳が意地悪く細まり、クスクスと忍び笑われ、ますます苦く思う。
 どこが・・優しくて、暖かくて、親切で・・善い人?
 腐っても初恋の相手とはいえ、ここまで真逆な成長を遂げられてしまうと、想い続けていた自分が馬鹿らしく、悲しく思えてくる。
 脱力感に苛まれた私は、リビングのソファーに身を預け、深い溜息を吐いた。
 黒羽戒(くろうカイ)・・それが目の前に居る美形の名前だ。
 あろうことか、私の初恋の相手であり、つい先日まで、“王子様”と慕っていた人だった。
 あくまで過去形。
 今は・・違う。外面こそ眉目秀麗に王子様な彼の中身は、とんでもなく腹黒い。向こうの世界で、それなりに名が通っていて、相当な実力があるらしいけど、私の評価は既に最下層。
 というのも、私が好意的なのをいいことに、取り返しのつかない暴挙を働いてくれたからだ。思い出しても腹立たしい・・あんな簡単に・・初めてだったのに!

「まだ、先日のこと、怒ってるの?もぅ、高校生なんだし、キスぐらいでいつまでも根に持たないで欲しいね」

 見透かすみたいに言われ、カッと血が上った。
 ぐらいって・・初めては一生に一度なのに!

「根に持つに決まってるでしょ!私、初めてだったのに・・簡単に奪うなんて、酷過ぎ──」
「ごめんね」

 間近から聞こえた謝罪、至近距離に蒼いイロがあって、飛び上がらんばかりに驚く。
 お風呂上がりだった彼は、冷蔵庫で飲み物を物色するためか、台所付近に立っていたはずなのに・・いつの間にこんな側まで来たのだろう・・。
 なんて、悠長に不思議がっている場合ではない。
 途端に鳴り響く警鐘。
 纏う雰囲気が・・なんかヤバい。ほんのり上気した象牙の肌、水分を含んだ銀髪は淑やかに、見つめてくる瞳は最高級のサファイア。
 圧倒的な色気が、そこにはあった。
 中身はどうあれ、見目だけで言うなら、彼は見惚れるほどに整った容姿の・・やはり、王子顔なのだ。

「っ〜・・今更、素直に謝られても、遅いのっ!──もぅ、いい。だから・・」

 さっさと離れて?
 牽制を込めて視線を尖らせ、距離を置く様にと目配せするも、知ってか知らずか、私の願いは聞き届けられなかった。
 更に身を寄せて来た彼の手が、私へと伸び、両手で頬を包まれる。

「じゃあさ・・やり直し、しようか?」

 やんわりとした王子様スマイルでの提案は、もちろん、受け入れられるものではない。

「・・なに言ってるの?根に持ってること、わざわざするわけないでしょ。離して」
「だからこそ、じゃない?悪いイメージのままだから、ずっと根に持たれちゃってるんでしょ。だったら、いい印象で塗り替えた方が、お互いの為になるよ」

 最もらしく言われるものの、意図が別にあることを、私はすぐに悟った。
 あの忌まわしい初めての体験以来、別の手段を用いることで、頑なに、再びの体験を拒んでいるのだから。
 思惑が解れば、ちょっとだけ落ち着いてくる。
 完全に私の反応を楽しむ素振りの彼を真っ直ぐに見つめ、言った。

「・・魔力、補給したいだけなんでしょ?だったら、指傷つけるから、離して」

 途端、整った顔が嫌そうな渋面へ変わる。

「また、血を啜れって?あのね・・ボクは確かに、人間じゃないけど、吸血鬼でもないんだよ。血も体液とはいえ、定着化だけは勘弁して欲しいな」
「そんなの・・しょうがないじゃない。呪いとやらで、勝手にカイの魔力減っちゃうんでしょ?それを防ぐには・・なぜか、私の体液が必要なんだから」

 そうなのだ。
 全く、身に憶えのないことだが、私が彼に呪いをかけ、そのせいで戒の魔力がどんどん失われてしまうらしく、それを補う手建てが・・かけた本人の体液だという。

「わざわざ自分の身体を傷つけて、痛い思いしなくたって、容易い方法があるって言ってるんだよ」

 つまりは・・キスだと言いたいのだろう。
 だけど、私に言わせればキスの方がよっぽどダメージが大きい。
 体液を求めてとなれば、触れるだけでは済まない・・あんな、こと・・それこそ定着化された日には、羞恥心に苛まれまくって死ぬ。
 悶々と思い悩む耳元に寄る唇。

「キミが望むなら、甘く酔わせるキスをしてあげる。ボクはこれでも、かなりの場数踏んでるから・・上手いと思うよ」

 い・・やあああああ!
 なんの場数ですか!
 別に上手い下手なんて求めてないし!
 てか、本気で無理!

 声にならない悲鳴の数々を内心で上げまくり、表面上は冷静な対処に努める。下手に慌てふためくことこそ、相手の思うつぼだもの。

「──折角だけど、全力で遠慮します。いかがわしいことしようものなら、大声あげちゃうんだから。そしたら、パパとママ、すっ飛んで来て、ここに居られなくなるわよ?」
「それって・・逆に言えば、大人しくしてれば・・ずっとここに居ていいってことだよね。同年代の他人の男と、一つ屋根の下に一緒に住んでいる現実、キミは受け入れてるんだ?」
「ぅ・・」

 見た目は王子様でも、彼は腹黒く計算高い緻密な魔王様。
 揚げ足取りがお得意で・・。

「第一、ヒカリさんとシオンさん。今、二人仲良く入浴中でしょ?例え、娘の叫びが聞こえたとしても、すぐに駆けつけることなんて・・果たして、できるのかな。彼らが来る前に、キスぐらいし終わるだろうし。現場を押さえられなければ、幾らでも誤摩化す自信あるよ、ボク」

 あっさり、やり返されて撃沈な雰囲気が漂う。
 もぅ・・いい大人が、二人で一緒にお風呂なんて入らないでよ!おかげで娘が超ピンチじゃないの・・。
 い、いや!ここで諦めちゃだめよ。
 だって、そこには愛がないもの。好き合ってるわけじゃないのに、軽々しく、キスなんてしちゃいけない。
 それこそ、ただの栄養補給みたいな意味合いでなんて、できないし、したくないもん。

「と、とにかく・・今日のところは、いつも通りってことで!」

 髪に挿していたヘアピンを素早く抜き取り、人差し指に突き立てる。チクリとした痛みが走り、玉のような鮮血が浮かんだ。
 毎度のこととはいえ、やっぱり痛い。
 軽く顔を顰め、みるみる大きくなっていく指先の紅を見つめていると、ようやく、頬を包んでいた戒の手が外された。
 代わりに傷つけた手を取られ、大きな溜息を吐かれる。

「往生際悪いし、案外、卑怯だね。まぁ・・いいよ。背に腹は代えられない」

 渋々ながら了承した戒の唇が、私の指を食み、舌先が傷口を舐めた。

「んっ・・」

 ぬるりと這うものに、思わず、身が震える。
 これまた、何度体験しても、慣れることができない感触。
 痛みと奇妙な感覚に耐えながら、その様を見つめていると、即席な吸血鬼と目が合った。

「終わったら治してあげるから・・我慢して」

 うっすらと微笑んだ彼は、途端、半目を伏せ、見せつけるようにどこか淫媚な舌使いで滲む紅い液体をひたすらに舐め取ってゆく。

「うぅ・・」

 あまりにも気恥ずかしくなり、目線を逸らした。
 だいたい、なんで私、ここまで自分の身を犠牲にしなきゃならないの?
 私がかけた──らしい──呪いって、一体、なに?原因が解るまで、私はずっとこんな目に遭わなきゃならない・・どうにかして、解く方法を見つけないと。

「ん・・これくらいで、いいや」

 チュッと音を立てて、彼の唇が離れる。
 とりあえず、役目が終わったことにホッとし、肩から力が抜けた。
 そう、いつまでもこんなこと続けていられない。
 私はただの人間だもの。魔法使いの血は引いていても、そういう才能はまるっきりなくて、魔法界とは無縁に生きて来たのよ。
 これ以上、平穏な生活を脅かされてなるものですか!

「そんなことより!なぜ、こんなことになったか、もっと真剣に原因を──」

 意気揚々、解決の糸口を探すべく、焚き付けようとした口が紡ぐ言葉は、そこで途切れる。
 唇に触れる、違う者の熱。
 完全に不意をつかれ、あれほど拒んでいた行為をしてしまった。

「なっ・・なんっ・・!」

 これでいいって言ったのに・・。

「ちょっとだけ、足りなかったから。傷、治しちゃったし?」

 悪びれた様子なく言われ、私の中の怒りが爆発した。

「キスは嫌って言ったのに!最低っ!!」

 キッと睨みつけ、平手を繰り出すものの、初めての時と同じくあっさりと躱され、距離を置かれてしまう。

「今日はここまで。おやすみ、セイ。良い夢をね」

 やはり同じような台詞を最後に、姿を消すカイ。
 最低、最低!
 あんな底意地の悪い人を、一時期でも信じて好きでいた私は、なんと間抜けだったんだろう・・。
 もぅ、一瞬だって隙なんて見せないんだから!
 相手の居なくなった空間で、私は独り、ただただ地団駄を踏んだ。


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