物心つく前もついてからも、ボクは家庭の団らんなんてものを体験出来る立場に居なかった。
というより、こういう状況で食事をすること自体、初めてかもしれない。
「・・・」
「あら・・ハンバーグはお嫌い?無難なところを用意したつもりだったんだけど・・」
「ママはなかなかに料理上手なんだがねぇ。カイ君の口には合わないのかな?」
「・・いえ。こういう食事に慣れてないから・・いただきます」
当たり障りなく笑顔で返し、目の前に用意された夕食に口をつけた。デミグラスソースのハンバーグ、コンソメスープ、ミモザサラダ。タコのマリネにライスコロッケか・・。
料理上手と自慢するだけあって、なかなかに美味だ。
ふと顔を上げれば、一身に視線を集めていることに気づく。
なにを見て・・ああ。
「とても美味しいです」
感想を口にすると、作り手であるヒカリさんが嬉しそうにふんわりと笑う。
「ふふ・・ありがと。さ、遠慮なく食べて。あら?聖ちゃん。食が進んでないようだけど、どこか具合でも悪い?」
「え?う、ううん。そういうわけじゃ・・」
「どれも聖の好物だろう?ああ、ニンジンは少し苦手なんだっけね・・どれ、パパが食べてあげよう」
「まぁ、パパったら・・すぐそうやって聖ちゃんを甘やかすんだから!駄目よ、ちゃんと出されたものは食べなさい」
和気あいあいといった感じの光景を、ボクは食事の手を休めないまま、静かに見つめた。
ふーん・・家族って、こんな感じなんだ。
食事をしながら話すなんて、あまりないことで、特別な感想を抱くというより、正直、戸惑いの方がずっと大きい。
なんというか、居心地の悪さが際立つ。
「っ・・ニンジンはとりあえず置いといてっ!そろそろ、話をして欲しいんだけど?」
突然、ダンっと不躾にテーブルを叩き、向かい合って座っていた彼女が声を荒げた。
つぶらな紅い瞳がちらっとボクを見て・・見知らない男の存在が不可解なんだろう、顔を赤く染め、不機嫌に眉をひそめる。
「あー・・うん、そうだね。と言っても、聖はカイ君を知ってるんじゃないか?小さい時に逢ってるし」
「え?それは・・」
「・・そう、なんですか?」
「ええ。聖ちゃん、魔法学校幼等部の体験入学に参加したことがあるのよ。その時の学級長がカイ君で・・あなたは覚えてないかしら?」
「──すみません。あまりに小さい頃のことなので、記憶が曖昧で・・」
そう答えると、あからさまに肩を落とし、消沈する彼女──セイ。
「そ、そうですよね・・数時間程度だったし・・。って、私のことじゃなくって!パパと・・カイさんとはどういう知り合い?」
「カイ君は・・小さい頃から図書館をよく利用していてね、いわばお得意様なんだよ。だから付き合い長いし・・しいて言えば、友達、だよね?」
「・・・」
含んだ視線で同意を求めてくるシオンさんに、ボクは思わず、眉をひそめる。
にこやかにボクとの仲を娘に言って訊かせる司書は、決して、友達なんて関係ではない。ジン君やアリス同様に、ボクの上辺が造られた仮面であることを見抜いた、数少ない厄介な人種。
取り繕わなくていい分、付き合いやすいと言えばそうだけど、アリスたちと同じく、余計な気を回してはお節介を焼きたがる、ボクから見れば変な人だ。
「成長するに従って、パパも解らないような難しい本もスラスラ読み出して、古文書の解析なんかのお手伝いもしてるとか、ものすごく有能なんでしょ?さすが、魔法界でも名の通った若手魔法使いさんだけあるわねぇ」
そして・・シオンさんの奥さんであるヒカリさん。魔法界の人間である彼と結婚している時点で、尋常じゃない包容力と精神力を感じる。
「なんにしても、パパの話通りの美形さんだわ」
にこにこと嬉しそうな表情でボクを見つめる瞳は暖かい。
耐えきれず、ついと視線を外した。ただでさえ魔力が減っていて身体がダルイというのに、慣れない雰囲気は精神的にも疲れる・・。
「・・ちょっと、待って。パパもママも、彼──カイさんのこと、知ってたの?」
再び、目の前の女の子が声を荒げた。
「うん?そりゃ、友達だしね」
「ええ。パパのお気に入りだって、よく話を聞いてたけど・・それがどうかしたの?」
「ど、どうかしたじゃないよ・・なによそれ・・私だけ知らなかったってことじゃない。信じられない・・こんなに身近な接点があったっていうのに・・ずっと、一人でモヤモヤ悩んで・・」
尻すぼみにぶつぶつと文句を言い始める彼女。顔を顰め、唇を噛み、今にも泣きそうな表情になる。
この態度、この表情、男の部分が直感した。
この子、セイはもしかして・・。
「聖?」
「聖ちゃん、あなた・・」
「っ・・ごちそうさま!」
追求を拒むように、彼女が席を立つ。パタパタと小走りに自室へと向かい、機嫌を損ねた気持ちのままに激しい音を立てて、ドアが閉まった。
「・・あの子はなにを怒っているんだろう?」
まったく理解不能と、困惑気味に首を傾げる父親。
一方の母親は思うところがあるのか、娘の部屋を見た後、ボクへと視線を戻す。
多分、彼女は、そう・・。
「シオンさん」
「ん?」
「彼女・・ボクのことが好きみたい」
だから、ニッコリと嫌みなぐらいの笑顔で、そう告げてやった。
一瞬、ボクの言葉の意味するところが解らなかったのか、はたまた、男親としての本能で愛娘の想いを否定したかったのか、ポカンと口を開けて固まるシオンさん。
「セイはボクが好きなんだよ」
「ぇ・・ええええ!?」
お決まりに手に持ったナイフとフォークを、ガシャンと取り落とす彼。
「パパ。お行儀が悪いわよ?それに、頑張って作ったんだから、全部食べてね。そう、傷心に食事途中で席を立ったセイちゃんが残した分もよ?」
「ま、ママ・・そ、そんな悠長なこと言ってる場合じゃ・・だいたい、残さずにというなら、カイ君だって──」
「ごちそうさまです」
「えぇ?い、いつの間に・・」
空のお皿を目の当たりに、シオンさんは目を剥いてボクを凝視した。
やれやれと肩をすくめる。彼らが会話をしている間も、ボクは手を休めることなく食事を続けていたのだから、食べ終えて当然だ。
「あなたが無駄口多過ぎなだけじゃないんですか?」
「うぐっ・・と、とにかく。ママ、ご飯はちゃんと食べます。だから、今は聖を・・」
「・・そうね。聖ちゃんを放ってはおけないわ。だからといって、パパが行って、どうしようというの?」
「それは・・もちろん、慰めて・・」
「なんて言って?パパが一番、聖ちゃんの気持ちに鈍感だったのに、気の利いたことなんて言えるはずないわ。下手に解った風な慰めをしても、ますます傷つくだけよ」
「っ・・」
冷静なヒカリさんの見解。
ボクが言葉を返した時以上に、彼は口ごもった。
「この場で聖ちゃんの慰め役として、最も適しているのは・・カイ君だわ。お願いできるかしら?」
大人たちの視線がボクに集まる。
ここで、人が善ければ素直に頷き、任せて下さいとでも言うのだろうけど・・生憎とボクはそこまでお人好しじゃない。
たとえ対象が見知った人の愛娘であってもだ。
「でも、ボクは彼女のことを特別視していません。それどころか・・今、ちょっとしたトラブルに巻き込まれてるみたいで、身体がヤバいくらい不調なんです。正直、他人の厄介事に時間を割いてる暇はない」
「・・カイ君・・きみがそんな冷たい人間だとは思わなかった・・」
「──話はまだ終わってませんよ」
責めるみたいな、恨みがまし気なシオンさんの視線を、片手で制する。
「ただ・・もしかしたらという予測の範疇ではあるけど、この不調の原因に彼女が関わってる可能性があります。そういう意味でなら、ボクはセイに興味がある」
「・・どういうことだい?聖とは体験入学以来、逢ったことないはずだよ」
「いえ、つい先日逢いました。一目でボクと分かったんでしょうね。驚いて逃げちゃって・・」
絡まれているところを助けたという部分は伏せた。
変なとこで恩を着せるつもりはないし、そこで遠慮されても困る。
「以来、目に見えて魔力が減り続けています。こちらでの日常を保てないほどに・・いえ、それはこの際いいとして、このままだと、ボクは──」
あえて、明確な単語を口にせずとも、同じ魔法使いであるシオンさんには行き着く先が解るだろう。
「・・だが、聖は魔法など使えない。瞳のイロはあの通りだけど、本当に、そういう能力はないんだよ・・勘違いじゃないのかい?」
「それを確かめるためにも、ボクのやり方に一切を任せて頂けるなら、彼女の元へ行きますよ。・・どうします?」
「・・つまり、娘になにをしようと文句は言うな、口も出すな、ってことかしら?」
「平たく言えば、そうですね。あーでもないこーでもないと親バカ具合発揮されても鬱陶しいし、いちいち相手するのもダルイんで」
辛辣な内容の言葉と憎らしいほど冷静な態度は、その実、ボクの誠意であり偽りのない素での譲歩だった。
場は水を打ったように静まり、シオンさんもヒカリさんも渋面で押し黙る。普通に考えれば、明らかにボクの心証を貶めるだけで、ほぼ高確率で断られるのが関の山。
しかし、なぜか自信があった。
少しの間を置いて、小さな溜息と共に言葉が吐き出される。
「・・・・・分かったわ。聖ちゃんのことは、全面的にカイ君にお任せしましょう」
「ま・・ママ!?それはさすがに・・なにか間違いでもあったら・・」
慌てるシオンさんに、ヒカリさんは余裕のある笑みを浮かべた。
「あら、仮にも有能で名高い魔法使いさんだもの。下半身の理性が利かない見苦しくて頭の悪い野獣みたいな低能な真似するわけないんだから、心配なんかいらないわ。いちいち気にしてハラハラするのもダルイし?」
次いで、ボクに視線を移し、悪戯っぽく笑う。黙認するとはいえ、常識の範囲内で事を収めてこそ、真に能力ある者ではないか。無駄に労力を費やすは無能者、と。
つまり、ボクは試されている。
──面白い。
ジン君との物理的な魔法対決もなかなかに面白かったけど、どちらかと言えば、ボクはこういう間接的な心理対決の方が好みだ。
「安心してよ、シオンさん。そういうことを武器にはしないから・・では、行きます」
席を立ち、彼女の部屋へと歩を進める。
と、今一つ、許可を得なくてはならないものがあることに気づき、この家の主を省みた。
ボクの意をすぐに汲み取ってくれたらしいシオンさんは、少し不機嫌な表情をしながらも頷く。
「・・解ってるよ。一日や二日でどうこうなる問題じゃなさそうだし、しばらく、うちに住むといい。部屋は用意するから」
「有り難う、お世話になります」
「ただし!くれぐれも、娘のことを頼むよ!今時の子じゃないんだから、弄んだりしたら許さないからね!!」
「──パパ、あとは若い人同士で・・というやつよ」
遠く小さく聞こえる夫婦の会話を耳に、彼女の部屋であろうドアをノックした。
「カイだけど、少し、話せないかな?」
「・・・」
ドア向こうに感じる気配は、まだしっかり意識を保っているのに、返事がない。
息を潜めて寝たフリを決め込み、このままこちらが諦めるのを待つつもりか・・。
それならばと、ボクは少し困った声音に切り替える。
「・・あの後、大変だったんだよ。キミ、唐突にいなくなっちゃったから、友達が不審がって・・宥めるのに苦労しちゃった」
「ぅ・・」
「あぁ、女の子の下着畳んだのも初めてかも・・。貴重な体験だったけど、結構、恥ずかしいよね。ああいうの」
ガチャっと無機質な音を立て、ドアがゆっくりと開いた。
「・・少しなら・・どうぞ」
顔をひょっこり出したセイは、ボク以上に困った声と表情をして自分の部屋の中へと招く。
第一関門、あっさり通過。いくら気があるからといって、深く知り合っていない男相手に、ユルイ警戒心・・。
思わず、苦笑する。
もちろん、ボクにとって有利な展開ではあったのだけれど、意識していてなお、あっさりドアを開けたのはきっと、彼女に両親ほどの感の鋭さがないせいで、恋心そのままに、お綺麗なイメージを持っているからに他ならない。
つまり、ボクが手を出すはずはない、と。
「カイさん・・先日逢ったこと、覚えてたんですね・・」
「そりゃ・・ね。紅い瞳の女の子なんて、忘れられるはずがないでしょ?」
「う・・ええと、その節は助けて頂いて、ありがとうございました・・。あ、さっきお風呂場でのことも・・」
頬を赤く染めて、丁寧にお辞儀するセイの口調も態度も、完全に目上へのそれ。
「ね、セイってさ、今、幾つ?」
「っ・・え・・と、年・・ですよね。17才ですけど・・それがなにか?」
「──ボクも17才、なんだけど・・同い年で敬語って変じゃない?普通でいいよ。名前も呼び捨てでいい」
「ぅえっ!?そ、そんな・・む、無理です。だって、カイさんは・・」
ボクの提案を畏れ多いと感じたのか、彼女は目を白黒させて萎縮した。
どこまでも聖人君子扱い・・。セイが好きな“ボク”は、実際の本質を完全に無視し、よっぽどの好印象を彼女に与えているらしい。
いわゆる、“王子様”キャラというやつだろうか・・この容姿のせいか、女の子はすぐにボクをそういうお綺麗なマスコットにしたがる。
セイの好意もそういうイメージから来ているのかと思うと・・萎えるな。
ふと、アリスに言われた言葉が蘇った。
『わたしにしたら、むしろ逆だと思うんだけど・・カイの方が“魔王”だもの』
・・うん、そうだね。ボクは“王子”というより、腹黒い“魔王”だ。
まず、間違ったイメージを訂正し、本当のボクを知って貰おう。
手っ取り早く確かめるためにも、少し、荒療治と行こうか。
「ボクは・・特別だから?」
柔らかく微笑み、ごく自然な動作で彼女に近づくと、頬に手を添えた。
「か、カイさん・・?」
「──その紅い瞳・・よく見せてもらっていい?ちょっと、気になることがあって・・」
「えぇ?気になるって・・どこかおかしいんですか?私の目」
「大事ないといいんだけど・・ジッとしててね?動いちゃ駄目だよ」
「は、はい」
思わせぶりな台詞を吐いて脅すと、セイは身を竦ませながらも、ボクの言葉に疑うことなく従い、微動だにしない。
鼻先まで顔を近づけても、ただ、不安気に瞳を揺らすだけで、思惑に気づく様子もなかった。
「セイ・・残念だけど」
「?」
「ボクは“魔王”なんだ」
次の瞬間、彼女は身を以てその言葉の意味を理解することになる。
油断し切っていた唇に、ボクは自分のそれを重ねた。
ビクンと身体を揺らし、大きく目を見開いたセイは、思考が完全にストップしたのだろう。そのままの姿勢で全身が硬直する。
少しだけ気の毒に思う反面、初心者独特の過剰反応は多いに悪戯心を煽り、唇を重ねただけのキスは、いつしか戯れるように何度も触れ合うそれへと変化してゆく。
明確な意思の元、この行為に及んでいるボクはもちろん、素直に従って目を開けたままだった彼女の視線が絡み合い、ようやく、自分が何をされているか気づいたらしい紅い瞳が拒むイロを浮かべて潤んだ。
「んっ・・やっ・・」
合間の隙に制止する言葉を紡いで開いた口に、スッと舌を差し入れる。
そこまでされるとは夢にも思っていなかった彼女の唇は、閉じることも忘れ、ただ、その向こう側でボクの追求を逃れようと、必死にもがく。奥へ隠れようとする小さな舌を追い、深いキスを何度も繰り返した。
甘いくらいに心地良く、身体の奥の方がじんわり満たされてゆく感覚。彼女の中に、失われたボクの魔力の痕跡をはっきり感じる。
やはり・・原因はセイだ。
しかし、奇妙なことに、彼女オリジナルの魔力を感じない。これでは、到底、ボクを追い込むほど大きな魔法を──いや、魔法自体、使えるはずがない。そう、今のセイは間違いなく、普通の人間と同じ。
どういうことだ・・。
思考が分析に回り始めたせいで、ボクはそのことに気づけなかった。
「ンっ」
チクリと痛みが走り、驚いて唇を離す。
はぁはぁと苦し気に肩で息をする彼女の様子に、噛まれた理由を察する。
「キスしてる時は、鼻で呼吸しないと・・息もたないと思うよ?」
「っく・・な、な、なんてことを・・っ!」
口を抑え、真っ赤な顔で非難めいた視線を向けてくる初心者に、ボクはニッコリ微笑んでキッパリ言った。
「だって、セイはボクが好きでしょ?」
「は・・ハイっ!?そ、そん・・な」
「そんなことあるよ。キミ、バレバレだし・・というか、これだけ特別視されて気づかないわけないでしょ」
「っ・・だ、だとしても、なんで・・キスなんて。私、初めてだったのに・・こんな、軽はずみにするなんて・・酷い。こんなの、ちっとも──」
「“王子様”じゃない?──それは、キミの勝手なイメージでしょ。本当のボクを知りもしないで、見た目だけでこうだって決めつけて、自分が思い描いた枠からはみ出したら罵声とか、どっちが酷いの?」
「・・・」
冷静に返した言葉は誰が聞いても正論で、彼女自身も自分の言葉の矛盾に気づいたのだろう。バツが悪そうに押し黙り、俯く。
ま、本人の同意を得ずにキスしたことは、ボクが一方的に悪いんだけどね。
とにかく、畳み掛けるのは、今しかない。
「それに・・どうやらキミ、ボクに妙な呪いかけてくれたみたいなんだよね」
「・・・・・そんなの、かけてません・・」
「いや、なにかしたのは確かだ。現に減り続けていた魔力、キスしたら補充出来たんだから。ねぇ、なにをしたの?セイ」
「し、知らないったら!私、特別な能力なんてないもの!そっちこそ・・変な言いがかりで誤摩化さないで、私のファーストキス・・返して!!」
傷ついた光を宿しながらも、ようやく、セイの瞳は虚像ではない現実のボクを映し、目の前の男が小綺麗な“王子”ではなく、腹黒い“魔王”なのだという認識を持ったようだ。
ひとまず、これで十分かな。
「返してって、言われてもね。それこそモノじゃないし・・なかなか上手だったと思うんだけど、物足りなかった?」
「っ・・ふざけないで!」
簡単に沸点に到達したらしいセイは、顔を真っ赤にしてボクを睨みつけ、平手を繰り出す。上体を逸らして軽く躱し、隙だらけの唇を塞いだ。
すぐに離れ、ニーッコリと微笑む。
「今日はここまで。おやすみ、セイ」
「あ、あ・・」
彼女の雷が落ちる前に、ボクはドアを擦り抜けて部屋を出た。向こう側で地団駄を踏み、ボクのことを“カイ”と呼び捨て、詐欺師だとか、王子じゃないとかブツブツ文句を言っている彼女。
ストレートな反応、素直な感情の動き・・笑いが込み上げる。面白いな。
セイがボクになにをしたのかは、まだ突き止められていないけれど、魔力を補う術だけは解ったし、深刻な事態は免れた。
これが、マリス様の言っていた“良い出逢い”かどうかは解らない。
けれど、退屈だったコチラ側での生活が、少しだけ楽しめそうな気がする。
ここへ来て初めて、ボクは心からこの状況が楽しいと思った。