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 あの日以来、体の調子がおかしい・・。
 それに気づいたのは、何気ないクラスメイトの態度だった。

「あれ・・えーと・・きみ、名前なんだっけ・・?」

 ボクの名前を呼ぼうとして、首を傾げる。

「・・嫌だな、池内くん。それ、新しいギャグ?ボクの名前は黒羽戒だよ」
「あー・・そうそう、そうだよな。悪い、ド忘れした」
「疲れてるんじゃない?バスケ部の練習、きつそうだし。無理しないでね」
「おぅ、サーンキュ。黒羽くん。じゃ、俺、部活行くわ。プリント出し忘れててごめんな」
「──いいよ。部活頑張って」

 ニッコリと人の善い笑みを浮かべて見送り、完全にその姿が見えなくなったのを確認して、溜息をついた。
 気のせいじゃない・・記憶操作の魔法が途切れている。
 もともと、ボクはこの世界の人間ではなく、生活の痕跡はもちろん、住人である歴史がない。今、身を置いている立場はすべて、魔法による小細工で成り立ったもの。
 それが途切れるなんて、これは明らかに・・。

「・・カイ、調子悪そうね」

 背後から掛かった聞き慣れた声に、ますます気分が落ち込む。
 鉄面皮、処世術、表面を取り繕うのが得意なボクの、唯一の天敵。

「さすがに、ボクも完璧じゃないんでね。調子悪いときだってあるよ、アリス」

 振り返り、再び、ニッコリと笑う。
 途端に幼馴染みは、不機嫌に眉を顰めた。

「わたしに取り繕う笑顔なんてやめて。無意味だし、誤摩化そうったって駄目よ。解るもの・・魔力が弱まってるわね」

 真っ直ぐな視線で見透かす言葉を投げつけられては、降参するしかない。

「鋭くて手加減なしの幼馴染みなんて、本当に厄介なだけだね」
「友情に厚くてありがたいでしょう?」

 くすくす笑う蠱惑的な笑みに、以前にはなかった器の大きさを感じた。
 ジンくんと想いが通じ合ってからのアリスは、心に余裕のようなものが生まれたのか、雰囲気が丸くなった上、芯が強くなった気がする。
 ふぅん・・恋愛感情って良い影響があるものなんだ。
 他人を想うことで訪れる変化、それは一体、どんなものなんだろう?
 少しだけ、そういう気持ちに興味が沸いた。最も、対象となるべき人物なんて、今のボクにはどこを探してもいないだろうけど。

「・・あの日からよね?」
「ん・・」
「調子悪くなったの。女の子を助けてからじゃない?」
「・・かな」

 原因の可能性を口にしたアリスに、ボクは曖昧に頷く。
 確かにここ最近で変わったことをしたとすれば、あの一件ぐらいしかない。更に助けた人物が不自然に消失してしまった事実を思えば、なにかされたと考えるのが妥当。

「やはり、彼女・・魔女だったのかしら。でも、なぜカイを苦しめようとするの?なにか恨まれることでもした?」
「・・あのね、アリス。ボクは外面だけはいいんだよ?誰かの恨みを買うなんてこと、あるわけないでしょ」
「そうよね。あなたの裏の顔を見抜けるのはわたしと、ジンの身内ぐらいだもの。まして、女の子に恨まれるなんて、ないわね」

 意味深に笑うアリス。

「それ、褒め言葉なのかな?」
「褒めてるわ。あなた、女子の間でなんて言われてるか知ってる?」
「・・ジンくんとセットで、“金銀ユニット”でしょ。彼とセットって、ボク的にはかなり嫌なんだけど」
「単品だと、“金の魔王”“銀の王子”ですって」

 なに、その、ネーミングセンス。
 胸の内の不快感はそのまま表情となって現れ、それを見た幼馴染みがますます笑った。

「わたしにしたら、むしろ逆だと思うんだけど・・カイの方が“魔王”だもの」
「・・だったら、ジンくんが“王子”ってことだよね。アリスにとっては特に、愛しい想い人だし」

 ちらりと艶を含ませて言うと、アリスの顔が真っ赤に染まる。

「ジ、ジンは・・ええと、こんな話じゃなくて・・そう。カイの調子が悪くなった原因を、か、考えましょう?」

 先程の余裕はどこへやら、わたわたと慌てて話題転換を図る姿に、形勢が逆転したことを確信した。
 と同時に、アリスがどれほど彼を好きなのかというのが伺い知れて、気分が萎える。
 
「まぁ、今のところ修正利くし、そう長くボクの魔力を押さえつけることなんて出来るわけないから、そのうち、元に戻ると思うよ」
「でも・・」
「ボクがいいと言ってるんだから、それでいいじゃない」

 笑顔を造ってニッコリと笑いかけた。これ以上、関わって欲しくないとの拒絶を込めて。
 すぐに察してくれたのは、さすがの付き合いの長さ。

「大事に至らなければいいけど・・」

 アリスの心配気な呟きを、このときのボクはまだ笑えた。
 これ以上、悪化することなんてない。一時的なものだ、と。
 けれど、コトはボクが考える以上にもっとずっと深刻な方向へと進んでいたのだった。

 それから二日、三日、一週間と日を追うごとにボクの調子は元に戻るどころか、目に見えて悪くなってゆく。

「・・えっと・・あの・・」
「・・黒羽戒だよ」
「あ・・そうそう、そうだったよね!ごめんね、黒羽くん。なんかド忘れしちゃって」
「ううん。野際さんも疲れてるんだね。次は忘れないで?」
「う、うん!それじゃ、またね」
「さようなら、気をつけてお帰り」

 今日も魔法の途切れ掛かったクラスメイトに存在を戸惑われ、やんわり笑顔で応対しつつ、魔法を上書きして・・深い溜息をつく。
 ダルイ・・。
 万全な状態なら大したことのない暗示魔法も、源となる魔力が枯渇気味な身体では、体力で補うしかなく・・必要以上に疲れる。
 アリスの好意を撥ね付けた手前、悪化している状態を悟られないよう、体力を魔力に変換して誤摩化してるのも身体的に負荷が掛かって、正直、かなりキツイ状態。
 人気がないのを確認し、そっと廊下の壁に背を預けて目を閉じた。
 ──マイッタ。
 本格的に原因を突き止めないと、ヤバいかもしれない。

「なーに、らしくなくハメられてンだよ」

 つい先日と似たようなシュチュエーションで掛かった違う声に、ボクはゆっくりと口元に笑みを刻んだ。

「・・心が通じ合ってると、行動まで似るものなの?」
「ウルセー。仮にもオレが強ぇと認めた相手が、弱まってくサマなんざ、見たくねェだけだ」
「ま、今の状態でもキミと競えるだけの能力はあるんだけどね」
「そんだけの口が聞けりゃー、まだイケるか・・」
「なんだったら、試してみる?相変わらず、危機感なく、便利程度の魔法しか使えないんでしょ」
「便利程度でも、今のオマエにゃ勝てると思うケド?」

 本気とも冗談ともつかない軽口を叩き合って、にやりと笑う。

「・・で、やっぱ、原因はあのときのオンナ?」

 さて、と腕を組んで思案し始めたジンくんに、ボクも意識を切り替えた。

「魔力は感じなかったけど・・ボクをここまで追い込めるってあたり、隠していただけという可能性も考えられるね」
「つーコトは、恐ろしく強ぇヤツだよな・・。ったく、助けてやったってのに、なんで悪さされてンだか」
「ボクが聞きたいよ」

 あの子に見覚えはないし、ボクの記憶の範疇で誰かに恨みを買うような態度も、迷惑の掛かる厄介事も引き起こした憶えはない。
 素の自分を隠して、人当たり良く、うまく世渡りしてきたはずだ。
 人目に対する演技は完璧。これは自信がある。例外があるとすればそれは、

「ンーンー・・可愛さあまって憎さ100倍か・・」
「は?」
「だから、スキ過ぎて呪った、とかサ」
「・・キミらじゃあるまいし、ないって」
「だよなー。やっぱチガウか」

 その後も、あーでもないこーでもないと可能性を考えてみるけれど、どれもしっくりこない。
 そもそも、元凶が明確に突き止められていない現状では、打開策すら見出せず・・
まさに打つ手なしって感じだ。

「・・マリスおばあさまに頼んでみたらどうかしら?」
「「っ!?」」

 割って入ってきた声に、ボクもジンくんも驚いて振り向く。
 いつの間にいたのか、アリスが立っていた。

「ビックリした・・」
「アリス・・人が悪いよ。いつから居たの?」
「『可愛さあまって憎さ100倍』・・ジンにしては、なかなか洒落た着目点ね?もしかしたら、本当にそうかもしれないわよ、カイ」

 クスッと笑いながら見つめてくる瞳は、どこか嬉しそうで、むしろそうであったら良いのにと、期待しているように思える。
 アリスまで・・馬鹿馬鹿しいことを。
 しかも、よりにもよって誰に頼めって?

「ババァか・・確かに、あの妖怪じみた底知れない実力の魔女なら、なにか解るかもしれねーが・・」
「──絶対にお断り。マリス様に頼るぐらいなら、路頭で見知らぬ人に相談した方がマシ」

 視線が尖る。
 なにが悲しくて、ボクがややこしい状況に陥った元凶に助けを請わなくてはならないのか・・それこそ、プライドが許さない。
 決めた。この一件は、自力で解決しよう。

「とにかく・・自分の身の始末は自分でつけるから。しばらく、学校も休むよ。魔法が途切れる度、いちいちフォローすんのもダルくなってきてたし」

 これは、少し前から考えていたこと。日常を保つためだけに、無駄に魔力を・・体力を浪費する現状は決して、利口とは言えない。元を正さなければ、事は解決しないんだ。

「ケド・・オマエ、ホントに大丈夫か?なんか、すっげぇ、魔力減ってンぞ・・気はノらないだろーが、ばぁさん頼った方がイイんじゃね?」
「・・ごめんなさい、カイ。悪気はなかったのよ・・意地を張らずに、洒落で済まなくなる前に、おばあさまに相談しましょう?」

 口々に望まない方向へ話を持って行こうとする二人。
 ボクを想ってのことなら、それこそ、これ以上の口出しは遠慮願いたい。
 
「・・悪いけど、《帰る》。さよなら」
「「カイ!」」

 言って、あの日と同じように空間を飛んだ・・つもりだった。
 学校からマンションの一室へと変わるはずの景色は、どこかの街中に留まり、ボクをその場に置き去りにする。
 パッパーっと激しく耳に響くクラクション。眼前に迫る車。
 咄嗟のことに、ボクは反応できず・・。

「くっ・・」

 跳ねられると思った瞬間、後ろから強く腕を引かれた。
 目の前ギリギリを車が行き過ぎる。
 ・・無事?

「・・・・・」
「ふー・・」

 洩れ聞こえる自分の溜息と、救い主の安堵の声。

「きみ、大丈夫かい?フラフラ車道に飛び出すなんて、自殺行為だよ・・」
「・・・・・」

 いつものように造った笑顔で礼を言って、印象良くこの場を去る。自分が取るべき行動を、頭では実践しているのに、今、このとき、なぜか現実の行動として伴わない。
 逆にどんどん意識が、目に映る全てが霞がかってゆく・・。

「きみ・・?・・もしかして・・カイ君・・?」
「・・な・・」

 なぜ、ボクの名を・・。
 問いただしたい気持ちだけが空回り、それきり、ボクの意識は闇に飲まれた。

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