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「・・ほ、本当に・・逢えた・・」

 のに・・。

 見慣れた空間──自分の部屋で、私はへなへなとその場に座り込んだ。
 突然の夢のような出逢いは、まさに、願ってもない現実。
 と同時に、私の心に抑えようのない激しい“混乱”という名の嵐を巻き起こし、結果、声をかけることなく、逃げ帰ってしまう。
 臆病風に吹かれた自分が情けなく、腹立たしい。
 なにより、あの人は私を助けてくれたのに・・。
 今頃、唐突にいなくなったことに、混乱しているだろう。

「あぁ・・もぅ・・馬鹿」 

 誰がどう言い繕おうが、私に対する印象も評価もきっと、最低に違いない。

「たった一度きりしか使えない転移魔法だったのにな・・」

 右手に握った宝石を見つめながら、ぼんやりと呟く。
 綺麗な紅い宝石は、今や完全にイロを無くし、鈍色の塊と化してた。

「二度と──逢えないよね・・」

 視界がぼやけ、目からこぼれ落ちた雫が──ソレに落ちる。
 と、涙に濡れた部分から、新たなイロが広がる。蒼く・・宝石が染まった。
 まるで、涙色を吸収したみたい。

「このイロ・・」

 似てる・・あの蒼い瞳に。
 もぅ、きっと、二度とは逢えないけど・・忘れないでいたい。
 ──残そう、この想いを。


 翌日。
 いつもと同じ朝。
 鏡の前に立って制服を着込み、背中まで伸びた黒髪を耳の後ろできっちり二つ結びにして、学校へ行く準備を整える。
 いまどきの若い女の子(自分で言うのもなんだけど・・)にしては、化粧っ気は全くなく、アクセサリー類もしない。
 だけど、今日から後者は破られることになる。
 チョーカーとして加工したあの蒼い石を手に取り、首から下げた。外からは見えないよう、制服の内側にしまい込み、再び、鏡でチェック。

「・・よし」

 どこからどう見ても、普通の・・むしろ冴えない部類の女子高生の姿。
 たった一つ、おかしな部分があるとすればそれは、私の瞳が紅いということ。
 人とは違う、有り得ないイロ・・この紅を持つ意味を、物心ついて早々、両親から聞かされた。
 ごく平凡な見目可愛い女の子だったママに、その正体は魔法使いという現実離れした正体のパパが恋をして、山アリ谷アリな大恋愛の末、晴れて二人は結ばれて私が生まれたのだと言う。
 そして、紅い瞳は魔力を有する者の証であり、同じイロを持って生まれた私にも、魔法が使える可能性は十分にあるはずだった。
 でも、現実はそう美味しくはなく、幸か不幸か、正真正銘、秀でた能力のナイただの人間・・見かけ倒しで終わってしまったのだ。
 そんなわけで・・私、黒埼聖(くろさきセイ)は普通の人間である光(ヒカリ)ママと、魔法界の住人である紫苑(シオン)パパの愛の結晶──人と魔法使いの混血。
 すべてを理解し、自覚している今では、奇異なイロも出身もすでに慣れきったもの。
 どうせなら、魔法が使えれば良かったのに・・溜息と共に自室を後にし、リビングへ向かうと、絵に描いたような家族の団らんがあった。

「おはよう、聖」
「おはよう、聖ちゃん」
「おはよう。パパ、ママ」

 お決まりの朝の挨拶をして朝食の並んだテーブルにつき、ハチミツたっぷりのトーストにかじりついて、小さな幸せをかみしめる。
 いつもと同じ、一日の始まり。
 けれど、チョーカー以外に、いつもと違うことを私はしようとしていた。

「そういえば・・部活は順調?」
「え?」
「今度はなんの花の絵を描いているのかな」

 何気なく訊ねられ、心臓が跳ねる。

「ヒマワリなんていいわよね。元気があって・・まだ、題材決まってないのなら、描いてみたらどうかしら」
「え・・ええと・・」
「ははっ。ママ、ヒマワリは夏の花だろう?今は時期じゃないから、無理だよ。なぁ?聖。春の花じゃないと」
「う、うん。そうだね」

 曖昧に返事をしながら、内心で冷や汗をかいた。
 実行前に気づかれてしまったら、元も子もない・・いつもよりは幾分か慌てて朝食を済ませ、席を立つ。

「そ、それじゃ、行ってきます!」
「あ、待ちなさい」

 逃げ出す勢いで玄関へ走ろうとした私を、パパが押しとどめた。
 大きな手が両頬を包み、近づく顔がそっと両方の瞼にキスをする。じわりと暖かい熱が目の内側に広がる感覚。
 おそらく、今の行為で私の目のイロは黒く染まっているだろう。

「できることなら、包み隠さず外を歩かせてあげたいんだけどね・・折角、綺麗な紅だというのに。ごめんよ、聖」

 すまなそうなパパの言葉と表情に、大きく首を振った。

「ううん!ほら、ちゃんと好きな人たちには素の私を見てもらってるわけだし・・だから、気にしないでね?」
「好きな人か・・」

 フォローのつもりが、なぜかますますパパは意気消沈する。
 私、なにか間違った言い方をしてしまったんだろうか・・。
 思わず立ちすくんだ私と複雑な表情のパパとを見、ママが忍び笑う。さすがの観察眼で内側の葛藤を見抜いたのか、悪戯っぽく言った。

「ふふ・・身内以外に、素の聖ちゃんを見せれる相手が早く出来るといいのに」
「・・・・・まだ早いよ」
「あら。恋愛に早いも遅いもないわ。大事なのは、お互いを想い、認め合う心だもの。第一、パパになら解るでしょう?そういう存在の心強さ」
「う・・」

 愛らしく小首を傾げ、畳み掛けるママの言葉にパパは言葉を詰まらせる。
 というか・・なんでそんな方向に話題が行っているのだろう・・。
 居心地の悪さを感じ、私は小さく「遅刻したら困るし、私、行くね・・」と呟いて玄関の扉のノブに手をかけた。
 逃げるが勝ち・・。

「だからね、ママは聖ちゃんの恋を応援するわ。いってらっしゃい」
「っ!・・い、行ってきます!!」

 射抜く言葉で見送られ、顔が引き攣らせながら、家から転がり出た私は絶対に敗者だった・・。
 ママにはきっと、私の中にある第三者への想いが視えてるんだ。
 それは、魔法使いであるパパよりずっとスゴくて、不思議で、貴重な能力かもしれない。
 恐るべしだよ、女の第六感・・。
 だけど、背中を押してもらった気分。
 うん、あの人の絵を描こう。この目で見たリアルに綺麗な銀髪、澄んだ蒼い瞳・・せめてずっとずっと記憶に残るように、キャンバスに閉じ込めて、想い続けよう。

 私が通う高校は、右を見ても左を見ても同性ばかりのいわゆる女子校。
 だからなのか、女の子たちの会話はかなりオープンに際どい上、みんな競うみたい小綺麗におしゃれし、恋愛話に華を咲かせるのが日常だった。
 そんな中、黒髪でスッピンに近い私は、生真面目な大人しい子として目立たない存在。所属しているクラブも、インドアに美術部とかだし。
 幸いにも、美術部員として描いた作品はなんかしらの賞を貰ったり、評価されてはいたけれど・・私にとっては空しい賞賛。
 だって、本当に描きたいものを描いてきたわけじゃない。

「セーイっ!今度はなに描くの?」
「あ、リコちゃん」

 人影もまばらな美術室。真っ白なキャンバスに鉛筆を走らせてアタリをつけ、本格的な絵を描く下準備をする背後から、見慣れた声と顔が私を覗き込んだ。
 肩で切り揃えた茶色い髪、涼し気な瞳の彼女は灰音リコ(はいねリコ)ちゃん。中学から付き合っている友達で、すでに親友の域に達している。

「えーと・・人を描こうと思って」
「人物画?へぇ・・珍しい。セイ、無機物ばかり描いてたのにねぇ」

 リコちゃんの言うように、これまで私が描いて来たのは花が中心で、変な言い方をすれば動物や人のように命ある物を描いたことがなかった。
 いや、子供の頃は蝶や鳥なんかも描いていたのだけど、ペットのインコが死んで以来、なぜか両親に有機物を描くのを止められたんだっけ。まるで生きているみたいに出来の良いソレを見ると、亡くなった現実が辛くなるから、と。
 だから、私がこうして人物画を描くことは内緒。想い人だから照れくさい部分が大半だったけど、なんとなく駄目だと言われそうな気がしたからだ。

「で・・描くのは例の“王子様”?」
「え・・」
「セイの心を動かすほどの人物なんて、一人しかいないもの」

 ふふふと意味深に笑い、リコちゃんがズバリと核心を突く。
 言い当てられ、カーっと頬が熱くなった。自分でも分かる・・きっと、私の顔は真っ赤に染まっているだろう。
 そんな私を宥めるみたいに、リコちゃんの手が頭を撫でる。

「可愛いヤツめ。しっかし、なんでまた急に?なにか、きっかけになるようなことでも・・あ、もしや、すっごい偶然で再会しちゃって、視覚的な刺激受けちゃったからとか?」
「っ・・」
「なになに、なにがあったんですかぁ?どうせ隠しても無駄なんだから、話しちゃいなさい」

 リコちゃん、鋭い・・。
 驚きとともに、感の鋭さを感心してしまう。

「昨日・・リコちゃんと別れてから・・ちょっと、ね」

 再会は偶然ではなかったのだけど・・視覚的な刺激というのは合ってる。胸元に手をやり、イロを変えた石の存在を確かめて、昨日のことを思い起こす。
 次になにを描くか、題材を決め兼ね、丁度切らしていた画材を買うために寄り道をしようと街を歩いているところ、声を掛けられた。

「──おぬし、身の内に悩みを抱えておるな?長きに渡っての切ない想い・・ひしひしと伝わってくるぞぇ」

 ものすごく古風な物言いなのに、やたらと可愛らしい声に興味をそそられ、足を止めてしまう。きょろりと辺りを伺うと、紅い布を敷いたテーブルを前にちょこんと座る小柄な女性と目が合った。
 頭からすっぽりと黒い布を被り、口元には薄いベール。目元だけを露出させたエキゾチックな風貌は、典型的に妖し気な占い師。いわゆる路頭商売というやつだろうか。
 当たり障りのない呼び込み的な言葉に、内心で苦笑する。
 どうやら、標的は私みたいだけど・・困ったな。私、占いって信じられないんだよね。
 パパが魔法使いで不可思議な能力による奇跡みたいな出来事を目の当たりにしているだけに、どちらかと言えばメンタル的な人生相談である占いは、特別視するに値しないと思っている。
 無視して行き過ぎることはできた。
 けれど・・ソレに気づいてしまい、私はその場から動けなくなってしまう。

「ふふ・・コレは本物じゃぞ」

 クリクリした綺麗な紅い瞳が、楽し気に私を見つめて言う。
 や、やっぱり、この子・・パパと同じ・・魔法使い?いえ、女の子だし、魔女、かな・・。
 だとしたら、私に声掛けたのも納得出来る気がする。魔法こそ使えないものの、私の中に流れるパパの──同族の血を感じとったんだ。

「・・こっちでパパ以外の魔法界の人間見たの、初めて・・。すごい偶然」
「偶然か・・果たしてそうかのぅ?黒埼聖」
「な、なんで私の名前・・」
「ぬしの父上がどんな仕事をしておるか、忘れたのかえ?」

 あ・・そうか。パパのお仕事は向こう側の世界の司書さん。色々な人が出入りする図書館の職員ともなれば、交流が広いのは頷ける。
 まして、パパは私の絵を図書館に寄付しているらしく、そういった意味で私のことを知る人が居ても不思議じゃない。
 それでも、これではあまりに不公平。相手は私を知っているのに、私はこの子の名前すら知らない・・通りすがりの偶然でも、ここはきっちり仕切り直さないと。

「ええと・・改めて。私は黒埼聖。魔法図書館で司書を努める、黒埼紫苑の娘よ。それで、あなたは?出来れば、名前ぐらい名乗って欲しいな・・」
「む?ああ・・これは失礼した。わらわは・・マリリンじゃ。ふむ・・折角、こうして“偶然”にめぐり逢えたのじゃから、記念に良いモノをやろう」

 偽名っぽい名前を疑う間も与えず、そういって彼女は私に何かを差し出してくる。おそるおそる受け取ると、それは綺麗な紅い宝石だった。

「これは・・?」
「転移魔法を施した魔法石じゃ。簡易的な物で、たった一度しか使えぬが、ぬしの望む好きな場所に飛ぶことが出来、ご丁寧に自宅へ舞い戻ることも可能。まぁ、往復切符のようなものじゃな」

 転移魔法?私の望む場所に・・。

「・・これって、例えば居場所の解らない人の元へ飛ぶことも出来る?」
「その者を想って念じれば、おそらくは」
「ほんとに・・本当?」
「論より証拠。試してみればよかろう?ほれ、しっかりと両手で握りしめ、彼の者の元へと念じるのじゃ」

 大きな紅い瞳に促され、なんとなく素直に従ってしまう。言われるまま、両手で紅い宝石を握り込み、硬く目を閉じて、一身に念じた。
 どうか、あの人の元へ・・あの人に逢わせて、と。
 ふわり、身体が浮くような感覚。あれ?と思ったときには、見慣れない場所にいて・・戸惑う背中が人とぶつかる。体格差で弾かれ、尻餅をついた頭上から苛ついた声が降り注ぐ。

「ってぇ・・ドコ見て歩いてやがる!」

 見るからに、血の気の多そうなお兄さんが私を睨んでいた。
 もしかしなくても、今、ぶつかったのは紛れもなくこの人で・・とにかく謝らなくちゃと思うのに、目の前のもの凄い形相と怖い雰囲気に気圧されて、声が出ない。

「ぶつかっておいて謝罪もなしか?なんとか言えよ、テメェ」

 こ、怖い・・!
 乱暴に伸びてきた男の手に危機を感じ、目を閉じた。
 けれど、その手は私を掴むことなく、変わりに不機嫌な・・私以外に向けられた声が耳に届く。

「──なんだ、オマエ」
「明らかに怖がってる相手に、みっともないよ?お兄サン」
「ウルセーな。関係ねぇヤツは失せろ」

 第三者の余裕ある声。そっと目を開き、飛び込んで来た光景に息が止まるかと思った。
 サラリと銀髪を揺らし、綺麗な蒼い瞳を細めてニッコリ微笑みながら、男の手を掴んでいるのは、遠い記憶の中の“王子様”そっくりの男の人。むしろ、成長した姿?
 え・・えぇ・・こ、これ、なに?どうなってるの?夢?幻?魔法?

「この姿は生まれつきだし、女の子が絡まれてるの見過ごせるものじゃないでしょ?」
「・・ぁ」

 ちらっと肩越しに仰ぎ見る彼の視線は意思を持って私を捕らえ、その強烈すぎるリアルに、私の頭の中は一気にパニくる。
 ほ、ほ、本物──っ!?
 認識した途端、嬉しすぎる現実に心は真逆の反応を示し・・家に帰りたいと思ってしまった。従順に願いは受理され、気づいた時には・・。

「・・なるほど。偶然の出逢いにビックリし過ぎて、逃げちゃったわけね・・」
「う、うん・・」
「そりゃ、悔いも残るわよねぇ」

 魔法絡みの部分だけは伏せ、なんとか辻褄を合わせながら身に起こった再会劇を話し終えると、リコちゃんは苦く笑った。

「合わせる顔ないし、だから・・ごめんなさいとありがとうの気持ちも込めて、絵に描こうと思って・・」
「そっかぁ・・きっと、イイ絵になると思うよ。頑張れ、セイ」

 それ以上、深く訊ねることはせず、リコちゃんは笑顔で応援の言葉をくれた。
 私が踏み込んで欲しくない領域というものを、彼女はきっちり理解してくれてるため、いつも引き際があっさりしている。
 それは私にとって、なによりも心地よい気遣い。

「ありがとう、リコちゃん。私、頑張る」

 軽やかにキャンバスの上を滑るペン先。刻まれる線の一つ一つが、彼に対する私の一途な恋心・・想いはやがて特大の“愛”になる。

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