No more:1
「御託を並べるより、身を以て知るが早かろう。──去ね」
そう言われ、ボクはボクの住処から叩き出された。
いわゆる、“魔法”と呼ばれる特殊な能力を有した者たちの住まう世界──ボクの故郷である“魔法界”から、なんの能力も持たない、ただの人が住まう世界へ・・。
黒羽戒(くろうカイ)、それがボクの名前。銀色の髪に青い瞳の美少年。若年ながら、“魔法界”ではなかなかに高評価の魔法使いだった。
それが・・なんの因果か、嫌がらせなのか。実力の計り知れない魔女の横暴でこの世界に飛ばされ、戻るに戻れず、不本意ながら留まることになってしまう。
「なぜ、ボクがこんな目に・・」
途方に暮れたのは一瞬。
すぐに気持ちを切り替え、状況を楽しむことを決めて──ある思惑のために設えた“高校生”としての舞台設定をそのまま採用し、この世界の理に準じた。
そして、彼らの元へ訪れる。
当初の予想通りの戸惑いを見せながらも、ボクは彼らにとって、大袈裟に言うなら“頭の上がらない存在”。憎まれ口を叩きながらではあったけれど、受け入れてくれた。
今日も“高校生”としての一日が終わり、帰路につく。
その帰り道。
「・・つーか、オマエ。イイ加減、魔法解けよ。オレが副委員長なんて器じゃねーのわかってンだろ?」
一時期、本気で抹殺しようかと思った相手でもある、金髪碧眼の彼が不機嫌に言った。
「そうね、ジンよりもカイの方がずっと副委員長らしいわ」
長い黒髪をさらりと風になびかせ、幼なじみの彼女が苦く笑う。
金髪の彼は黒衛仁(くろえジン)と言って、流血騒ぎにまで発展した戦いを繰り広げたライバル。
黒髪の彼女は黒井有栖(くろいアリス)、幼なじみにして好意を寄せていた子。
二人は恋人同士。他でもなく、ボクがひと芝居打った結果、くっついたようなもので・・本来なら邪魔者である第三者の同行を許している状態だった。
まぁ、ボクとしては別に、一人でも不自由も不都合もなかったんだけど・・どうせ状況を楽しむのなら、知り合いが居る環境に身を置いた方がなにかと便利だし、面白いものも見れそうだし?
なにより、このボクが自分を犠牲にして尽くしてあげたんだから、その礼はたっぷりして貰わないとね。
ただ働きするほど、優しくもないし、お人好しでもないから。
それにしても・・この申し出は、なんだろう。・・嫌がらせ?
「少しでも二人が一緒に居られる環境を作っただけだけど?というか・・ジンくん。キミなら、解こうと思えば解けるだろ。魔法というのは実力勝負なんだからさ」
ジンくんの言葉に、半目を伏せて流し見る。
ひと芝居のため、彼らと同じクラスに潜り込んだ時、ちょっとだけそれぞれの役職を魔法で弄った。アリスはそれまでと変わらない委員長。問題児のフリーであったジンくんを副委員長に据え、ボクは書記。
それは、目的成就した今でも変わっていない。
「まぁ・・解けるっちゃ、解けるケドな」
「──不都合だって言うなら、解けばいいんじゃない?わざわざ、ボクに許可を得る必要も、遠慮も要らないよ」
この、一見、のほほんとした金髪は、屈辱的なことにボクよりずっと高い能力を持っている。
いわゆる、天性の素質を生まれ持った“天才”。基本的な魔力の量が半端なく多く、伴っていないのは知識だけで、その気になればとくに努力しなくても、簡単にボクの上をゆくだろう。
魔法界でのボクの評価は“天才”。だが、決して天性の素質ある“天才”などではなかった。生まれ持った魔力は一般より少し多いくらい。高みを目指そうとするなら、相当な自己錬磨を必要とする“凡人”。
今のボクがあるのは、すべて己の努力の賜物だ。知識を貯め、実践して、独自にアレンジして・・“凡人”にはない特異な能力とする。
いわば、造られた偽物の“天才”。
それに比べて本物である彼の、なんと自由奔放なこと。
正直・・いや、やめておこう。
負の感情など、みっともないだけだ。ボクはボク。彼は彼なのだから。
「ボクは別にどんな設定でも構わないよ。キミたちの好きなようにすればいい」
抑揚なく言うと、二人は顔を見合せ、困ったような苦笑い。以心伝心ってとこ?仲が宜しいことで・・。
付き合ってられないとばかりに、歩みを早め、彼らの一歩前へ出た。
「設定だなんて・・カイ。あなたにも、こうしたいって自分の意思はあるでしょう?好きにというなら、カイの方こそ、わたしたちに合わせることは──」
「ないよ」
「え?」
「別にこの世界でやりたいことはないから。どうだっていい」
「カイ・・」
背後からの諭す言葉を完全に拒否する。
特別、目的があって来たわけじゃないし、留まるのは単に帰れないからだ。
この世界に期待なんてないし、求めるものもない。
そういえば・・ボクをこんな目に遭わせた魔女は言っていたっけ。
『わらわの占術によると、なかなかに良い出逢いがありそうじゃぞ?』
良い出逢い・・ね。
そんなものが本当にあるなら、今すぐ、逢わせて欲しいものだ。
「んー・・とりあえず、オマエにその気がナイってンなら、副委員長の件はこのままでイイし、やりたいコトねーなら、適当に過ごしゃイイ」
「ジン?でも・・」
「無理強いする権利こそ、オレらにゃねーだろ。こーゆーのぁ、本人の自由だ」
あーもぅ、本当にジンくんは・・。
肝心な場面で良いこと言っちゃうから、嫌いになれないんだよ。
おまけに容姿の特異さによる苦悩を知る、希少な同類だからね。
金髪碧眼なジン。
銀髪蒼眼なボク。
どちらも、魔法界の住人としては異質だった。魔力を有する者は全て、黒髪紅眼なのが常識。その世界には無いイロを持ち合わせたボクらは、見目の差別というものを、唯一、経験している同じ痛みを知る同士。
いや、正確にはアリスも、か。
見目こそ魔法界の常識通りに黒髪紅眼ではあったけど、彼女の場合、生まれが特殊だったため、色々と要らぬ苦労があったことを、ボクはよく知っている。
そんな二人がくっついて、残されたボクは・・。
「・・そういうこと。さぁ、早く帰ろう。雨が降りそうだよ」
このまま話していると、沸き上がる理不尽な感情を押さえられそうにない。
なんとなくの気まずい雰囲気を振り払うかのように、ボクは歩を早めた。
「・・そうね。傘持っていないし、濡れちゃうわ。急ぎましょ」
「ま、そしたら、魔法でちゃちゃっと戻ればイイと」
「ジン。言ったはずよ?そんなくだらないことに魔法は使わないでって」
「なンだよ、アリスのケチ。濡れるよかマシだろー」
「ケチって・・子供みたいなこと言わないで」
背後のやりとりに、ただ、小さく溜息をつく。
・・ノロケなら他でやって欲しい。
今はそれをからかう気にも、突っ込む気にもなれず、いっそ、ジンくんの言うように魔法を使って飛んでしまおうかとも考え・・。
なにげなく見た先の光景に、歩みが止まった。
「カイ?どうし・・」
「ジンくん、パス」
「ハ?って・・カバン?ちょ・・オイ」
手に持っていたカバンを渡し、方向転換。
今にも掴み掛かろうとしていた男の手にマッタを掛け、うずくまっているその子を背後に庇う。
「──なんだ、オマエ」
「明らかに怖がってる相手に、みっともないよ?お兄サン」
「ウルセーな。関係ねぇヤツは失せろ」
お決まりな罵倒を浴びせる相手を前に、もちろん、怯むわけがない。
ニッコリ微笑みながら、掴んだ手をギリギリとねじり上げた。
「この姿は生まれつきだし、女の子が絡まれてるの見過ごせるものじゃないでしょ?」
「・・ぁ」
背後から驚いたような声が上がったけど、今はとにかく目の前のこのガラの悪い人間をなんとかするのが最優先。
締め上げる手を緩めないまま、表情だけは柔和に説得にかかる。
「ねぇ、お兄サン。ここはさ、大人の余裕で見逃してくれないかな?今の状況・・ある意味目立ってるし、これ以上、無理するとケイサツ呼ばれちゃうかもよ?」
ボクの容姿はお世辞無しに目立つ。
通り過ぎる人がヒソヒソと話しては、足を止めて遠巻きに見ていたりで、言葉が現実になる可能性は大きかった。
「ナニ、質の悪いナンパか?居るんだよな、空気読めねーヤツ」
「・・最低ね」
更に金髪碧眼な彼と、長い黒髪の美少女の増援となれば、相手に勝ち目は無い。
「くっ・・誰がナンパなんか・・っ!人にぶつかっておいて、トロトロしてるその女が悪いんだろ?変な勘違いされて、コッチこそ迷惑だ。ウザってぇ・・離せよ!」
フンと鼻を鳴らして、乱暴にボクの手を振りほどき、去って行く背中。
「ベタな言い訳・・見苦しいことこの上ないね。と・・キミ。大丈・・あれ?」
背後を振り返って、驚いた。そこには誰もいなかったからだ。
そんな・・ボクは確かに・・。
「オマエがウザイっつーの。って・・ン?」
「あら・・助けた女の子は?」
二人も場の異変にすぐ気づき、首を傾げる。
辺りを見回してみても、身を潜められる場所なんてなくて、その退場は明らかに異様だった。
認めたくはないけれど、現状を的確に言い表せる言葉は一つしかない。
「・・消えた」
「ハァ?なんだソレ・・・・すぐ後ろに庇ってやってただろ?顔までは見えなかったけど、オレたちと同じ位の年の──」
「・・ジン。カイの言っていることは、真実だわ。・・解るでしょう?」
ゆっくり諭すような語尾に、ジンくんが押し黙る。
真実・・そう、この場にいる全員が、身を以て、すでに彼女が居ないことを理解していた。
ボクたちは普通の人間ではない。その気になれば、魔法で気配を探し当てることは可能。
が・・まるで露と消えてしまったかのように、その所在を確認することができない。
三人揃って白昼夢でも見たか、あるいは・・。
「同郷者・・かしら?」
ポツリ、可能性を口にするアリス。
「有り得なくはないけど・・」
むしろ、それ以外、考えられない。
けれど、ボクは素直に賛同する気にはなれなかった。可能性はあっても、現実的に考えれば有り得ないことだったからだ。
アリスは現魔女王の娘、ジンくんは類い稀な潜在能力を秘めた魔法使い、ボクは天才と賞賛されるほど、自他ともに認める優秀な魔法使い・・見事なまでの実力者が揃っている。
ボクらの目をかいくぐるなんて・・不可能だ。
だけど・・でも・・。
「・・カイ、何か気づいたこと・・ある?」
不覚にも思案顔で押し黙ってしまったのを、アリスに見抜かれ、訊かれた。
ボクの中でそれは、明言出来るほどの的確さがなく、そのままを口にして良いものか、戸惑う。迷いは数秒、すぐに首を振った。
「──いや、取り立ててなにもないよ」
「ンー・・まぁ、オレたちがいるぐれぇだし、他に同じようなヤツらがいても不思議じゃねーよな。礼の一つもナイってのは癪だケド、そー気にすっコトでもないか」
「だね」
これ以上の詮索は無意味とばかりに、この一件に終止符を打つ発言をしてくれたジン君に賛同する。
大半は彼の言葉に素直に共感したからだ。あとの半分は・・ボクが見たかもしれない、あの“イロ”が不確かな要素だったため。
アリスはまだ腑に落ちないのか、ジッとボクを見つめて来る。
ジン君と違って手強い・・疑り深い幼馴染みだ。
表面上は変わらぬ風を装い、胸の内側で苦く笑う。
「別に見返り欲しくて助けたわけじゃないし・・どうだっていいよ」
これはボクが、気まぐれで勝手にやったこと。
感情のこもらない声でそう言うと、アリスの眉間に皺が寄った。それまでの疑う眼差しとは違う感情を宿した瞳が揺れる。
「・・カイったら・・またそれなのね。無欲と無気力は全然違うわ。もっと物事に──人に興味を持てない?」
ボクの行く末を案じての言葉なのだろうけど、そういう気にさせてくれるものが無い以上、どうしようもないんだ。
正直、その手の心配はウンザリだった。
キミにはただ一人、想い合う人がいるんだから、義理でボクの心配まですることはない。今までだってボクは、一人でやってきた。自分の面倒ぐらい、自分で見れるよ。
なにより、それなりに名の通った評価も高い“天才”だから。
「・・そのうちね。今日は《帰る》。さよなら」
「カイ!」
言って、空間を飛んだ。街中から、マンションの一室へと景色が一変する。
とるものもとりあえず、ソファに倒れ込み、ぼんやり天井を見つめる。
「・・・」
ふと、先程の自分の行動を振り返り、自嘲的な笑いが込み上げた。
気まぐれというにはあまりにも、らしくない行動だ。このボクが見ず知らずの他人を助けるなんて・・。
ちらりと視界に映った瞬間、頭で考えるより先に身体が動いていた。まるで、本能がなにかを感じとったみたいに、自分の中の血に突き動かされた感じだった。
そう、見間違いだったのかもしれないけれど・・。
彼女の目は──紅かった、ように見えたんだ。
やはり、魔女、なのだろうか?
『わらわの占術によると、なかなかに良い出逢いがありそうじゃぞ?』
いけ好かないあの魔女の囁きが聞こえた気がした。