Walk on:3

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「──ジンなんて、ワタシに勝てないくせに」


 だって仕方ないじゃん。
 おまえ、ユウシュウなんだもん。

「・・なによそれ。オンナに負けて、悔しくないの?」

 勝てるわけがねぇんだよ。
 おまえ、───の子だし。

「ひどいよ・・そんなの・・関係ないでしょ」

 ひどいのはどっちだよ。
 関係ないなら、なんで勝つとか負けるとか言うんだ?

「・・バカ。ジンなんて・・嫌い」

 なん・・だよ。
 人の気も知らないで・・。
 嫌いだ?
 ・・ふざけんな。
 “ユウシュウなマジョ”なんて──認めない。 
 魔法なんか・・。
 
『おまえは最低だ』
 


「───・・っ」

 どれくらい経っただろう。
 オレはやたらと後味の悪い気分で目が覚めた。
 夢の中で、誰かに嫌いと言われたような・・最低と言われ・・。

 ──いや、後の言葉は確かに言われたな。

 そう、オレを罵倒する権利のある人物・・委員長に。
 一眠りすると決め込んで意識を手放してから、どれくらい経過したのか解らなかったが、少なくとも、彼女が着替え終えるには十分な時間を過ごしたはずだ。
 むしろ、オーバーするぐらいの勢いで寝ていたに違いない。
 叩き起こされても不思議じゃないのに、当の本人様はなにしてやがるんだ?
 寝ぼけ眼で上体を起こす。
 なんかイイ匂いがしてるような・・。
 カチャカチャ、ジュウジュウと騒々しい音のする方──キッチンを見ると、委員長が居た。
 見慣れた制服姿ではなく、私服の、しかもエプロンなんかして、あのインテリ銀縁眼鏡を外し、恐ろしく長い髪は邪魔にならないようにまとめて・・キビキビと動いている。
 見目にもなにしてるか解るその動作は、しかし、オレには信じ難い光景だった。
 まだ、夢を見てるんじゃないかと、半信半疑にそれを見つめる。
 ふと、顔を上げた黒い瞳と視線が合った。

「なんだ、やっと起きたのか」

 半ば呆れ気味に言って、彼女は興味無さげに、視線を戻す。

「ああ・・つか、ナニしてんの?」
「見て解らんのか?料理だ。おまえがグゥスカ寝ている間に、時間はすっかり、夕飯時だぞ」
「・・いや、そうじゃなく・・なんで飯作ってんだ?」
「お腹が空いたらご飯を食べるのは当然だろう。おまえは食べないのか?」

 いちいち、至極丁寧に最もな答えをくれる委員長。
 オレが訊いてンのはそういうことじゃねぇんだが・・。

「あー・・つまり、腹空いたんなら、オレが魔法で出すのにって意味だ。役に立って貰うとかなんとか、言ってただろ?」
「・・おまえ、そんなくだらんことに、魔法を使ってたのか?」

 彼女が再び、オレを見る。
 完全に呆れた目。

「くだらん・・こたねぇだろ?飯食わなきゃ、さすがのオレでも生きていけねーよ」
「そんなものは作れ」
「メンドイ。つか、作るより出した方が美味いし」
「手作りより、魔法で出すものの方が美味い・・だと?」

 委員長の目がスッと細まった。
 明かな不機嫌は、今まで散々見てきたモノとちょっと違って見える・・のは、気のせいか?
 などと、自分なりに敵(委員長)の様子を小さく分析してると、無言のまま、手になにかを持って彼女が動いた。
 なんとなくの嫌な雰囲気に、オレは身構える。

「──食べてみろ」
「は?」

 目の前に突きつけられたのは・・皿。
 当然だが、盛られているのは料理だ。
 ピーマン、ニンジン、タマネギ、タケノコ、豚肉・・色取り良く、甘酸っぱい匂いを漂わせたソレは多分──委員長が作った“酢豚”。
 ・・毒でも入ってンじゃねーだろうな・・。

「おまえを殺してわたしになんの得がある?疑うなバカ」
 見透かされ、おそるおそる甘酢でコーティングされた豚肉をつまみ、口に放り込む。
「──ぉ」

 ・・うめぇ。
 魔法で出すもんなんかよりずっと、美味い。

「それが手作りの味だ」

 委員長の言葉に、素直に頷く。
 にしても・・こりゃ、かなりの腕前なんじゃねーの?
 一応、家族三人で暮らしているときは母親がちゃんと料理を作ってくれていたが、お世辞にもこれほどは美味くなかったぞ。
 決して、下手な部類じゃないと思うんだが・・。
 
「料理、得意なのか?」
「・・人間としての高い能力はすべて、会得している。料理も然り、だ」

 つまりは──得意、と。
 素直じゃない物言いにも慣れたもので、オレは納得した。
 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経も良く、家事全般得意・・か。委員長の母親の言うように、まぢで今すぐ嫁に行ける優秀さだな。
 ま、愛想が足りねぇのが玉に瑕ってとこか・・。

 ぐるるるる・・

 指先についた甘酢を舐め取りながらそんな感想を抱いていると、勢いよく腹が鳴った。
 食欲を刺激された胃が、本格的に活動を再開したようだな・・意地汚く、餌を寄越せと主張してやがる。

 ──もう一つぐらい、いい・・よな??

 再び、酢豚をつまもうと手を伸ばしたが、あっさり躱されてしまう。

「あと少しで出来上がる。向こうで大人しく待て」

 ぴしゃりと言って、ソファーを指し示した委員長は、酢豚の皿を持ったまま、台所に戻ってしまった。
 なんか、まるっきり──。
 出掛かった言葉を飲み込み、彼女の言う通りソファーに座って待つ。
 横になっては、何度も姿勢を変えたり、手近な雑誌を見たり・・自分の家だってのに、なんでこぅ、落ち着かない気分でいなきゃなんねー?
 所在なく悶々としてると、盆に料理や食器を載せた委員長が、テーブルの横に屈み込んだ。

「出来たぞ」

 短く言って、手際良くそれらを並べては、また台所に戻り・・2往復したところで、やっと向かいの席に落ち着く。

「・・美味そうだな」

 さっきつまんだ酢豚を筆頭に、春巻き、エビ餃子、春雨サラダ、中華風炊き込みご飯、卵スープと、中華料理で統一された献立のようだ。

「美味そうではなく、美味いんだ」

 形のイイ唇を真一文字に結び、彼女が両手を合わせる。
 「いただきます」という言葉に、慌てて、オレも手を合わせた。
 古風だな・・委員長らしいっちゃ、らしいが。

「いただきマス」

 それが合図となって、オレたちは食事を始めた。
 自信満々に断言しただけあって、どれもこれも美味く、食は進む。
 夢中で箸を動かし、頬張っては飲み込んでを繰り返すと、茶碗一杯のご飯はあっという間に底をついた。
 足りねぇ・・。
 ふと、顔を上げると、箸を止めた委員長がじっとオレを見ている。
 あー・・。
 食べることに夢中のオレは、功労者に対する肝心の言葉を忘れていた。
 慌てて、その言葉を口にする。

「委員長、メシ、どれも美味いよ」
「──当然だ、わたしが作ったのだからな。おかわり・・要るんだろ?」
「あ・・ああ、良ければ・・」
「食べるためのものだ。良いに決まってるだろう」

 おずおずと差し出した茶碗を受け取った彼女は、ふっと小さく笑ってご飯を盛り、オレに差し戻した。
 やっぱこれって・・なんか、アレ、だよな・・。
 受け取って口に頬張りながら、さっき飲み込んだ言葉を思い返す。
 まるっきり──“新婚夫婦”みたいだ。

「──っぐ・・」

 その単語に、動揺する。

「・・ごほっ・・げほっ!」
「バカ。がっつくからだ」

 詰まらせて咳き込んだオレに呆れ、冷たくけなしながらも、飲み物を差し出してくれる委員長。
 くそ、ナニ考えてンだ。オレは。
 ありえねぇって。
 とにかく・・落ち着こう。
 受け取ったガラスのコップに口をつけ、一気に飲み下す。

「はーーっ・・」

 詰まったモノの苦しさから解放され、深く安堵の息を吐いた。

「まるで子供だな」

 一様を見ての委員長の感想。
 なんとでも言え・・だいたい、誰のせいだと思ってやがんだ。
 理不尽な動揺をとりあえず、委員長に押し付けたオレは、ムッとしながらも、再び、箸を進めて、おかずを頬張る。あらかた平らげたところで、箸を置いた。
 さすがにもぅ食えねぇ。
 ふくれた腹をさすり、ソファーに背を預けようとして、見つめる視線に気づく。

「・・ごちそうサマ・・美味かったよ、サンキュ」

 慌てて小さく会釈し、礼を言うと、委員長が目を見張った。
 信じられないって表情で、ぽつりと言う。

「おまえの口から、礼の言葉が聞けるとは・・」
「なんだよ、それ。ヒトを礼儀のねぇガキみたいに言うな」
「違うのか?嫌いなやつに礼など、ありえんだろう」
「あのなぁ」

 オレがしたことを思えば、彼女の中じゃ、かなり評価低く、無神経で野蛮な無礼者としか思われてねーんだろうが・・それをヨシとするのは悲しすぎる。
 第一、根本的なことを委員長は思い違いしてないか?

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