Walk on:2

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「・・・・・」


 ひたひたと足音が近づく。
 オレ以外の気配は、当然、委員長。
 閉じた視界が色濃く翳ったかと思うと、ひゅっと空を切る音が耳に届いた。

 ばしっ

 甲高い破裂音。左頬に痛みが走る。

「な・・」

 驚いて目を見開くと、目の前に委員長が居た。
 手を振り下げた姿勢のまま、唇をきつく噛んで、オレを睨め付けている。
 叩かれた・・のか?
 解った途端、オレのイライラは頂点に達した。

「・・にしやがるっ!!」

 怒鳴りつけて半身を起こそうとしたところ、胸ぐらを掴まれ、押し戻される。
 完全に頭に血が上ったオレも負けじと委員長の胸ぐらを掴み、乱暴に引き寄せた。衝撃で彼女自慢の銀縁眼鏡が弾け飛ぶ。
 至近距離でかち合う、オレと彼女の瞳。
 なんだ・・。
 目の前の素顔に、怒りも忘れ、ただ魅入る。
 お化けみたいな長い髪と、インテリ銀縁眼鏡に遮られてて、なにより、不愉快の対象でしかなかったせいで、よくよく、顔を見たことなんてなかったんだ。
 長いまつげの下のつり目がちなキリリとした目。通った鼻筋と、蠱惑に形のイイ唇。奇麗な卵型の顔は白く、肌がきめ細かい。
 ──なんだよ、コイツ・・美人、じゃねーか?
 しかも、この手の顔。結構・・いや、かなり、オレ好きかも・・。

「・・できるわけがないだろう」

 場違いな感想を抱いて惚けたオレの目の前で、形のイイ唇がゆっくり言葉を刻んだ。
 我に返り、眉をひそめる。

「な、なにがだよ・・」
「荷物なんか、喚べない」
「ぁ?転移なんか魔法の初歩──簡単だろ。勿体つけねーで、魔女王様の一人娘の実力とやらを、存分に発揮してくれ」

 いつもの調子で嫌みっぽくやり返すものの、委員長はただ唇を噛んで、下を向く。
 おかしい・・。
 こんな言葉に黙る彼女じゃないはずだ。
 訝しく思いながらも、訳もわからず叩かれた手前、掴んだ襟を軽く引き上げ、上を向かせた。
 言いたいことがあるなら、はっきり言えとばかりに、睨みつける。

「魔法・・使えないんだ」
「使えねぇ?・・ミエミエの嘘はやめてくれよ。どうせ学校での成績も、運動も、全部、魔法で小細工してンだろ?」

 鼻白んだオレに委員長の顔色が変わった。
 
「おまえと一緒にするな。あれは全て、わたしの実力だ。魔法は使えないから、せめて人間として、高い能力を維持しようと思っただけだ」

 黒い瞳はどこまでも真剣で、疑ったオレの言葉がいかに迂闊だったかを思い知る。
 彼女が嘘をついてないことは、気配が証明してた。
 不可思議な能力には、大抵、その根源となる力がある。
 霊能者で言うところの、霊力みたいなもんが、魔法を使えるオレたちにもあって、短絡だが、“魔力”と呼ばれていた。
 オレと同じく、魔法を使える母さんからは魔力を感じたのに、委員長からはなにも感じない。元となる力がないってことは、使えないってことになる。
 魔女王の娘が魔法が使えない・・。
 彼女にとって、かなりキツイ事実に違いねぇ。
 自分を嫌っているいけ好かない人間ではあるが、同郷のよしみのようなものが芽生えちまったんだろうか?同情的な感情がこみ上げ、オレは掴んでいた手を離した。
 幾分か柔らかい物言いで訊く。

「なんでまた、そんな・・生まれつき、とか?」

 ごく素直な興味で訊ねるオレに返されたのは、怒りに満ちた激しい視線。

「とぼけたことを言うな。原因は・・おまえだ。とてつもなく、身勝手に、おまえは私の魔力を封じてくれたんだよ」
「ハァァァ??」

 被害妄想としか思えない言動だった。
 オレがいつ、委員長の魔力封じたって?
 憶えがねぇぞ・・。

「子供の頃とはいえ、すっかり忘れて・・自分だけのうのうと。わたしの気持ちも知らず・・魔法を使って張り合うなんてバカな真似まで・・おまえは最低だ・・」

 見目にも明らかに落胆して、項垂れる彼女。
 オレの胸ぐらを掴んでいた手は力を失って落ち、肩が小刻みに震えだす。
 子供の頃に・・オレは委員長に逢ってたのか?
 んで、彼女から能力を奪って・・?

 ─────だめだ、まったく思い出せねぇ・・。

 待てよ。
 っつーことは、こいつがオレに突っかかって来た理由ってのは・・。

「──だから、オレにあんな態度とってたのか?原因は他でもなく、オレ自身?」
「・・・・・解ったら、とっととわたしの荷物を喚べ」

 明言を避けた委員長が、再び、命じてくる。
 高慢ちきな言い方も、負い目を感じている今のオレは咎める気になれず、聞き届ける形で手を叩いた。

「──《来い》」

 短い召喚の声に応じ、物が増える気配。

「一瞬、か・・たいしたものだな」

 どこか悔しさを滲ませた感嘆の声が上がる。
 今までのオレなら、委員長にこんな感想を抱かせたことを、してやったりと喜んだかもしれないが・・今はとにかく空しかった。
 転げ落ちた愛用の銀縁眼鏡を手に、彼女が立ち上がる。

「着替えてくる。どこかの誰かさんが無遠慮に掴んでくれたおかげで、制服がしわくちゃだ」

 初めから荷物を喚び込もうと考えていたらしい彼女は、学校帰りのまさに着の身着のままでオレの家に来ていた。
 愚痴った通り、制服の胸元が少し皺になっている。

「・・ああ・・部屋、右な」

 短く手引きしてやると、委員長は黙って自分の部屋に向かう。

 ──参ったな・・どうすりゃいいんだよ・・。

 それきり、オレはかける言葉も、これからどうしていいのかも解らず、ただ、委員長の動作を目で追った。
 ドアの前まで来た彼女は、ぴたりと歩みを止めると、おもむろに振り向く。

「同情も負い目もいらん。妙な目で見るな、鬱陶しい」
「・・悪ぃ・・」
「とにかく、あのときのことを思い出し、魔法を解く算段をしてくれ。おまえに期待するのは──それだけだ」

 冷たい目。
 オレがしちまった仕打ちを思えば、当然だわな・・。
 なんて余計な真似してくれたんだよ、子供のオレ。
 そして・・なんでそのこと覚えてねぇわけ?今のオレ。
 自業自得とはいえ、突き付けられた難題に自分という人間が、呪わしく思えてならない。

「最も・・基礎的な能力の低いおまえに期待するだけ、無駄かもしれんがな。それまでは、せいぜい、わたしの役に立って貰おうか」

 言い切って、委員長がにっこりと笑う。見たこともないような爽やかな笑顔。
 だが、オレには悪魔のソレにしか見えなかった。
 こいつ・・。
 わたしの役に・・だ?
 つまり、オレをこき使おうって魂胆なのか?
 ──同情も負い目もいらないんじゃなかったのかよ。矛盾してるだろ・・。

「償いまでいらんとは言ってない。──そういうことだ」

 見透かす指摘を残し、委員長は自分の部屋の中へ消えた。

「はぁ・・」

 どっと疲れきって、ソファーに身を沈める。
 委員長がなぜオレに対してだけ厳しい態度を取り続けたのか、オレを嫌っていた理由は解ったが、それはそれで、新たな問題を生んでくれた。
 彼女の魔力を封じた(らしい)魔法を解かないと、オレはヘビに睨まれたカエルみたいな生活をしなきゃならない。
 つまりは、言いなりに動く奴隷──。
 状況は悪いどこじゃねぇ。
 “最悪”だ。

「くそ・・かんべんしてくれ・・」

 両手で顔を覆って前髪をかきあげると、そのままぐしゃぐしゃ頭を掻きむしる。
 
 ──とにかく思い出せ。
 昔、なにがあったのか。
 オレがなにをしたのか。
 ・・。
 ・・・・・。
 ・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・オイ。

「・・奇麗さっぱり、記憶がねぇとか・・」

 思い出そうとあらゆる記憶を探ってみるが、見事なほどに彼女に関する記憶は真っ白だった。
 いや、正確には子供の頃にあった(らしい)記憶だが。
 今のだったら、嫌というほどたくさんあるってのに・・。
 小憎たらしく突っかかってくるあいつ。
 ムカつく言動を繰り返したあいつ。
 ズルズル長い黒髪に、インテリ銀縁眼鏡を掛けたあいつ。
 眼鏡を外した素顔のあいつ・・。

「素顔・・か」

 指折り数えて記憶をたどっていたオレは、最後の項目に気を止めた。
 きめ細かい白い肌の、整ったパーツを備えた委員長は、認めざるを得ない美人顔の持ち主・・人は見掛けに寄らないとはよく言ったもんだ。
 皮肉なことだが、こんなことにならなきゃ、オレは一生、この事実に気づかなかったかもしれない。
 だからどうということもねぇけど・・。
 まぁ、最悪ながら、滅多にお目に掛かれない好み顔だったってのは、唯一の拾いモンとでも思っておく・・か・・。

「ふぁああああ・・」

 大きなアクビがもれる。
 なんか、やたらねみぃな・・。
 思い出さなきゃいけねぇし、着替え終わった委員長と今後のことも話さなきゃなんねぇ。
 けど・・ちっとぐらいいいか。
 ここはオレんちだし、な。
 自分に言い聞かせ、オレは意識を手放した。

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