Walk on:1

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 ──厄介なコトになった。

 なんの因果で?と、何度も何度も首を捻る。
 目の前の光景に、信じられない気持ちでいっぱいだ。
 というより、親の意図が全く読めない・・なに考えてやがる、あのバカどもは・・。
 よりにもよって、こんな──。


「黒衛仁(くろえじん)。わたしはいつまでここにこうして、馬鹿みたい突っ立ってなければいけない?無駄な考え事はすべきことをした後、自分の部屋でしてくれ」

 冷たい声が思い悩むオレ──黒衛仁を現実へ引き戻した。
 ホラー映画さながらに恐ろしく長い黒髪を無造作に流し、インテリくさい銀縁の眼鏡を掛けた、見るからに神経質そうな女が、いつもの不機嫌顔で目の前にいる。
 オレを見る目、オレに掛ける言葉、すべてに刺を含ませる天敵たるこの女は、同じ学校に通う同じクラスの、しかも優等生な委員長。
 名を黒井有栖(くろいありす)という。
 “アリス”なんて可愛い名前をしてはいるが、こいつはどういうわけか、オレに対してだけとんでもなく扱いと口が悪かった。
 なにかといえば目の敵にして、比べては小馬鹿にしてくる。
 初めのうちはムキになって競り合い、相手をしていたが、冷静になってよくよく考えてみて、状況がおかしいことに気づいた。
 そもそも、敵にされるような悪いコトを、オレはこいつにしただろうか?
 心当たりがまったくないし、憶えもない。
 だったら、無理に競って仲違いする必要もないんじゃ?
 そう思い直して、肩の力を抜いた。
 ぶっちゃけると、こいつに合わせて行動しても、ろくな状況になりゃしない。
 成績優秀な委員長は常に学年一位。負けじと、オレも一位を取れば、途端にセンセーたちに一目おかれ、どこの大学が狙えるだのなんだのと意見を押し付けられる。
 しかも、この女、ガリ勉だけで終わらず、運動神経も並じゃなかった。張り合って超人的な運動能力を発揮しようものなら、試合の助っ人を頼むと、運動部から口説かれる始末。
 すべてが面倒の一言に尽きる。
 やっぱ、人間、平凡なのが一番楽だと、つくづく思った。
 とはいえ・・見目からして言えば、すでにオレは普通じゃなく、どうしても人目を惹いちまう特異な容姿ではあったんだが、な。
 金髪碧眼──それが、オレという人間を目にした場合、まず目につくパーツ。
 どちらも、いわゆる染めたとかカラーコンタクトだとかいう人工的なモンじゃなく、素の、生まれ持った遺伝子の産物ってやつだ。
 もともと、校則のユルい学校だったから、“親が外国人”って最もらしい理由をあっさり受け入れ、大目に見てもらえた。
 実際、ただの突然変異らしいんだが・・ある意味、親は確かに“外人”だし、嘘はついてねぇから・・まぁ、いいか。
 それでも、目立つコトに変わりはなくて、委員長と張り合った一件は、とてもじゃないがオレは優等生に成り得ない人間なんだと思い知る、良いんだか悪いんだか微妙な認識を与えてくれた。
 んなわけで、早々に脱落したオレは、その辺うまく小細工し、今じゃ期待されない“劣等生”として気ままな日々を取り戻していた。
 んだが・・委員長ときたら、小細工した後も態度が以前と全く変わらない。
 オレに対する冷たい口調、不快気な表情。
 リセットしてもコレじゃ・・もぅ、遺伝子レベルで馬が合わないってやつなんだろうな。
 つまり、生理的に“嫌い”ってやつだ。
 それならそれで、別に無視して軽く流しておけばいいだけ。
 そう、決めて、気ままな日々を取り戻したと思った矢先に、とんでもない状況にたたき落とされた現状に至る・・と。

「・・なぁ、委員長サン。いくら親公認──つか、親が勝手に決めたこととはいえ、やっぱ、マズイんじゃね?」
「都合が悪いのは、おまえの方だろう?」

 眼鏡の奥の猫みたいな目がキツイく細まった。
 くそっ・・んな、あからさまに睨むことねーだろ?
 しかも、“おまえ”呼ばわりかよ。気分悪っ・・。
 オレは広いリビングのソファーに四肢を投げ出し、行儀悪く寝転んで、言葉のみの応対を決め込む。
 嫌われてるのが分ってて、いちいちマトモに相手しても、楽しかねーっての。

「ああ、すこぶる悪ぃ。同じクラスの女で、しかもオレを嫌ってる委員長と一つ屋根の下で暮らすなんて、はっきり言ってイイコトないね。ったく・・親同士が幼なじみってだけで、なんでそーなるんだか」
「──わたしが言ってる“都合”は、“魔法”のことだが?」
「そうそう、“魔法”がバレんのが一番厄介なんだよ・・って、ハァ!?」

 委員長の言葉に、心臓が跳ねた。
 こいつ・・今、なんて言いやがった?
 そろそろと首を巡らせて、彼女を見る。

「──知っているぞ。おまえが“魔法使い”だってことをな」

 ゆっくりと唇の端をつり上げ、銀縁眼鏡の女が意地悪く笑った。



「・・ば・・バカじゃねぇ?んな、マンガみてーなこと・・あ、あるわけねーじゃん。オマエ、委員長のくせに・・頭おかしーの?」

 多少、動揺してどもっちまったが、ごく一般的な反応で軽くあしらってやる。
 それは、現実的にありえない話。
 笑い話にこそなっても、決して信じては貰えない嘘のような本当のこと。
 そうさ、普通の人間である委員長が知ってるはずねーんだ。
 こういうタイプは感化され易いオタク気質が多い。
 彼女もきっとそれで、適当に言ったに違いねぇ。
 そう、結論づけたオレの読みは見事に外れる。

「──バカはおまえだ。親同士が幼なじみってことがどういう意味か、解らんのか?」
「ぁあ?ソレがどう・・あー・・ちと、待て・・」

 小馬鹿にする言い方にムカつきながらも、委員長がナニを差して言ってるのか、なんとなく気づいた。
 寝転がった姿勢はそのままに、腕を組んで目を閉じ、“嫌な考え”を整理する。
 幼なじみってことは、生まれも育ちも一緒だったってことで・・つまり、そういうこと、なのか?
 でも、まさか・・そんな気配、微塵も感じなかったぞ?
 
「論より証拠。本人たちに訊いてみるがいい」

 頭上からの声に、ぎょっと目を開ける。

 いつの間にか寄って来た委員長が、オレを覗き込みながら、携帯を差し出してた。

『もしもしぃ?』

 間延びする第三者の、聞き覚えのある声。
 弾かれたように飛び起き、半ばそれを奪い取るようにして、電話向こうの人物に話しかけた。

「か、母さん?なんで、委員長の携帯に出てンだよ!?」

 それは紛れもなく、オレを生んで育ててくれた、実の母親の声だった。

『なんで~って、ジンジンが駄々こねてるから、お話してってアリスちゃんが言うんだもぉん』
「イイ年して『もぉん』じゃねぇよ、恥ずかしい!つか、誰がジンジンだ?まぢ、やめてくれっ・・!!」

 電話口の必要以上に明るい母親の口調に、オレは頭を抱えた。
 よりにもよって、この女の前で・・とんだ辱めだ。
 また、いつものように小馬鹿にされるだろーが。
 ちらりと横目で見てみたが、委員長は不機嫌な表情のまま、じっとオレの顔を見据えている。
 なんだ?らしくねぇ反応・・気味悪ぃな。
 気を散らせたのは一瞬。
 次の母親の言葉で、オレは平静を保てなくなる。

『困らせちゃ駄目よぅ?私の大親友──リリスちゃんの愛娘なんだからぁ』
「リリ、ス・・待て待て待て。母さんの親友でリリスっつったら──」
『ええ、魔女王リリス様。つまりぃ、アリスちゃんはお姫様ぁ~みたいな?』
「─────・・あーイイや。とりあえず、詳しいプロフィールはいらん。それ以上言うな」

 衝撃的な告白はすぐに受け止められるほど安っぽい内容じゃなくて、オレは嫌な汗が滲んだこめかみを指で押さえると、言葉を改めた。
 今、知りたいのは・・知らなくてはならないのは一つ。

「シンプルに訊く。ここに居る委員長・・黒井有栖は、オレたちと同じく、“魔法界”の人間ってコトか?」
『当然でしょぉ?リリスちゃんの娘よぉ?私と同じ、“魔女”に決まってるじゃなぁい』

 のほほんと答える母親の声を遠くに、オレは身を起こした姿勢で固まった。
 思考が完全に停止する。
 同じクラスの委員長が、オレと同じ異世界の住人だったなんて・・信じたくねぇ、事実だった。
 論点がずれてるって?いやいや。 
 “魔法”“魔法使い”“魔女”“魔法界”──現実にはありえないマンガのような話は、全部、本当に存在するものだ。
 実際、オレ自身が魔法を使えるのだから、疑いようがねぇ。
 委員長と張り合った際に発揮した成績優秀なオレがイイ例で──最も、運動神経の方は備え持ったモンで、ちょいと本気を出しただけだったが──とにかく、自分の都合のいいように色々と小細工してきた実績がある。
 ああ、でも、そう言われれば納得できる部分もあるな。
 小細工で記憶をリセットしたはずなのに、変わらなかった態度・・同じ魔法を使える者なら、思い通りにならなくて当然だ。
 まして、相手は魔法界を統べる女王の娘。
 さぞや、魔法の腕前も一級なんだろう?高飛車なのも頷けるぜ。

 ・・・・・つか、だから?

 オレと委員長が同郷の同じ不可思議な能力を持った、幼なじみな親の子供で少なからず縁があることが明かになったからって、それが今回の同居とどう繋がりがあるんだ?
 ますます解ンね・・。

「・・携帯、落とすなよ。壊したら弁償してもらう」

 委員長の指摘に、落としかけた携帯を慌てて握り直し、オレは電話向こうの不可解に低い声で訊ねる。

「・・んで、その魔女王サマの娘と、なんで一緒に暮らさなきゃなんねーンだよ?」
『ほらぁ、パパのお仕事の都合でママ、日本を離れなきゃならなくなったって言ったでしょぉ?ジンジン一人置いて行くのは心苦しくってぇ』
「──だから、ジンジンはヤメロって。あのなぁ、オレはなんも出来ねぇガキンチョじゃねー。もぅ、高校生なんだぜ?自分の世話くらい自分でやれるって」
『そしたら、リリスちゃんとこも、夫婦揃って“魔法界”暮らしで、こっちに居るのはアリスちゃんだけだって言うじゃない?女の子一人なんて危険すぎるわぁ』
「オイ・・なんでそこで委員長ンちの話になるんだ?」

 完全に自分の子供を無視した、明後日の方向の心配。
 このバカ親、ぜってぇ、オレの話聞いてねぇな・・。

『それなら二人で暮らせばいいんじゃなぁい?ってことで、話がまとまったのよん』
「勝手にまとめンな!どこの誰が危険だって?」

 ちらっと心配対象である“女の子”の顔を盗み見る。
 変わらない不機嫌顔で、勝ち気な目がやはりオレを見据えていた。
 別に危険なことなんてねぇだろ・・この委員長が。
 しかも魔女王サマの娘で、魔法もある。いざとなりゃ、小細工すりゃいいだけだ。

「とにかく、オレはごめんだ。色々めんどくせーし、一人の方が楽だしな」
『──面倒とは失礼ね。うちの娘はとっっっっっても有能なの。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経もいいし、家事全般得意。もぅね、今すぐお嫁に行けちゃうぐらいどこに出しても恥ずかしくない自慢の一人娘なのよ』

 応えたのは、違う女の声。
 必要以上の美辞麗句から察するに、声の主は委員長の母親。噂の、魔女王リリス様か?──ただの親バカじゃねぇか・・。
 オレは呆れながらも、アチラの真意を探るイイ機会だと思い直し、言葉を選んで応対した。

「ハジメマシテ・・うちの母親がお世話になってます。それで・・なんか妙な話になってますけど、イイんですか?いくら幼なじみの子供とはいえ、オレ、一応男ですし・・自慢の一人娘サンとマチガイでもあったら・・」

 そんな気はさらさらねーけど、親バカにゃ効果覿面な脅し文句だろう。
 電話向こうで息をのむ気配。
 狙い通り、ご破算を望む言葉が返ってくる・・ものと思っていた。

『──そうなったら、責任とってもらうだけよ。まぁ、メグが姑なら、アタシも安心だし・・いいかもしれないわ。せいぜい、仲良くやって頂戴』

 ──おいおいおい。
 予想外の反応に、オレは返す言葉を失った。
 親バカが聞いて呆れる・・娘を人身御供に差し出す母親がどこにいるんだよ・・。
 ちなみに“メグ”ってのは、オレの母親の名。
 揃いも揃って、ズレてやがる・・。
 類は友を呼ぶって、本当なんだな。
 さて、どうしたものかと携帯を持ったまま押し黙って考えるオレ。
 不意に、背後からすっと伸びた手が、それを奪う。

「事情は解っただろう?携帯は返してもらう。今度は私の番だ」

 一方的に言いおいて、不機嫌顔は数歩後ずさり、くるりと背を向けた。
 解っても納得はしてねーんだが・・つか、委員長はそれでいいのかよ?イイ子ちゃんらしく、親の意向に従います、ってか?

「ああ・・わかって・・努力す・・」

 電話向こうの母親と交わす言葉が切れ切れに聴こえてきた。
 ほぼ、受け入れる姿勢に、オレは面白くない。
 学校で繰り返された気分の悪い状態が、家でも続くなんて・・考えただけで拷問だ。落ち着ける場所がねぇじゃねーか。
 どうにかして止めさせねーと・・ストレスで胃に穴が空く。
 ぐっと拳を握って、なんとか目の前の厄介者を退ける手がないか、必死で探る。
 と、視線の先で悩みの種が携帯を閉じ、抑揚のない目をオレに向けて、言った。

「話は済んだ。黒衛仁、わたしの部屋に荷物を喚んでくれ」

 あくまでココに住むつもりなのか・・。
 打開策を見出せないまま、コトはどんどんオレの望まない方向へ進んで行く現状に、ただイライラが募っていく。
 荷物を喚べだぁ?女王の娘だからって、オレの領域で特別扱いして貰えると思ってんなよ。
 
「・・なんでオレがンなことしなきゃなんねーわけ?委員長が自分で喚べよ」

 吐き捨て、頭の上で腕を組むと、再び、ソファーに四肢を投げ出した。
 オレは認めねぇ、絶対に追い出してやっからな。
 眉間に不快さそのままの皺を刻み、堅く心に誓って目を閉じた。

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