I'll Save you:3

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「ふーん・・どの程度?」

 隠れラブラブな雰囲気をぶち壊す冷たい声が訊ねる。

「・・二回」
「え、たったの?・・・・・アリス、それで進展してるって、本気で言ってるの?そんなペースで行ってたら、絶対に間に合わない・・みすみす、魔女としての能力を──いや、女を捨てる気なの?」

 バンっと、激しく机を叩いて、黒羽が吠えた。
 女を捨てる?
 一体、なんの話をしてるんだ。

「ボクは嫌だ。そもそも、先にアリスを望んだのはボクだし、正当な婚約権はいまだに有効なんだから・・手伝う義理はあるよね?」
「カイっ!わたしは・・っ」
「呪いなんてさ、掛けた相手、壊しちゃえば解けるんだし」

 ヤツの言葉の意味は全く理解出来ないながらも、迫る危機感のようなものだけは敏感に感じ取り、オレは咄嗟に委員長を引き寄せた。

「──ごめん。多分、緊急事態だ」

 短く言って、唇を重ね、強引に割って入る。
 呪われた身の委員長は、素のままでは魔法を一切受け付けないが、魔力を持った者の体液に接触することで、ほんの少し内なる魔力を呼び覚ますことができた。
 それが触媒になってるのか、詳しいメカニズムは解らないが、とにかく、ちょっとでも彼女が魔力を帯びれば、魔法的な影響を受けることができる。
 触れ合うだけの一度目と、ほんの少し舐めただけの二度目を経て、深く互いを味わうかのような三度目のソレ。
 ほんのり朱に染まった白い顔。艶を含んで伏せられた目、長いまつげが微かに震えて・・柑橘系の甘酸っぱい香りにクラクラしてくる。
 ただの手段であるはずの行為に、オレの心は例えようもないほどざわめいた。

「ボクの目の前で、よくもぬけぬけと・・やってくれる!」

 向けられた殺気に、我に返る。
 ナニかが放たれたのを、肌で感じた。

「《喰らってたまるかよっ》」

 反射的に委員長を抱き込むと、空いた左手を掲げる。見えないモノ同士がぶつかり、四方に飛び散った。
 教室が・・と危惧したのは一瞬で、すぐに回りの景色が変わっていることに気づく。
 そこは白いだけの、なにもない空間。

「さすがに、あんな狭い場所じゃ積もる話もできないし、色々と面倒だしね。移動させて貰ったよ」

 しれっとヤツが種明かしする。
 コイツ・・強い。
 なんの違和感もなく移動させられていた事実に、オレは内心で冷や汗をかいた。
 目の前に居るはずなのに、気配に気づけない。
 ソレと解る殺気や、目で追える行動を取ってもらって初めて、こちらも動ける感じだ。
 ・・黒羽戒は・・強い。
 ──さて、ドウスル?

「ジンくん。キミさ、魔法をちょっと便利な道具程度にしか、使って来なかったでしょ?魔法はね、強力な武器なんだよ」
 
 空を切る音が額をかすめ、裂けた皮膚から真っ赤な鮮血が迸る。
 押さえた指先が滑り、視界を赤く染めた。

「痛っ・・」

 反応できなかった。
 まさに、無の状態からの攻撃。先手を打とうにも、気配が、行動が読めない。
 流れる血を袖口で拭いて、どうにかマトモな視界を確保した。
 やっぱ、壊す=殺すってことだよなァ・・まぢかよ、こんな急展開。
 やべーよなァ・・オレ、死ぬのかな。
 ヤツの言う通り、オレにとって魔法は便利な道具。戦うための手段になるなんて、露ほども考えたことがなかった。
 こんな修羅場が待ってるなら、ちったぁ、そういう使い方も視野に入れときゃよかったな・・。
 後悔先に立たず。まさに、今更、だ。
 ああ、でも・・オレが死んだら委員長の呪いは解けるんだよな。
 ははっ。ある意味、手っ取り早い方法か?

「・・ジン、なに考えてるの」

 知らず、自嘲気味に笑うオレを彼女がじっと見つめていた。
 この期に及んでも、黒曜石の瞳は艶を含んで潤んでいて、蠱惑的な唇はほんのり桜色で、かなり扇動的だ。

「いーやー・・ま、覚悟だけはしとこうかなァ、とか。別に、ンなおもしろい人生ってワケでもねェし、オレがいなくなることで、委員長の呪い解けンなら無駄死にじゃないし?」
「・・なによそれ。そんな簡単に、捨てないで・・呪いなんて、そんなの・・お互い様なのよ・・」
「ン?」
「──わたしだって、ジンに掛けてるの・・呪い」

 まさに衝撃の事実を口上した彼女は、桜色の唇をぐっと噛み締め、静かに涙を溜めた。
 言葉の意味するところが、すぐには理解できない。
 呪いが・・オレにも掛かってる?

「ハァアアアア??な、なンだよ、ソレ。どーいうコト!?」
「・・わたしたちは、寸分違わないタイミングでお互いに呪いを掛け合ったのよ」
「オレも呪われて・・って、ど、どンな?」
「・・記憶を、無くす呪い」
「記憶を?じゃあ、オレが昔の委員長を覚えてないのは・・」
「ええ、わたしが──」

 言い終わらないうちに、委員長の声は途切れた。
 いつの間にか背後に回った気配に弾かれ、オレは前のめりに白い地面に叩き付けられる。

「ってぇ・・」

 にっこり微笑む銀髪のアクマは、彼女の腰をしっかり捕らえて引き寄せ、白い首筋を指でなぞると、囁くように言った。

「その話はもぅやめない?めんどくさいよ、アリス。いいじゃん、彼が死んでキミの呪いだけが解けるってことでさ」
「っ・・?・・・・・!!」

 必死な形相で口をパクパクさせる委員長。
 けれど、いくら口を開けても言葉となって声が紡がれることはなく・・。

「テメェ・・委員長、しゃべれなくしたのかよ」
「一時的だよ。ボクだって、アリスの声聞けないのは残念なんだけど、余計なコトをキミが知っても厄介だしさ」

 喋れないと解ってなお、彼女は一生懸命に口を開いて、何事かを訴えかける。
 目尻に溜まった涙が、スッと緒をひいて頬を伝うのを見、オレはキレた。

「っの・・大バカ!好きなオンナ泣かしてンじゃねーよ!!!ぜってぇに《ブッ飛ばす》!!」

 込められた魔力が反応し、真っ白い地面がめくれ上がって、一直線にヤツに向かう。

「痛そうだなぁ。怖いし、だから、帰るね」

 容易く吐き捨て、委員長を伴った黒羽がサラリと身を翻した。
 めくれた地面の軌跡だけを残し、こつ然と消える二つの影。
 逃げられた・・。
 憤然と立ち尽くすオレの頭上で、甲高い破裂音が響き、白い世界は崩れる。

「なっ・・」
『そこももう用無しだから閉じるよ。抜け出せればいいけど、ボクはキミより力が上だし、無理だろうね。アリスのためにも、死んじゃって?』

 姿無き声は非情な通達で、トドメの引導をオレにくれた。
 死んでたまるかよ・・。

「フザケンナ!テメェみたいなイカれヤローに、アリス任せられっかよ!ぜってぇ、抜け出してやっから、妙な真似すんじゃねーぞ!!」
『妙って、例えば・・キス止まりのお子様なキミとは違うこと?やらしいなぁ、そういう目でアリスのこと見てたなんて、最低だよ』
「ウルセーウルセー!とにかく、首根っこ洗って待っ──」

 オレが言えたのはそこまで。
 崩れる世界に飲まれ、意識は途絶えた。
 


「・・ジーン・・ジ・・ジン・・」

 呼ぶ声がする。

「起きなさいてばぁ」

 どこか甘ったるい声。だが、確かに耳に馴染んでいる、これは・・?

「こうなったら・・えーい」

 やたらと無邪気なかけ声と共に、ぎゅっと鼻をつままれ、口を塞がれて・・息穴を失った人間がどうなるか。
 結果は明かだ。

「っ・・!?・・ぐっ・・ぁあっ!!ハァハァ・・苦しいっつの、コロス気か!!このバカ親──って、アレ?」

 不自然な姿勢でキョトンと動きを止めているのは、確かに見覚えのある顔で、自分が居る場所も見覚えのある部屋で・・。

「・・母さん?ココ、オレんち?」
「やぁねぇ、当たり前でしょぉ?なぁに寝ぼけてるの、ジンジン」
「ジンジンはヤメロ」
「怒っちゃいやん。ママ、泣いちゃう」
「アホ言ってろ・・」

 よよよと泣きまねをしてみせる母親を尻目に、自分の状況を改めて整理してみる。
 今朝、登校したら知らないヤツがいて、実は自分と同じ魔法使いだということが解って、婚約者だから手伝うとかなんとか・・んで、オレにも呪い掛かっていて、真相を話そうとした委員長が連れ去られ──って!!

「そうだ、委員長!委員長が・・」
「委員長さん?誰のことぉ?」
「へ?だ、だから、委員長・・ほら、母さんの親友・魔女王リリス様の一人娘の、黒井有栖だよ!彼女、婚約者だとかほざくイカれたやろーに連れ去られて・・助けに行かないと!!」
「ん~~~?なんのことだかサッパリなんだけどぉ?夢でも見たんじゃないの、ジンジン」

 ・・夢?
 アノ出逢いも、アノ行為も・・全部、夢の中の出来事?委員長は・・現実にはいない女の子?
 ・・・・・そんなはずは・・。
 慌てて、彼女にあてがわれた部屋に向かい、ドアを開ける。
 広がっていたのはガランとした空間。ところどころに、どうでもいいガラクタが置いてあるだけ。

「物置部屋なんて覗いて、なにか探し物ぉ?」
「物置・・だっけ?」
「そぅよぉ~。ほんと、どうしちゃったのぉ?」
「・・・・・」

 力が抜けた。
 なんだよ・・オレ、空想を現実と勘違いしたワケ?しかも、その中に出て来た女の子好きになっちゃうとか・・情けないってか、すげぇ、危ねーヤツじゃん!!

「は・・はは・・あははは」

 ソファに背を預け、へらへらと笑う。

「変な子ねぇ。甘いものでも食べて、落ち着いたらぁ?」

 スッと目の前に差し出されたのは、緑色のソースが掛かった、乳白色のプリンみたいなデザート。
 つくづく行動の読めない母親だとは思ってたが・・。

「コレは?」
「えーとぉ・・ミルクプリン。作ってみたのよん」
「・・この緑のナニ」
「ん~・・メロンシロッップのソース」
「・・・・・フーン・・」

 柔らかいソレをスプーンですくって、口に運ぶ。
 この味・・。

「は・・あはははは!」

 さっきとは違うおかしさが込み上げ、オレは声を立てて笑った。

「ジンジン?それ・・美味しくなかったかしらぁ?」
「いや・・その反対。すげぇ、ウマイ。ってかさ、母さん。コレ・・ミルクプリンじゃねーよ?」
「え?」
「パンナコッタってヤツな。緑のはキウィソース。母さんが作ったなんて、真っ赤なウソだろ」
「いやぁねぇ、バレちゃった?本当は、お店で買って来たのぉ」
「店?アリエネー!!だってコレ、メチャクチャ委員長の・・アリスの味だよ」

 そう、間違えようもなく、コレは彼女が作ったもの。
 ということは、やっぱ、委員長は現実にちゃんと存在する女の子で・・。
 アノ出逢いも、アノ行為も・・空想なんかじゃなく、全部、実際に遭ったことなんだ。

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