I'll Save you:1

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天敵たる同じクラスメイトにして、委員長の黒井有栖と深い因縁の元、始まった同居生活は二日目。
 記念すべき(?)一日目は大義名分的なサボりではあったが、貴重な経験と発見ができた実り多き一日で終わっていた。
 外見もそうだが、なにより彼女の内面を、オレは激しく誤解してたようだ。
 委員長は思った以上に弱くて、隙だらけで、不器用で・・けれど、素直で一生懸命な可愛い──“女の子”だった。
 今にしてみれば、自分でも単純過ぎて呆れる部分があったことは否めない。
 けど、“女の子”な委員長は本当にオレ好みで、普通に接して貰える現実を目の当たりに舞い上がった末、彼女が欲しいという衝動にかられ・・。


 ──それは、深い配慮のない動物的行動だった。

 オレはもちろん、委員長も初めてだったに違いねぇ。
 だが、あえて、許してくれた委員長の真意は一体・・なんだろ。
 そして、オレ──黒衛仁の真意は?
 この世界で・・いや、少なくとも自分の回りにはたった二人きりの、特異な同郷出身者であり、本来は魔法使いと魔女という、特殊な能力を持ち合わせたオレたち。
 けれど、彼女の能力は他でもないオレ(覚えてないわけだが)が奪ってしまって・・それを取り戻すため、協力を余儀なくされた力関係のはっきりとした、ただの協力者であるはずだった。
 実際、そういった特殊な事実を知る前のオレと委員長の関係は最悪で、犬猿の仲と称されるほど、敵対していたっけ。
 だが、短い時間の中、秘められた事実が明かになればなるほど、緩くなっていく彼女に対する認識──想い。
 オレにとって厄介な優等生。という仮面を、少なからず取り払った素の彼女は、好感が持てて。
 もともと、オレ的に委員長は嫌いじゃなかったし。
 同居する上で生じる、ごく家庭的な役割を進んで引き受けた彼女の料理は感動するほど美味くて。
 マメにオレの好みを訊いてくれる気遣いを目の当たりに、オレは答えたんだ。

「──ああ、好きだ」

 と。
 深い意味があったのか、なかったのか、自分でも解らない。
 ただ、口にしてみて、やたらと心は晴れて、そんな自分が不思議で笑った。
 この感情にまだ、確定的な名前をつけることはできないんだろうが、それでも、好きか嫌いかと訊かれたらオレは──。
 そんなことを真夜中過ぎまでグダグダ考えていたもんだから、遅ればせながらの眠気に勝てず、オレは呑気にベッドで寝息を立てていた。
 今は・・そう、世間的に学生が起きなきゃならない時間だったと思う。
 コンコンとノックの音がうるさく耳についたものの、押し寄せる睡魔がそれを無視する。
 眠い・・眠らせてくれ・・。

「・・・・・」

 朦朧とする意識の中、ノブを回す音が聞こえ、ふんわりと漂う柑橘系の甘い香り。

「・・ジン、起きないと遅刻する」

 鈴を転がしたような声が間近に聞こえたと同時に、柔らかい何かが額に触れ、オレの意識は急速に覚醒する。
 目を開けた先にあったのは、切れ長の澄んだ黒い瞳と艶を帯びた形のイイ唇。
 滝のように落ちるサラサラの長い黒髪を片手で押さえた姿勢で、オレを覗き込む委員長がいた。

「ぅ・・なァっ──!?」

 寝不足の元凶たる人物の近すぎるビジュアルに、短い叫びを上げて思わず身を引いたオレの右手は、不運にも安定感のないベッドの縁を捕らえる。
 そう、体を支える唯一の柱とも言える右手が、だ。
 引力という名の下、バランスを崩せばどうなるか・・。
 
「うわ」

 ──別にコンクリートの床というワケじゃないが、それでも、肩から思いっきり落ちれば痛そうだ。ヘタすると脱臼とかしそうだな・・。
 これから襲う痛みを覚悟し、ぼんやり思うオレ。
 がっくりと傾いた体は、しかし、そのまま床に落ちることはなかった。
 咄嗟に差し出された細い二の腕がオレの腰に回り、落ちかけた体を押しとどめる。
 なんつーか・・丁度、タックルを食らった形。他の言い方をすれば・・押し倒された形と言えば、想像し易いだろう。  朝っぱらから、なんて展開だ・・。
 現状にただただ戸惑いながら、とにかく助けてもらった事実だけを取り上げて、オレは華奢な肩に手を置いて言う。

「さ・・サンキュ、委員長。ちと、危なかった」
「・・・・・」
「だ、だが、まぁ、おかげで目が覚めたっつーか」
「・・・・・」

 なにを言っても、委員長からの反応はない。
 ただ無言でオレの腰にしがみつき、胸元に顔を埋めている。
 参ったな・・どうするよ、コレ。
 果たして彼女がなにを考えているのか、この行動の意味を量りかね、途方に暮れるオレ。
 たっぷり数分の間を置いて、委員長が頭を上げた。ゆっくりと腕をほどき、身を剥がす。
 表情は──俯き加減の角度で微妙に見えない。

「委員長・・?」
 
首を傾げるオレを尻目に、彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、ドアへ向かった。

「・・朝ご飯出来てるから・・早く支度して食べましょ」

 言い置いて、そそくさとリビングに消える。
 委員長の口調は、昨日の一件から、他の奴らと接するのと変わらない、女らしいものに変わっていた。
 それはいい。いいんだが・・。

「なンだ・・今の・・?」

 助けてもらった後の間。
 しがみついていた彼女の腕は、体は、微かに震えていた気がする。
 一体、なんなんだ・・。
 残されたオレは、しばし呆然とその意味を考えていた。
 


「・・・・・早くって行ったのに。なにしていたの」
「・・すまん」

 朝食をつつきながら、恨みがましく責める涼やかな目線に、オレは憮然としながらも、頭を下げるしかない。
 もとはといえば、不可解な行動をした委員長にも責任はあったんだが・・そんな言い訳しようものなら、彼女が輪をかけて不機嫌になるのは目に見えていた。

「もぅ、時間がないわ」
「・・だから、悪かったって。つか、急いでるなら呑気に朝飯とか食ってる場合じゃねぇと・・」
「それとこれとは話が別。一日の始まりよ?朝はしっかり食べないと」
「さいですか・・」

 言葉通り、差し迫る登校時間もどこ吹く風。オレたちは優雅に・・というより、かなりがっつりと、彼女自身が用意した朝食を食べている。
 もちもちのベーグルと生ハムのサラダ。スクランブルエッグに、甘さ控えめのバナナジュース。
 ウマイなぁ・・。
 不本意に責められたことも、ゆっくりしている場合じゃない現実も忘れ、舌鼓を打つ。
 全て平らげて、ごちそうさまと手を合わせた頃には、もぅ、本当にヤバい時間になっていた。
 現時刻、8時25分。
 駅まで軽く10分は掛かり、学校の始業に間に合うためになにがなんでも乗らなくてはならない電車の時間は
──8時30分。 
 どう頑張っても間に合わない。
 まさに、昨日と同じ鉄をオレたちは踏んでいた。
 ・・いっそ、遅刻でいいか。
 オレは自他ともに認める落ちこぼれの劣等生だし、委員長も昨日の病欠を理由に大目に見てもらえるだろう。

「ジン、わたしは遅刻する気はないわ」

 早々と諦めムードのオレとは対照的な、見透かす言葉。
 汚れた皿をすべて奇麗に洗い片付けた彼女が、まっすぐにオレを見つめる。
 掛けたエプロンを外してたたむと、邪魔にならないように纏めていた髪留めを外し、銀縁眼鏡を掛けた。
 みんなが認める“委員長”の姿となった彼女は、壁に立てかけられた時計の針をちらりと見て小さく嘆息すると、鞄を持ってオレの袖を引く。

「委員長?走っても、もぅ無理だろ」

 抗議の声を完全に無視し、玄関で靴を履き始めた。
 仕方なくそれにならって履いて、ドアを開けようとしたのを押しとどめられる。
 怪訝に思うオレを見上げる視線が少しだけ彷徨ったかと思えば、ようやく、委員長が口を開いた。

「・・・・・頭、少し下げて」
「ン?」
「そして、学校の裏校舎・・B棟の北を思い浮かべて」
「なンで?」
「いいから。言った通りにして・・」
「??」
 
言われるままの場所を思い浮かべては、頭を下げ、委員長と目線を合わせる。
 白くか細い手に頬を掴まれ、なんの前触れも断りもないまま、彼女の顔が近づいた。

「委員──」
「わたしには・・時間がないのよ」

 ごくごく小さな声で囁かれ、薄く開いた桜色の唇が──重ねられる。

「!?」

 刹那、景色が変わった。
 先ほどまで居たマンションの部屋から一変し、学校の裏校舎・B棟の北にオレたちは居た。
 魔法で瞬間移動したんだろう。人気は皆無で、誰にも見られた様子はない。
 いや、今はそんなことより・・委員長は、なにをした?
 微かに唇に残る柔らかな感触と別の者の熱。薄く開いた隙間から、小さな舌が内側をちろりと舐めて・・。

「な・・ななな!???」

 ようやく、身に起きたコトを理解する。
 口元を押さえ、これでもかってぐらいに目を見開いて、原因を見つめた。
 鏡を見なくても解る。
 自分の顔が真っ赤であろうことを。
 当の本人は・・くるりと背を向けて、すでに歩き出していた。

「い、委員長!いま、いまの、は??」
「・・・・・ただの、移動手段」

 答えながら、彼女の耳が真っ赤であったことを、オレは見逃さなかった。
 どんどん遠ざかる長い黒髪を、混乱もピークに呆然と見送る。

 ──落ち着け。
 とにかく落ち着いて、考えろ。
 委員長みたいなタイプは、どう考えてもそんな理由で軽くキスするような玉じゃない。
 しかも、触れるだけのものとはチガウ。
 あんな大胆な行動を取ったのはなぜだ。
 遅刻が嫌だったから?
 ・・いや、そもそも彼女は魔法を便利に使うことに否定的だったはずだし、昨日の今日で、同じような真似をするとは思えない。
 
「・・初めてを奪われた仕返し、て、のぁ、やっぱねぇよなぁ。手段としちゃ、圧倒的に、女のが不利だし、思い入れも特別重そうだ」

 そう、なんだよな。他でもない、委員長の初めてを奪ったのはオレで・・。
 軽い気持ちではなかったにしろ、その真意は移動手段半分、欲求半分──。
 ──欲求?
 ということは、委員長もオレが欲しいと思ってしたんだろうか。

「・・ぅーん・・アリエネー」

 多少、打ち解けて丸くなったとはいえ、あの委員長がオレなんかを求めるなんて、天と地がひっくり返ってもアリエナイ気がする。
 第一、オレは彼女の魔力を奪った許されざるべき存在で・・。

「あ」

 そうだ。
 すっかり、目の前のことに気を取られていたが、オレにはやらなきゃならないことがあったんだ。
 委員長の魔力を取り戻す術を探す。
 最も優先すべきことをせずに、つまらないことで悩んでる場合じゃないだろ?

「うし・・やめやめ。とにかく、今は──」

 いまだ、人気の全くない学校の裏校舎に佇んだままの自分を認め、慌てて走り出す。

「教室にダッシュ」
 
 そんな姿を冷ややかに見つめる“目”があったことに、このときのオレは気づかなかった。
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