飲食店、雑貨屋、ブティック・・あらゆる店が立ち並ぶ繁華街に足を踏み入れると、さすがに行き交う人の数が多くなる。
金髪碧眼という容姿も、髪を染めた若者の多い場所では、目印というにはあまりに頼りなく、わたしは彼を見失わないようにと、ピッタリ背後を歩いていた。
と、不意にジンの歩みが止まり、振り向く。危うくぶつかりそうになったのを、寸でのところで踏みとどまり、彼を見上げた。
翡翠の瞳がじっとわたしを見て、ちょっとの間の後、片手が差し出される。
「人多くなってきたし、はぐれると厄介だから・・な」
手を繋ごうということ?
それじゃ、完全に・・。
手を取るべきか、断らざるべきか。悩むわたしの心中を察したのか、ジンは小さく苦笑した。
それじゃ、完全に・・。
手を取るべきか、断らざるべきか。悩むわたしの心中を察したのか、ジンは小さく苦笑した。
「顔見知りなら手ぐらい繋ぐだろ。ま、ヤロー同士ってのぁ、あんまねぇけど。それに・・」
いまだに躊躇っているわたしの手を半ば強引に取って掴むと、そっと顔を寄せて小声で囁く。
「委員長、なにげに狙われてンだよ」
「え?」
「ナンパ。さっきすれ違ったヤツらとか、あの斜め前の兄ちゃんたちとか、すげぇ見てたぜ?アレ、オレがいなかったら確実に声掛けてきたハズ」
「え?」
「ナンパ。さっきすれ違ったヤツらとか、あの斜め前の兄ちゃんたちとか、すげぇ見てたぜ?アレ、オレがいなかったら確実に声掛けてきたハズ」
ジンの指摘通り、改めて周りを見て、気づいた。
確かに、ちらちらとわたしの方を見ては、なにごとかヒソヒソと言ってる人たちがいる。
けど、ナンパだなんて、一概には信じられない。
今まで、見向きもされなかったのに。
確かに、ちらちらとわたしの方を見ては、なにごとかヒソヒソと言ってる人たちがいる。
けど、ナンパだなんて、一概には信じられない。
今まで、見向きもされなかったのに。
「ン・・委員長にとっちゃ、あんま素直に喜べる褒め言葉じゃねーかもだけど、今の委員長は見た目ランクたけーよ?ツレってのが、自慢なぐらいイケてる」
本当に・・素直に喜べない褒め言葉だった。
どこか楽しげに言う彼の表情は、目は、ひどく優しい。
意識してか無意識かは解らないけれど、明かに態度が変わったのは事実だ。
そんな変化、わたしは望んでいないというのに。
どこか楽しげに言う彼の表情は、目は、ひどく優しい。
意識してか無意識かは解らないけれど、明かに態度が変わったのは事実だ。
そんな変化、わたしは望んでいないというのに。
「ジン。わたし──」
ぐーきゅるるる
言いかけるものの、勢いよく鳴った彼のお腹の音に邪魔される。
「あ・・わりぃ。腹減っちゃって──ナニ?」
「・・・・・」
「・・・・・」
ごく原始的な生理現象で間を外され、肩から力が抜けた。
まるで、自由奔放なネコみたいだ。
いちいち目くじらを立てるのも馬鹿らしいとさえ、思えて来る。
まるで、自由奔放なネコみたいだ。
いちいち目くじらを立てるのも馬鹿らしいとさえ、思えて来る。
「・・お腹空いたんだけど、なにか食べない?って言おうとしたのよ。丁度良かったみたいね」
「なんだ、委員長もか。もぅ、昼だもんなー。まずは、どっかでメシ食おうぜ。なんか食いたいモンある?」
「なんだ、委員長もか。もぅ、昼だもんなー。まずは、どっかでメシ食おうぜ。なんか食いたいモンある?」
別の言葉にすげ替えて告げると、同感を得られたことに機嫌をよくする彼。
諦めて、話を合わせる。
諦めて、話を合わせる。
「そうね、昨日は中華だったから、フレンチか和食あたりがいいんじゃないかしら」
「ンー・・じゃ、パスタいっとこう。ウマイ店知ってるんだ」
「ンー・・じゃ、パスタいっとこう。ウマイ店知ってるんだ」
意気揚々と歩き出すジンに手を引かれ、わたしも歩き出した。
果たして、そんなわたしたちの様子が傍からどう見えていたのか。
ただ一つはっきりしたことは、ナンパ目的のギャラリーの存在が、奇麗サッパリなくなっていたということ。
・・そう、見えるということかしら?
果たして、そんなわたしたちの様子が傍からどう見えていたのか。
ただ一つはっきりしたことは、ナンパ目的のギャラリーの存在が、奇麗サッパリなくなっていたということ。
・・そう、見えるということかしら?
お洒落な店内は平日であるせいか、意外にもそんなに混んでいなくて、すぐに席に案内される。
ランチタイムのサービスセットメニューには、ドリンク・サラダ・スープ・パスタ(またはピザ)そしてデザートまで付いて、かなりお得。
その中から、わたしがエビとタラコのパスタセット。ジンがチキンとアスパラのクリームパスタセットの大盛りをオーダー。
彼が自信満々に連れて来ただけあって、その店の料理は美味しかった。味はもちろん、見た目もセンス良く奇麗に盛りつけられていて、目でも楽しめる。
およそ、不似合いなぐらい趣味がいいお店。
女性が好きそうな・・もしかして、彼にはもぅ・・?
ランチタイムのサービスセットメニューには、ドリンク・サラダ・スープ・パスタ(またはピザ)そしてデザートまで付いて、かなりお得。
その中から、わたしがエビとタラコのパスタセット。ジンがチキンとアスパラのクリームパスタセットの大盛りをオーダー。
彼が自信満々に連れて来ただけあって、その店の料理は美味しかった。味はもちろん、見た目もセンス良く奇麗に盛りつけられていて、目でも楽しめる。
およそ、不似合いなぐらい趣味がいいお店。
女性が好きそうな・・もしかして、彼にはもぅ・・?
「ウマイだろ?ココ、母さんたちが常連で、オレも1回一緒に来たことあったんだが、親子3人てのもアレで、それ以来、なかなか来る機会なくてなー」
大盛りのクリームパスタを頬張りつつ、ジンが自ら話し出す。
なるほど、そういうことだったの。
内心、ホッとしながら、わたしも目の前のパスタをくるくるとフォークに絡めて、口に運ぶ。絶妙の塩加減としつこすぎないバターの風味がマッチしていてか なりいい味。ぷりぷり食感のエビ、タラコも嫌な海臭さは全然なくて、旨味のみが活きてる感じだった。
わたしの中でスイッチが入る。
多分、お酒で臭みを消して、ダシは昆布系。隠し味にちょっとのお醤油とこしょう、かな?特に変わった材料は使ってないみたいね、作ろうと思えば作れそう。
一人、頷いては頬張って味を確かめた。
なるほど、そういうことだったの。
内心、ホッとしながら、わたしも目の前のパスタをくるくるとフォークに絡めて、口に運ぶ。絶妙の塩加減としつこすぎないバターの風味がマッチしていてか なりいい味。ぷりぷり食感のエビ、タラコも嫌な海臭さは全然なくて、旨味のみが活きてる感じだった。
わたしの中でスイッチが入る。
多分、お酒で臭みを消して、ダシは昆布系。隠し味にちょっとのお醤油とこしょう、かな?特に変わった材料は使ってないみたいね、作ろうと思えば作れそう。
一人、頷いては頬張って味を確かめた。
「・・委員長」
笑いをかみ殺したような声に呼ばれ、ハッと我に返る。
顔を上げて見ると、頬杖を付いてじっとわたしを見つめる翡翠の目があった。
「ナニ、料理研究家みて-な表情して食ってンの?」
顔を上げて見ると、頬杖を付いてじっとわたしを見つめる翡翠の目があった。
「ナニ、料理研究家みて-な表情して食ってンの?」
言い当てられたのがなんだか悔しくて、「違う」と言おうと口を開く。
正確な位置に差し出される、クリームパスタを絡めたジンのフォーク。
勢い余って食いつく形で、わたしはそれを頬張ることになってしまう。
正確な位置に差し出される、クリームパスタを絡めたジンのフォーク。
勢い余って食いつく形で、わたしはそれを頬張ることになってしまう。
「むぐっ・・!?」
「オスソワケ」
「オスソワケ」
にっこり笑って、フォークだけを抜き取る彼。
口の中に広がる濃厚なクリーム味。
けれど、全然しつこくなくて、やっぱり、このパスタも美味しい・・。
口の中に広がる濃厚なクリーム味。
けれど、全然しつこくなくて、やっぱり、このパスタも美味しい・・。
「オレ、クリーム系好きなンだ。今度、コレ作って」
言って、再び、クリームパスタをフォークに絡めては、自分の口に運ぶジン。
わたしはある事実に気づいて、呆然となってしまった。
何事も無かったかのように食べてるけど・・そのフォーク、わたし、口をつけたんだけど・・。
喉まで出掛かった言葉は、羞恥とわざわざ指摘することによって招く、なんとも言えない気まずい空気を予感して飲み込む。
結局、そのことには触れずじまいで、食事を終えたわたしたちは店を出た。
わたしはある事実に気づいて、呆然となってしまった。
何事も無かったかのように食べてるけど・・そのフォーク、わたし、口をつけたんだけど・・。
喉まで出掛かった言葉は、羞恥とわざわざ指摘することによって招く、なんとも言えない気まずい空気を予感して飲み込む。
結局、そのことには触れずじまいで、食事を終えたわたしたちは店を出た。
「はー、満足っ!また来よーぜ。あ、けど、委員長のことだから、もぅ味覚えちまって、作れそーとか?」
「・・一口、食べたから、だいたい味付けの察しはつくけど・・それなりに、材料揃えないと無理よ」
「材料か・・んじゃ、買い物しよっか?今朝、言ってたもんな。ウチにゃ、ろくなもんないって」
「言ったけど・・気になるのはそれだけ?」
「あ?時間なら、まだ大丈夫だろー。ガッコ終わる頃計算して帰れば、誰かに遭うこともねーだろーし」
「・・一口、食べたから、だいたい味付けの察しはつくけど・・それなりに、材料揃えないと無理よ」
「材料か・・んじゃ、買い物しよっか?今朝、言ってたもんな。ウチにゃ、ろくなもんないって」
「言ったけど・・気になるのはそれだけ?」
「あ?時間なら、まだ大丈夫だろー。ガッコ終わる頃計算して帰れば、誰かに遭うこともねーだろーし」
あえて訊ねるものの、気に掛けているのは別のことのようだった。
ジンにとって、間接的なあれはとても些細なことで、気にするに値しないということなのだろうか。
変に意識されても対応に困るところだけれど、平然とされるというのも落ち着けない。
ジンにとって、間接的なあれはとても些細なことで、気にするに値しないということなのだろうか。
変に意識されても対応に困るところだけれど、平然とされるというのも落ち着けない。
「確か、近くに“Hand'z”があったはずだ。そこでイロイロ見て回って、欲しいモンあったら買おうぜ」
わたし一人が複雑な心境のまま、彼の提案通り、買い物が始まった。
日用雑貨、台所用品、文具、玩具・・あらゆる種類の品物を取り扱っている巨大ショッピングセンター各階を一巡りしては、足らなそうな物を手に取って品定めする。
ジンの家にはろくなものがない、とは言ったものの、実際、家族で暮らしていただけあって、生活に支障のない程度の物はちゃんと揃っていた。
足らないのは主に食関係・・だったのだけれど、見て回っていると、興味を惹かれるのが人の欲。
特設展示された食器セットを前に、わたしは歩みを止めた。
金箔のウサギで彩られた朱塗りと黒塗りの箸と椀。同形のウサギの模様が刻まれた薄ピンクと薄いブルーの茶碗と湯のみ。極めつけに、ウサギの形をした箸置きまである。
同じデザインで色違いの食器・・そう、夫婦用の食器セットだった。
かなり可愛い。反面、ウサギというキャラクターながら、決して子供っぽくならないよう、デザインが洗練されている。
日用雑貨、台所用品、文具、玩具・・あらゆる種類の品物を取り扱っている巨大ショッピングセンター各階を一巡りしては、足らなそうな物を手に取って品定めする。
ジンの家にはろくなものがない、とは言ったものの、実際、家族で暮らしていただけあって、生活に支障のない程度の物はちゃんと揃っていた。
足らないのは主に食関係・・だったのだけれど、見て回っていると、興味を惹かれるのが人の欲。
特設展示された食器セットを前に、わたしは歩みを止めた。
金箔のウサギで彩られた朱塗りと黒塗りの箸と椀。同形のウサギの模様が刻まれた薄ピンクと薄いブルーの茶碗と湯のみ。極めつけに、ウサギの形をした箸置きまである。
同じデザインで色違いの食器・・そう、夫婦用の食器セットだった。
かなり可愛い。反面、ウサギというキャラクターながら、決して子供っぽくならないよう、デザインが洗練されている。
「・・委員長、コレ欲しいの?」
それらをじっと見入るわたしの様子に気づき、彼が同じように食器を覗き込む。
欲しくないと言えば嘘になるけど、取り立てて必要なものではなかった。
ジンには自分用の食器があったし、わたしはわたしで、メグさんのを間借りで十分に間に合っている。
欲しくないと言えば嘘になるけど、取り立てて必要なものではなかった。
ジンには自分用の食器があったし、わたしはわたしで、メグさんのを間借りで十分に間に合っている。
「ちょっと良いなと思っただけよ。特に必要なものじゃないから、次、行きましょ」
切り上げて、その場を去ろうと歩き出す。
けれど、後に続く気配がなくて、代わりに耳に届いたのは、こんな言葉。
けれど、後に続く気配がなくて、代わりに耳に届いたのは、こんな言葉。
「店員さん、このセット、欲しいんですケドー」
「ジン?」
「言ったろ?欲しいモン買おうって。遠慮すんな」
「ジン?」
「言ったろ?欲しいモン買おうって。遠慮すんな」
ポンと肩を叩き、買い付ける方向で店員と話を進める彼。
伝票にサインをして──結局、食器セットを購入してしまった。
気を遣われたのだろうか・・?
伝票にサインをして──結局、食器セットを購入してしまった。
気を遣われたのだろうか・・?
「・・ありがとう」
戸惑いつつも、嬉しさの方が勝ったのか、表情が緩む。
その後も、なんだかんだと見て回っては、つがいのセット品やら、取り立てて必要のないものまで買い揃える手筈を整えてゆき・・購入資金については、両家 の親同士ですでに折り合いがついてるのか、お互いにカードを持たされていたことが判明し、割合して出し合うということで話がつく。
その後も、なんだかんだと見て回っては、つがいのセット品やら、取り立てて必要のないものまで買い揃える手筈を整えてゆき・・購入資金については、両家 の親同士ですでに折り合いがついてるのか、お互いにカードを持たされていたことが判明し、割合して出し合うということで話がつく。
「とりあえず、ワリカン計算は後でゆっくりすることにして、ココはオレが出しとく。荷物は──全部、配達頼んでいいよな?他の手段、使えねぇし」
ジンの言う“他の手段”というのは、言うまでもなく魔法だろう。
わたしは大きく頷き、了承する。
一通りの買い物が終わって店を出ると、時間も良い頃合いになっていた。
むしろ、ちょっとゆっくりしすぎた・・?
ここから電車に乗ってわたしたちが最寄りの駅に到着するのと、学校が終わって帰宅する生徒との時間が、微妙に被ってしまう。そんな頃合いだった。
わたしは大きく頷き、了承する。
一通りの買い物が終わって店を出ると、時間も良い頃合いになっていた。
むしろ、ちょっとゆっくりしすぎた・・?
ここから電車に乗ってわたしたちが最寄りの駅に到着するのと、学校が終わって帰宅する生徒との時間が、微妙に被ってしまう。そんな頃合いだった。
「時間、微妙になってしまったわね。細心の注意を払わないと、見つかりそう」
買い物に夢中で、時間の経過を見誤ってしまった自分の迂闊さを呪う。
本来のわたしらしい行動や思考が全く発揮できない。なんて低能な役立たずに成り下がってしまっているんだろう。
今日はだめだ・・。
それと解る溜息をついて、急ぎ、駅に向かおうとしたわたしをジンが押しとどめた。
腕を取られ、引かれる。
本来のわたしらしい行動や思考が全く発揮できない。なんて低能な役立たずに成り下がってしまっているんだろう。
今日はだめだ・・。
それと解る溜息をついて、急ぎ、駅に向かおうとしたわたしをジンが押しとどめた。
腕を取られ、引かれる。
「ジン?」
「・・ちょい、コッチへ」
短く告げて、駅とは反対方向に歩き、人影がまばらな狭い路地裏に入って、建物の一角に身を滑らせる。
わたしは壁を背に、ジンは通りを背に、向かい合う形で対峙した。
頭一個分背の高い彼の大きな身体で、わたしの身体はすっぽり隠されて、傍からは見えないだろう。
わたしは壁を背に、ジンは通りを背に、向かい合う形で対峙した。
頭一個分背の高い彼の大きな身体で、わたしの身体はすっぽり隠されて、傍からは見えないだろう。
「どうしたの?」
「・・・・・ひとつ、方法思いついたんだが・・試してみてイイ?」
「・・・・・ひとつ、方法思いついたんだが・・試してみてイイ?」
どこか迷った目でおずおずと切り出す彼。
こんな場所、このタイミングでということに引け目でも感じているのかしら。
こんな場所、このタイミングでということに引け目でも感じているのかしら。
「それは、時間が掛かること?」
「いや、多分、一瞬だけど・・」
「すぐ済むなら、別に構わないわ」
「・・・・・まぢでイイんだな?」
「ええ。それより早くしないと、時間が──」
「・・ンじゃ、目つぶってくれ」
「うん?」
「いや、多分、一瞬だけど・・」
「すぐ済むなら、別に構わないわ」
「・・・・・まぢでイイんだな?」
「ええ。それより早くしないと、時間が──」
「・・ンじゃ、目つぶってくれ」
「うん?」
この時のわたしは本当にダメで、思考も浅く、読みも甘く、その後に起こることなんて、想像もできなかった。
言われるまま、目を閉じる。
真っ暗な視界向こう、そっと近づく気配がして──それは唇に触れた。
言われるまま、目を閉じる。
真っ暗な視界向こう、そっと近づく気配がして──それは唇に触れた。
「!?」
気づいて目を開けると、そこは路地裏の建物の一角なんかじゃなく、見慣れた部屋の中。
そう、わたしたちが帰ろうと思っていた場所だった。
そう、わたしたちが帰ろうと思っていた場所だった。
「お・・うまくいった」
「どう・・して?」
「傷口からじゃない、体液に接触する方法ってのを試してみただけ。で、『家に帰りてぇ』って思いながら触れて・・反応があったから、ココに居る、と」
「どう・・して?」
「傷口からじゃない、体液に接触する方法ってのを試してみただけ。で、『家に帰りてぇ』って思いながら触れて・・反応があったから、ココに居る、と」
種明かしする彼の言葉は、わたしが求める答えとはちょっとずれている。
理屈ではなくて、なぜ、そこに触れたのかを聞きたいのに・・。
理屈ではなくて、なぜ、そこに触れたのかを聞きたいのに・・。
「・・・・・そう」
彼にとっては、このことすらもただの“方法”で些細な、気にするに値しないことなんだろうか。
仮説でもいい。可能性があるならばどんな方法でも試す覚悟はあると、わたし自身が言って全てを受け入れる姿勢を取った。
再三に渡って確認する彼に、いいと言った。
全ては自分が招いたこと。
けれど・・わたしにとっては、二番目でも三番目でもない、初めてのことだった事実をどうすればいいの?
仮説でもいい。可能性があるならばどんな方法でも試す覚悟はあると、わたし自身が言って全てを受け入れる姿勢を取った。
再三に渡って確認する彼に、いいと言った。
全ては自分が招いたこと。
けれど・・わたしにとっては、二番目でも三番目でもない、初めてのことだった事実をどうすればいいの?
「──もぅ、ここは外ではないな。約束を守る義務は終了だ。疲れた・・風呂に入ったら、わたしは休む」
「え?お、オイ・・」
「夜はおまえ一人で出前でも取って食え」
「え?お、オイ・・」
「夜はおまえ一人で出前でも取って食え」
いつもの口調に戻って言い捨て、自室に逃げ込んだ。
理不尽に沸く怒りと、苛立ち。
ふと、部屋に設えられている姿見に自分の姿が映っているのが見えた。
眼鏡を掛けていない素顔。メイクは素肌の白さが活きるナチュラル系。黒と白のシンプルな上下は身体の線が奇麗に出るデザイン。
お世辞ではなく、見目にも器量の良い“女の子”に見える。
理不尽に沸く怒りと、苛立ち。
ふと、部屋に設えられている姿見に自分の姿が映っているのが見えた。
眼鏡を掛けていない素顔。メイクは素肌の白さが活きるナチュラル系。黒と白のシンプルな上下は身体の線が奇麗に出るデザイン。
お世辞ではなく、見目にも器量の良い“女の子”に見える。
──優しかった彼。
見た目が変わっただけで、こんなにも扱いが変わるの?
いや、“女の子”であるわたしを認めたからこそ、ジンの接し方が変わった。
それは誇らしくもあり、喜ぶべきことで、わたしが抱いた不満はただのわがままで、自分勝手な希望なのかもしれないけど・・。
いや、“女の子”であるわたしを認めたからこそ、ジンの接し方が変わった。
それは誇らしくもあり、喜ぶべきことで、わたしが抱いた不満はただのわがままで、自分勝手な希望なのかもしれないけど・・。
「本当のわたしを認めてくれたわけじゃない・・」
その場にしゃがみこみ、触れ合った唇をなぞる。
悲しい・・そして、切ない──。
涙こそ出ないものの、心は鋭い刃物で切られたように痛かった。
なぜ、伝わらないのだろう?
どうすれば、伝えられるんだろう。
やはり、わたしには無理なのだろうか・・。
悲しい・・そして、切ない──。
涙こそ出ないものの、心は鋭い刃物で切られたように痛かった。
なぜ、伝わらないのだろう?
どうすれば、伝えられるんだろう。
やはり、わたしには無理なのだろうか・・。
コンコン
ドアをノックする音が響く。
一枚隔てた向こう側に、彼の気配を感じた。
一枚隔てた向こう側に、彼の気配を感じた。
「・・委員長、さっきの・・やっぱイヤだった、よな?・・ゴメンな」
心底申訳なさそうな謝罪の言葉。
嫌だったわけじゃなくて・・。
でも、それを素直に言えるはずもなく、わたしはただ黙って、ジンの声にじっと耳を傾ける。
嫌だったわけじゃなくて・・。
でも、それを素直に言えるはずもなく、わたしはただ黙って、ジンの声にじっと耳を傾ける。
「・・別にアノ場の思いつきとかじゃなくて、昨日から考えついてたコトではあったんだ。そう気軽に出来るコトじゃねーし、無理だろーって諦めて・・」
そう・・だったんだ。
昨晩のやりとりを思い返してみて、確かに、彼が『無理』と言っていた事実を思い出す。
だったら、一度は諦めた方法を、あの場面あのタイミングで試したのは、どんな心境の変化だったんだろう。続く言葉が気になる。
昨晩のやりとりを思い返してみて、確かに、彼が『無理』と言っていた事実を思い出す。
だったら、一度は諦めた方法を、あの場面あのタイミングで試したのは、どんな心境の変化だったんだろう。続く言葉が気になる。
「ケド・・今日一日、委員長と一緒に居て、普通に話したり、飯のウマさに感動したり、なんか、すげぇ楽
しかったし、嬉しかったンだよ。委員長も普段より人間丸くなってた気がして・・勝手な思い上がりと言えば反論の余地ねぇけど、コレでもすげー迷った。ホン
トに悪いと思ってっけど、誰でも良かったわけじゃねぇのだけは、解ってくれ」
胸を、突かれた。
どうでも良かったわけじゃない。
わたしが複雑な心境で悪い方へと解釈していたことは、彼にとって些細なことでも、気にしていないわけでも・・なかった。
どうでも良かったわけじゃない。
わたしが複雑な心境で悪い方へと解釈していたことは、彼にとって些細なことでも、気にしていないわけでも・・なかった。
「・・出前、一応、委員長の分も頼んでおく。オレ、自分の部屋で食うから、腹減ったら、出て来て食べて」
ジンの気配がドアから離れてゆく。
わたしはその背を追うようにドアノブに手をかけると、それを回して押し開いた。
カチャっというドアの開く音に、彼がこちらを振り返る。
わたしはその背を追うようにドアノブに手をかけると、それを回して押し開いた。
カチャっというドアの開く音に、彼がこちらを振り返る。
「委員長」
「───・・出前なんて」
「───・・出前なんて」
困りきった翡翠の瞳を真っ正面から受け止めて、言う。
「わたしが作った方が美味しいに決まってる。今、支度するから。大人しく向こうで待ってて」
昨晩と同じようにソファーを差し示し、彼の横をすり抜けた。
長い髪を邪魔にならないよう後ろでまとめて、立てかけてあるエプロンに袖を通し、台所に立つ。
長い髪を邪魔にならないよう後ろでまとめて、立てかけてあるエプロンに袖を通し、台所に立つ。
「・・ジン」
「あ・・な、ナニ?」
「あ・・な、ナニ?」
予想外のわたしの行動に戸惑ったのか、動きを止めていた彼が、ようやく、我に返って身じろぎした。
困惑の度合いが濃くなった表情で、わたしの言葉を待つ。
再び向けられている翡翠色と視線を合わせて、小さく笑みを刻んだ。
困惑の度合いが濃くなった表情で、わたしの言葉を待つ。
再び向けられている翡翠色と視線を合わせて、小さく笑みを刻んだ。
「別に・・嫌だったわけじゃなくて、唐突過ぎて驚いただけ。今日は色々ありがとう。わたしも──楽しかった」
そうだ。わたしは肝心なことを忘れていた。
二人で生活することの意味を。
その先に起こるであろうことは覚悟の上で、強い意思を持って自ら、現状を招いたのだということを。
むしろ、その先が起きなければわたしは・・。
とにかく、無理じゃないことが、解った。
そう、ゆっくりしている時間はあまりないのだけれど、少しずつでもいい。片意地を張らずに、これまでの自分を切り崩して歩み寄って──伝えよう。
わたしの想い、願いを。
二人で生活することの意味を。
その先に起こるであろうことは覚悟の上で、強い意思を持って自ら、現状を招いたのだということを。
むしろ、その先が起きなければわたしは・・。
とにかく、無理じゃないことが、解った。
そう、ゆっくりしている時間はあまりないのだけれど、少しずつでもいい。片意地を張らずに、これまでの自分を切り崩して歩み寄って──伝えよう。
わたしの想い、願いを。
「夕飯、なににしようか?一応、一通り材料はあるから、食べたいものあれば作る」
早速、わたしはわたしにできることを・・の、筆頭能力である料理での切り崩しをはかる。
というより、現実的に献立に迷っての伺いだったのだけど。
というより、現実的に献立に迷っての伺いだったのだけど。
「・・肉じゃが食いたい」
どこか惚けた表情ながら、ぽつりと希望を口にするジン。
「肉じゃが?だったら、和食がいいわね。お魚焼いて、わかめの酢の物、お味噌汁・・」
「・・・・具はキャベツでな。あと、厚焼き卵も。味は甘めで」
「甘い方が好き?」
「・・・・具はキャベツでな。あと、厚焼き卵も。味は甘めで」
「甘い方が好き?」
注文を並べたてた彼の好みを再確認。
どうせなら口に合う美味しいものを作って食べさせてあげたい。少しでも幸せな気持ちを与えることができれば、わたしも嬉しい。
反復で訊ねられたジンは、一寸の間を置き、惚けた表情を穏やかなものへと変えて答えた。
どうせなら口に合う美味しいものを作って食べさせてあげたい。少しでも幸せな気持ちを与えることができれば、わたしも嬉しい。
反復で訊ねられたジンは、一寸の間を置き、惚けた表情を穏やかなものへと変えて答えた。
「──ああ、好きだ」
言って、晴れやかに笑う。
その単語に秘められた真意を、ちょっとした彼の変化を、このときのわたしはまだ気づいてはいなかった。
その単語に秘められた真意を、ちょっとした彼の変化を、このときのわたしはまだ気づいてはいなかった。
そして厄介な邪魔が入ることになろうことも、まだ知らない。