Better days:4

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 飲食店、雑貨屋、ブティック・・あらゆる店が立ち並ぶ繁華街に足を踏み入れると、さすがに行き交う人の数が多くなる。
 金髪碧眼という容姿も、髪を染めた若者の多い場所では、目印というにはあまりに頼りなく、わたしは彼を見失わないようにと、ピッタリ背後を歩いていた。
 と、不意にジンの歩みが止まり、振り向く。危うくぶつかりそうになったのを、寸でのところで踏みとどまり、彼を見上げた。
 翡翠の瞳がじっとわたしを見て、ちょっとの間の後、片手が差し出される。


「人多くなってきたし、はぐれると厄介だから・・な」

 手を繋ごうということ?
 それじゃ、完全に・・。
 手を取るべきか、断らざるべきか。悩むわたしの心中を察したのか、ジンは小さく苦笑した。

「顔見知りなら手ぐらい繋ぐだろ。ま、ヤロー同士ってのぁ、あんまねぇけど。それに・・」

 いまだに躊躇っているわたしの手を半ば強引に取って掴むと、そっと顔を寄せて小声で囁く。

「委員長、なにげに狙われてンだよ」
「え?」
「ナンパ。さっきすれ違ったヤツらとか、あの斜め前の兄ちゃんたちとか、すげぇ見てたぜ?アレ、オレがいなかったら確実に声掛けてきたハズ」

 ジンの指摘通り、改めて周りを見て、気づいた。
 確かに、ちらちらとわたしの方を見ては、なにごとかヒソヒソと言ってる人たちがいる。
 けど、ナンパだなんて、一概には信じられない。
 今まで、見向きもされなかったのに。

「ン・・委員長にとっちゃ、あんま素直に喜べる褒め言葉じゃねーかもだけど、今の委員長は見た目ランクたけーよ?ツレってのが、自慢なぐらいイケてる」

 本当に・・素直に喜べない褒め言葉だった。
 どこか楽しげに言う彼の表情は、目は、ひどく優しい。
 意識してか無意識かは解らないけれど、明かに態度が変わったのは事実だ。
 そんな変化、わたしは望んでいないというのに。

「ジン。わたし──」
 ぐーきゅるるる

 言いかけるものの、勢いよく鳴った彼のお腹の音に邪魔される。

「あ・・わりぃ。腹減っちゃって──ナニ?」
「・・・・・」

 ごく原始的な生理現象で間を外され、肩から力が抜けた。
 まるで、自由奔放なネコみたいだ。
 いちいち目くじらを立てるのも馬鹿らしいとさえ、思えて来る。

「・・お腹空いたんだけど、なにか食べない?って言おうとしたのよ。丁度良かったみたいね」
「なんだ、委員長もか。もぅ、昼だもんなー。まずは、どっかでメシ食おうぜ。なんか食いたいモンある?」

 別の言葉にすげ替えて告げると、同感を得られたことに機嫌をよくする彼。
 諦めて、話を合わせる。

「そうね、昨日は中華だったから、フレンチか和食あたりがいいんじゃないかしら」
「ンー・・じゃ、パスタいっとこう。ウマイ店知ってるんだ」

 意気揚々と歩き出すジンに手を引かれ、わたしも歩き出した。
 果たして、そんなわたしたちの様子が傍からどう見えていたのか。
 ただ一つはっきりしたことは、ナンパ目的のギャラリーの存在が、奇麗サッパリなくなっていたということ。
 ・・そう、見えるということかしら?
 お洒落な店内は平日であるせいか、意外にもそんなに混んでいなくて、すぐに席に案内される。
 ランチタイムのサービスセットメニューには、ドリンク・サラダ・スープ・パスタ(またはピザ)そしてデザートまで付いて、かなりお得。
 その中から、わたしがエビとタラコのパスタセット。ジンがチキンとアスパラのクリームパスタセットの大盛りをオーダー。
 彼が自信満々に連れて来ただけあって、その店の料理は美味しかった。味はもちろん、見た目もセンス良く奇麗に盛りつけられていて、目でも楽しめる。
 およそ、不似合いなぐらい趣味がいいお店。
 女性が好きそうな・・もしかして、彼にはもぅ・・?

「ウマイだろ?ココ、母さんたちが常連で、オレも1回一緒に来たことあったんだが、親子3人てのもアレで、それ以来、なかなか来る機会なくてなー」

 大盛りのクリームパスタを頬張りつつ、ジンが自ら話し出す。
 なるほど、そういうことだったの。
 内心、ホッとしながら、わたしも目の前のパスタをくるくるとフォークに絡めて、口に運ぶ。絶妙の塩加減としつこすぎないバターの風味がマッチしていてか なりいい味。ぷりぷり食感のエビ、タラコも嫌な海臭さは全然なくて、旨味のみが活きてる感じだった。
 わたしの中でスイッチが入る。
 多分、お酒で臭みを消して、ダシは昆布系。隠し味にちょっとのお醤油とこしょう、かな?特に変わった材料は使ってないみたいね、作ろうと思えば作れそう。
 一人、頷いては頬張って味を確かめた。

「・・委員長」

笑いをかみ殺したような声に呼ばれ、ハッと我に返る。
 顔を上げて見ると、頬杖を付いてじっとわたしを見つめる翡翠の目があった。
 
「ナニ、料理研究家みて-な表情して食ってンの?」

 言い当てられたのがなんだか悔しくて、「違う」と言おうと口を開く。
 正確な位置に差し出される、クリームパスタを絡めたジンのフォーク。
 勢い余って食いつく形で、わたしはそれを頬張ることになってしまう。

「むぐっ・・!?」
「オスソワケ」

 にっこり笑って、フォークだけを抜き取る彼。
 口の中に広がる濃厚なクリーム味。
 けれど、全然しつこくなくて、やっぱり、このパスタも美味しい・・。

「オレ、クリーム系好きなンだ。今度、コレ作って」

 言って、再び、クリームパスタをフォークに絡めては、自分の口に運ぶジン。
 わたしはある事実に気づいて、呆然となってしまった。
 何事も無かったかのように食べてるけど・・そのフォーク、わたし、口をつけたんだけど・・。
 喉まで出掛かった言葉は、羞恥とわざわざ指摘することによって招く、なんとも言えない気まずい空気を予感して飲み込む。
 結局、そのことには触れずじまいで、食事を終えたわたしたちは店を出た。

「はー、満足っ!また来よーぜ。あ、けど、委員長のことだから、もぅ味覚えちまって、作れそーとか?」
「・・一口、食べたから、だいたい味付けの察しはつくけど・・それなりに、材料揃えないと無理よ」
「材料か・・んじゃ、買い物しよっか?今朝、言ってたもんな。ウチにゃ、ろくなもんないって」
「言ったけど・・気になるのはそれだけ?」
「あ?時間なら、まだ大丈夫だろー。ガッコ終わる頃計算して帰れば、誰かに遭うこともねーだろーし」

 あえて訊ねるものの、気に掛けているのは別のことのようだった。
 ジンにとって、間接的なあれはとても些細なことで、気にするに値しないということなのだろうか。
 変に意識されても対応に困るところだけれど、平然とされるというのも落ち着けない。

「確か、近くに“Hand'z”があったはずだ。そこでイロイロ見て回って、欲しいモンあったら買おうぜ」

 わたし一人が複雑な心境のまま、彼の提案通り、買い物が始まった。
 日用雑貨、台所用品、文具、玩具・・あらゆる種類の品物を取り扱っている巨大ショッピングセンター各階を一巡りしては、足らなそうな物を手に取って品定めする。
 ジンの家にはろくなものがない、とは言ったものの、実際、家族で暮らしていただけあって、生活に支障のない程度の物はちゃんと揃っていた。
 足らないのは主に食関係・・だったのだけれど、見て回っていると、興味を惹かれるのが人の欲。
 特設展示された食器セットを前に、わたしは歩みを止めた。
 金箔のウサギで彩られた朱塗りと黒塗りの箸と椀。同形のウサギの模様が刻まれた薄ピンクと薄いブルーの茶碗と湯のみ。極めつけに、ウサギの形をした箸置きまである。
 同じデザインで色違いの食器・・そう、夫婦用の食器セットだった。
 かなり可愛い。反面、ウサギというキャラクターながら、決して子供っぽくならないよう、デザインが洗練されている。 

「・・委員長、コレ欲しいの?」

 それらをじっと見入るわたしの様子に気づき、彼が同じように食器を覗き込む。
 欲しくないと言えば嘘になるけど、取り立てて必要なものではなかった。
 ジンには自分用の食器があったし、わたしはわたしで、メグさんのを間借りで十分に間に合っている。

「ちょっと良いなと思っただけよ。特に必要なものじゃないから、次、行きましょ」

 切り上げて、その場を去ろうと歩き出す。
 けれど、後に続く気配がなくて、代わりに耳に届いたのは、こんな言葉。

「店員さん、このセット、欲しいんですケドー」
「ジン?」
「言ったろ?欲しいモン買おうって。遠慮すんな」

 ポンと肩を叩き、買い付ける方向で店員と話を進める彼。
 伝票にサインをして──結局、食器セットを購入してしまった。
 気を遣われたのだろうか・・?

「・・ありがとう」

 戸惑いつつも、嬉しさの方が勝ったのか、表情が緩む。
 その後も、なんだかんだと見て回っては、つがいのセット品やら、取り立てて必要のないものまで買い揃える手筈を整えてゆき・・購入資金については、両家 の親同士ですでに折り合いがついてるのか、お互いにカードを持たされていたことが判明し、割合して出し合うということで話がつく。

「とりあえず、ワリカン計算は後でゆっくりすることにして、ココはオレが出しとく。荷物は──全部、配達頼んでいいよな?他の手段、使えねぇし」

 ジンの言う“他の手段”というのは、言うまでもなく魔法だろう。
 わたしは大きく頷き、了承する。
 一通りの買い物が終わって店を出ると、時間も良い頃合いになっていた。
 むしろ、ちょっとゆっくりしすぎた・・?
 ここから電車に乗ってわたしたちが最寄りの駅に到着するのと、学校が終わって帰宅する生徒との時間が、微妙に被ってしまう。そんな頃合いだった。

「時間、微妙になってしまったわね。細心の注意を払わないと、見つかりそう」

 買い物に夢中で、時間の経過を見誤ってしまった自分の迂闊さを呪う。
 本来のわたしらしい行動や思考が全く発揮できない。なんて低能な役立たずに成り下がってしまっているんだろう。
 今日はだめだ・・。
 それと解る溜息をついて、急ぎ、駅に向かおうとしたわたしをジンが押しとどめた。
 腕を取られ、引かれる。

「ジン?」 
「・・ちょい、コッチへ」

 短く告げて、駅とは反対方向に歩き、人影がまばらな狭い路地裏に入って、建物の一角に身を滑らせる。
 わたしは壁を背に、ジンは通りを背に、向かい合う形で対峙した。
 頭一個分背の高い彼の大きな身体で、わたしの身体はすっぽり隠されて、傍からは見えないだろう。

「どうしたの?」
「・・・・・ひとつ、方法思いついたんだが・・試してみてイイ?」

 どこか迷った目でおずおずと切り出す彼。
 こんな場所、このタイミングでということに引け目でも感じているのかしら。

「それは、時間が掛かること?」
「いや、多分、一瞬だけど・・」
「すぐ済むなら、別に構わないわ」
「・・・・・まぢでイイんだな?」
「ええ。それより早くしないと、時間が──」
「・・ンじゃ、目つぶってくれ」
「うん?」

 この時のわたしは本当にダメで、思考も浅く、読みも甘く、その後に起こることなんて、想像もできなかった。
 言われるまま、目を閉じる。
 真っ暗な視界向こう、そっと近づく気配がして──それは唇に触れた。

「!?」

 気づいて目を開けると、そこは路地裏の建物の一角なんかじゃなく、見慣れた部屋の中。
 そう、わたしたちが帰ろうと思っていた場所だった。

「お・・うまくいった」
「どう・・して?」
「傷口からじゃない、体液に接触する方法ってのを試してみただけ。で、『家に帰りてぇ』って思いながら触れて・・反応があったから、ココに居る、と」

 種明かしする彼の言葉は、わたしが求める答えとはちょっとずれている。
 理屈ではなくて、なぜ、そこに触れたのかを聞きたいのに・・。

「・・・・・そう」

 彼にとっては、このことすらもただの“方法”で些細な、気にするに値しないことなんだろうか。
 仮説でもいい。可能性があるならばどんな方法でも試す覚悟はあると、わたし自身が言って全てを受け入れる姿勢を取った。
 再三に渡って確認する彼に、いいと言った。
 全ては自分が招いたこと。
 けれど・・わたしにとっては、二番目でも三番目でもない、初めてのことだった事実をどうすればいいの?

「──もぅ、ここは外ではないな。約束を守る義務は終了だ。疲れた・・風呂に入ったら、わたしは休む」
「え?お、オイ・・」
「夜はおまえ一人で出前でも取って食え」

 いつもの口調に戻って言い捨て、自室に逃げ込んだ。
 理不尽に沸く怒りと、苛立ち。
 ふと、部屋に設えられている姿見に自分の姿が映っているのが見えた。
 眼鏡を掛けていない素顔。メイクは素肌の白さが活きるナチュラル系。黒と白のシンプルな上下は身体の線が奇麗に出るデザイン。
 お世辞ではなく、見目にも器量の良い“女の子”に見える。

 ──優しかった彼。

 見た目が変わっただけで、こんなにも扱いが変わるの?
 いや、“女の子”であるわたしを認めたからこそ、ジンの接し方が変わった。
 それは誇らしくもあり、喜ぶべきことで、わたしが抱いた不満はただのわがままで、自分勝手な希望なのかもしれないけど・・。

「本当のわたしを認めてくれたわけじゃない・・」

 その場にしゃがみこみ、触れ合った唇をなぞる。
 悲しい・・そして、切ない──。
 涙こそ出ないものの、心は鋭い刃物で切られたように痛かった。
 なぜ、伝わらないのだろう?
 どうすれば、伝えられるんだろう。
 やはり、わたしには無理なのだろうか・・。

 コンコン

 ドアをノックする音が響く。
 一枚隔てた向こう側に、彼の気配を感じた。

「・・委員長、さっきの・・やっぱイヤだった、よな?・・ゴメンな」

 心底申訳なさそうな謝罪の言葉。
 嫌だったわけじゃなくて・・。
 でも、それを素直に言えるはずもなく、わたしはただ黙って、ジンの声にじっと耳を傾ける。

「・・別にアノ場の思いつきとかじゃなくて、昨日から考えついてたコトではあったんだ。そう気軽に出来るコトじゃねーし、無理だろーって諦めて・・」

 そう・・だったんだ。
 昨晩のやりとりを思い返してみて、確かに、彼が『無理』と言っていた事実を思い出す。
 だったら、一度は諦めた方法を、あの場面あのタイミングで試したのは、どんな心境の変化だったんだろう。続く言葉が気になる。

「ケド・・今日一日、委員長と一緒に居て、普通に話したり、飯のウマさに感動したり、なんか、すげぇ楽 しかったし、嬉しかったンだよ。委員長も普段より人間丸くなってた気がして・・勝手な思い上がりと言えば反論の余地ねぇけど、コレでもすげー迷った。ホン トに悪いと思ってっけど、誰でも良かったわけじゃねぇのだけは、解ってくれ」

 胸を、突かれた。
 どうでも良かったわけじゃない。
 わたしが複雑な心境で悪い方へと解釈していたことは、彼にとって些細なことでも、気にしていないわけでも・・なかった。

「・・出前、一応、委員長の分も頼んでおく。オレ、自分の部屋で食うから、腹減ったら、出て来て食べて」

 ジンの気配がドアから離れてゆく。
 わたしはその背を追うようにドアノブに手をかけると、それを回して押し開いた。
 カチャっというドアの開く音に、彼がこちらを振り返る。

「委員長」
「───・・出前なんて」

 困りきった翡翠の瞳を真っ正面から受け止めて、言う。

「わたしが作った方が美味しいに決まってる。今、支度するから。大人しく向こうで待ってて」

 昨晩と同じようにソファーを差し示し、彼の横をすり抜けた。
 長い髪を邪魔にならないよう後ろでまとめて、立てかけてあるエプロンに袖を通し、台所に立つ。

「・・ジン」
「あ・・な、ナニ?」

 予想外のわたしの行動に戸惑ったのか、動きを止めていた彼が、ようやく、我に返って身じろぎした。
 困惑の度合いが濃くなった表情で、わたしの言葉を待つ。
 再び向けられている翡翠色と視線を合わせて、小さく笑みを刻んだ。

「別に・・嫌だったわけじゃなくて、唐突過ぎて驚いただけ。今日は色々ありがとう。わたしも──楽しかった」

 そうだ。わたしは肝心なことを忘れていた。
 二人で生活することの意味を。
 その先に起こるであろうことは覚悟の上で、強い意思を持って自ら、現状を招いたのだということを。
 むしろ、その先が起きなければわたしは・・。 
 とにかく、無理じゃないことが、解った。
 そう、ゆっくりしている時間はあまりないのだけれど、少しずつでもいい。片意地を張らずに、これまでの自分を切り崩して歩み寄って──伝えよう。
 わたしの想い、願いを。

「夕飯、なににしようか?一応、一通り材料はあるから、食べたいものあれば作る」

 早速、わたしはわたしにできることを・・の、筆頭能力である料理での切り崩しをはかる。
 というより、現実的に献立に迷っての伺いだったのだけど。

「・・肉じゃが食いたい」

 どこか惚けた表情ながら、ぽつりと希望を口にするジン。

「肉じゃが?だったら、和食がいいわね。お魚焼いて、わかめの酢の物、お味噌汁・・」
「・・・・具はキャベツでな。あと、厚焼き卵も。味は甘めで」
「甘い方が好き?」

 注文を並べたてた彼の好みを再確認。
 どうせなら口に合う美味しいものを作って食べさせてあげたい。少しでも幸せな気持ちを与えることができれば、わたしも嬉しい。
 反復で訊ねられたジンは、一寸の間を置き、惚けた表情を穏やかなものへと変えて答えた。

「──ああ、好きだ」

 言って、晴れやかに笑う。
 その単語に秘められた真意を、ちょっとした彼の変化を、このときのわたしはまだ気づいてはいなかった。
 そして厄介な邪魔が入ることになろうことも、まだ知らない。

【Better days-終- 】 

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