Better days:3

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 行き着いたのは、独自のデザインで洗練された自社ビル。
 社名のプレートには『DELICATE PLANET-デリケートプラネット-』と刻印されていた。
 聞いたことがある社名。
 確か、芸能関係の会社ではなかっただろうか?そういうものにあまり興味のないわたしですら、耳にしたことがあるということは、それなりに有名なところ。
 彼が自信を持って超一流と言っていたのも、頷ける。


「ンー・・ココで待ってるって言われたンだが、いないな。やっぱ、急過ぎて都合悪くなっちまったかな」

 自販機が並ぶ、カフェスペースのような場所にわたしたちは居た。
 時間はまだ、10時を回ったところ。
 こういう会社は出社時間がまちまちという世間の噂は本当で、カフェスペースという割に、片手で足りるほどの人影しか見えない。
 それでも、見目にも解る制服姿の学生二人は、好奇の目を誘った。
 ちらりと横目で見られては、なにごとかひそひそと話している。
 はっきり言って、居心地は最悪。

「とにかく、携帯掛けてみっか。もうちっと我慢してくれ、委員長」

 そう言って苦く笑った彼が、携帯を手に先方への連絡を試みようという時。

「ジンジーン!」

 ジンの名を呼ぶ声がした。
 わたしたちが来たのとは反対側の通路を、こちらへ向かって歩いてくるのは、年の頃20代半ばぐらいの女性。背の高いスラっとした、お洒落な感じの美人だ。

「やっぱりもぅ、来てたか。ゴメンゴメン!急に、打ち合わせ入っちゃってサ」
「いや、急に頼んだのはオレだし・・つか、ジンジンはやめてクダサイ」
「エー。メグさん直伝な愛称、可愛いと思うけどォ?」
「だから、ヤなんですよ!」

 目の前の親しげなやりとりに、わたしは居場所を無くし、ただ、じっと二人の様子を見つめる。
 ふと、視線を外した彼女と目が合った。
 しばらく黙って見つめていたかと思えば、小さく吹き出し、笑い始める。
 当然、なにがなんだか解らないし、笑われて気分も悪い。
 わたしより背の高い彼女を、不快感も露に、半目で睨め付ける。

「あー・・委員長。この人は西川ユイさん。親父の知り合いのスタイリスト。で、こっちがオレの同級生でクラス委員長。母さんの親友の娘なンだ」

 不穏な空気を察知したらしい彼が、慌てて、互いの自己紹介をした。
 鋭くなってるであろう視線はそのままに、小さく会釈する。

「・・・・・初めまして、黒井有栖です」
「あ、西川ユイよ。ゴメっ・・気、悪くしちゃったカナ?別にね、アリスちゃんを笑ったわけじゃなくて・・フフ・・」
 ひとしきり笑ったユイさんは、こほんと咳払いして落ち着くと、ばつが悪そうな笑顔を向けた。
「この状況と全く同じようなことが、つい先日にもあってネ。おまけに・・多分、お願いの内容も同じじゃないかしラ」
「へ?」
「彼女を見立てて欲しいのでしょう?別人に見えるぐらいの変身をお望みなのよネ」

 その言葉には、さすがにわたしだけでなく、ジンも目を丸くする。
 もっとも、驚いたポイントはそれぞれ違うのでしょうけど。

「──わたしはそんなこと、望んでな・・」
「委員長。約束だろ?それとも、そのまんまの姿でうろついて、悪い噂立ってもイイの?」

 隣に立つ彼が、頭一個分高い位置から声を潜めて言った。
 確かに、このままの姿では百害あって一利無しだ。
 そもそもの根本的な問題は、約束を破ったことの代価が“外で遊ぼう”という、危険かつくだらない内容にあって、考え直してくれればいいわけなんだけど・・。

「言っとくけどオレ、考え直す気サラサラねーから。諦めて?」

 見上げる視線に気づいた彼が、期待するのとは真逆の言葉で釘を刺す。
 もしかして、コレはコレでジン流の嫌がらせなんだろうか・・。
 彼の行動の裏に潜む思惑を悪い方へと取り、悩み出したわたしの肩をユイさんが力強く掴んだ。

「大丈夫よォ、全てアタシに任せて頂戴。コレでも、プロよ?悪いようにはしないワ」
 ニッコリ笑い、腕を取られる。
「え?あの、ちょっと・・」
「じゃ、この子借りて行くわネ。ジンジンも着替えてらっしゃいナ。アタシの名を出せば、服出してくれるハズだから」
「ども。ってか、ジンジンは止めて下さいと・・ま、とにかく。また後でな、委員長」

 どこか楽しげに言って、ジンはわたしを置いて行ってしまう。
 わたしはわたしで、納得も了承もしていないのに、ユイさんに腕をひかれ、その場を後にした。
 こんなつまらないことに時間を割いてる暇はないのに・・。
 なんで、こうなるのかしら。


 
 ユイさんが一流というのは本当で、わたしはその技術・センスの全てを身を以て知ることになる。
 そこには確かに、“委員長”のわたしじゃない“黒井有栖”が居た。

「ウフフフフ・・イイ感じ。この前のあのコといい、アナタの学校には逸材が揃ってるわねェ」
「?」
「コッチの話。さて、アタシは次の仕事があるからここで失礼するワ。ジンジンにはさっきのカフェスペースで待つように連絡しておいたから・・デート、楽しんでらっしゃい」

 覗き込んで、ニンマリと微笑むユイさん。
 デートって・・。

「わ、わたしたちはそんな仲じゃ──」
「ホラホラ、早く行ってあげないと。彼、待ってるわヨ?頑張ってネ」

 反論を試みるものの、彼女が忙しい身だというのは本当らしく、忙しく送り出されてしまった。
 一人、カフェスペースまでの道を、複雑な気持ちで進んでいると、腰の辺りに小さな振動を感じて、歩みを止める。
 携帯の着信・・メールだった。
 フリップを開いて、内容を確認する。
 差出人は“トカちゃん”こと、わたしが唯一心から信頼する女友達の、麻倉斗緒香(あさくらとおか)からのもの。

『おはよー。風邪ひいたって?アリス休むなんて珍しいから、ビックリ!
 大丈夫かね?学校終わったら、なんか買ってってあげるよん。
 それまで、大人しくしてるんだぞー。じゃ、またあとで(^^)v』

 風邪で寝込んでいるであろう身を案じてのメールは、しかし、お見舞いに来るという、今のわたしにはちょっとまずい気遣いの内容でもあった。
 ジンの家に引っ越し、なおかつ、彼の家で暮らすことになった事実は、まだ誰も知らない。
 どうしよう・・できれば、斗緒香に嘘はつきたくないけど、手放しで明かしてしまって良いものかも躊躇われる。
 ふと、もう一通来ていることに気づき、慌てて内容を確認してみた。

『追伸:そういや、天敵くんも今日休みっぽい。てか、サボりかなー。
 まさか・・なんかの偶然で一緒にいるとか・・は、ないよね?』

 ──その鋭い追伸内容で、わたしは心を決めた。ボタンを操作して、返信する。
 大丈夫。斗緒香なら、きっと解ってくれる。
 反応はすぐにあった。短い、一言。
 無理も無い、時間的に今は授業中。
 それでも返事を返してくれたのは、わたしの言葉に応えたかったからに他ならない。
 短い言葉に想いは集約していた。

『RE:素直になって、楽しんできなー!!』

 役目を終えた携帯のフリップを閉じてポケットにしまうと、わたしは再び、彼が居るはずのカフェスペースに向かって、歩みを進める。
 戻ったそこには、ユイさんの言っていた通り、すでに制服から私服へと着替えたジンが待っていた。

「・・待たせたな」

 背中を向けていた金髪が、わたしの声に反応して振り向く。
 一目見るなり、翡翠の目は大きく見開かれ、もの言いたげな口は半開き状態で言葉を紡ぐことはない。
 やっぱり、どこか変なんだろうか?
 ジンの様子に、腕を上げて見たり、腰を捻って背後を見たりして、自分の姿のおかしな部分がどこなのかを確かめてみる。
 とくに着崩れてる感じはないし、服の組み合わせはプロの仕事で完璧なはずなのに。

「───・・あ」
「?」

 ようやく、目が覚めた風に言葉を発した彼は、途端に視線を泳がせ、ばつが悪そうな声を上げる。

「い、いや、別に、おかしなトコねーから・・なンつーか、化けるモンだなぁって」

 へらっと笑うジン。
 褒め言葉なのでしょうけど、化けるって失礼じゃない?
 気恥ずかしさを誤摩化すかのように、わたしは眉根を寄せて、いつもの冷たい口調で応える。

「ひとを化け物扱いするな」
「褒めてンだがな。ま、ソレなら完璧。歩き回っても、まずバレねーよ」
「・・おまえは微妙だ。普段と変わらな──・・っ」

 言ってから、気づく。
 また、“おまえ”と呼んでしまったことに。
 慌てて口を噤んだけれど、失言を聞き逃す甘い相手ではなかった。
 ニヤッと口元を綻ばせ、不敵に笑む。

「迂闊すぎ。委員長にしちゃ珍しいが、約束は約束だよな」

 “おまえ”と呼んだら、ジンの言うことを聞く。
 そういう約束を交わしたのは今朝で、つまりは当日の内に、わたしは2度目の失態を犯したことになる。
 そう、どう考えても、この条件はわたしに不利すぎた。

「・・ちょっと待て。呼び慣れた名称を、そう簡単に切り替えられるものではないだろう。不公平だ、約束の見直しを要求する」
「一度決めたことだろ?自分が不利だから、すぐ取り消しって腹づもりこそ、ちとズルイんじゃね-の?」
「むぅ・・」

 鋭い指摘に、ぐぅの音も出ない。

「・・・・・解った。望みを言え」

 仕方なく、わたしは彼の意に従うべく、告げられる言葉を待った。

「実は・・委員長来るまでの間、ひとつ、ずっと考えてたンだ」
「なんだ?勿体つけずに、とっとと言え」
「ソレだよ、ソレ。なんでオレに対してだけ、そーゆーしゃべり方なわけ?確か、クラスの奴らとはフツーにしゃべってるよな」
「・・・・・」
「っつーコトで、せめて外ウロついてる間は、オレに対しても同じ口調で。つか、その姿であのしゃべりは似合わねーし、すげぇ変だ」

 変と言われ、カチンと来る。
 わたしだって好んでこんな口調になったわけではない。
 彼がわたしを知らな過ぎるから、解ってくれなさ過ぎるから、だから少しでも他の人とは違う扱いをすることで、興味を引こうと必死に・・。

「───・・わかった。こういう話し方をすれば、いいの、ね?ジン」

 幾分か穏やかにもの静かに、女性らしい口調にして、やんわりと微笑んでみる。
 自分から言い出したこととはいえ、いきなりの変貌に面食らう彼。
 苦く笑って、頭を掻く。

「あ・・ああ。って、コレはコレでなんか変な感じ。委員長が──マトモな女の子に見えるカモ」
「・・酷いわね。二度までも言うの?だったら、元の口調に戻しても、わたしは一向に構わないんだけど」
「いやいや、是非、そのままで。変な感じすっけど、それ以上に、新鮮だし。ンじゃ、行くか」
「うん」

 歩き出したジンの背中を追いながら、わたしは思う。
 これって、やっぱり、ユイさんの言うようにデートになるのかしら?

 ──そんなことないわ。馬鹿なことを。
 
とにかく、今のわたしは彼の思う通り、望む通り、付き従って行動するしかない。
 真意の読めない彼。
 ジンは・・どういう了見でわたしを誘ったのだろう。

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