05. 確かなもの一つだけ
城へと戻り、自室へ引き上げたマールリアンは、着の身着のままベッドに体を投げ出した。
町見物は基本、楽しいことばかりだった。珍しい物がたくさん見れたし、思いがけず良い剣が手に入ったり、食事も美味しくて・・。
「食事・・うぅ・・ぁあぁ」
思い出し、頭を抱えた。
あの後・・剣を出雲から買い与えて貰った後、昼食を摂るため、小洒落たお店に入ったのだ。
初めは、動揺のあまりにガチガチに固まっていた体も思考も、食事のおいしさに解れてゆき・・締めのデザートを目の当たりにした時、我慢が切れた。
マールリアンも人並みの女性らしく、甘いものに目がなく、満面の笑みでそれを食してしまい、ハッと気づいた時には後の祭り。
「・・マリオン、甘いもん好きなん?」
訊ねられ、否定するにはあまりに自分の姿は説得力に欠け、諦めて頷いた。
見れば、出雲に出されたデザートは丸々、手つかずで残っているではないか。浅ましくもジッと見つめてしまい、唾を飲み込む。
「ああ。欲しいんやったら・・ええよ?俺は苦手やから」
「え?で、でも・・」
「残す方が失礼にあたるやろ。遠慮せぇへんで、どうぞ?」
「で、では、いただきます・・」
アウルムへ来てからというもの、殆ど甘いものを口にしていなかった彼女は、沸き上がる欲求に勝てず、素直に申し出を受け入れた。
やはり嬉々としてそれを食し、一部始終を見ていた彼に言われたのだ。
「よっぽど好きなんやねぇ。そこらの若い女の子並みや」
危うい指摘に、マールリアンが冷や汗を垂らしたのは言うまでもない。
わざわざ疑われそうな要素を見せてしまったことは、彼女にとって痛手以外のなにものでもなかった。
とんでもない醜態を晒してしまったことに、悔やんでも悔やみきれない。
「この指輪がある限り、そうそう、バレることはないと思うけど・・もっと気をつけないと・・」
左指に嵌った指輪を見、溜息を吐いた。
とりあえず、陰鬱な気分は奇麗さっぱり流してしまうに限る。とばかりに、勢い良く起き上がった彼女は、軽い足取りで風呂場へと向かう。
マールリアンは甘いものに負けないぐらい、ここのお風呂が気に入っていた。
乳白色の湯はしっとりと肌に馴染み、ゆっくり浸かっていると、体の疲ればかりか、心の疲れまでも取れるような気分になる。
十分に入浴時間を満喫し、室内着に着替えたところで、部屋の扉が叩かれた。
いつもと同じタイミングで運ばれてくる、夕食の時間だ。
だが、今日に限って違う点が一つ。
「──マリオン。突然なんやけど、夕飯、一緒させてもらえへん?」
「え・・い、出雲!?いえ、でも・・私はすでに部屋着ですし、とても出迎えられる恰好では・・」
「別に男同士なんやし、構へんよ。そもそも、こっちが約束なしに訪ねたんやからな。堅苦しゅうせんで、普段通りでええから」
「ですが・・」
「俺と一緒やと、なんか問題あるん?」
「そ、そういうわけでは・・」
「せやったらええやろ」
「・・わ、わかりました・・ですが、ちょっとだけ待ってもらえますか?」
半ば、やり込められた形で渋々了承し、慌てて、室内着の上に身体の線が隠せる大きめの服を着込んだ。
「お待たせしました。中へどうぞ」
「ほな、お邪魔します」
扉を開けて招くと、幾分かラフな恰好の出雲に続き、二人分の食事を載せたワゴンを押して、給仕係が部屋に入ってきた。
二人が向かい合う形でテーブルに着くと、手際良く夕食をセットし、深々と一礼して去って行く。
「なんや、えらい厚着しとるな。今日は比較的暖かい夜やと思うんやけど・・身体の具合でも悪いん?」
開口一番、不信げに問われ、マールリアンは慌てて首を振った。
「いえ、そんなことありませんよ。少し寒がりなだけで、身体に問題など全くありません!」
言ってしまってから気づく。
そうだ、具合が悪いことにして引き取ってもらうという手があった・・。
思い直すも、あまりにきっぱりと否定してしまっただけに、取り繕える雰囲気など残っていなかった。
「そうか?ほな、温かいうちに食べよか」
「・・戴きます」
まるで昼間の再来のような錯覚を起こし、彼女は幾分か緊張した面持ちで食事に手をつけ始めた。
まして、今の自分の身体の状態は・・紙一重。
万全を期して指輪に施された変化の魔術だったが、さすがにこの媒体の小ささでは、24時間体制で効力を発揮し続けるだけの魔力は宿せなかったようで、一定時間を過ぎると、魔術効果が弱くなってしまうのだ。
しかし、そこは天才と名高い兄王。人が眠りによって一日の疲れを癒すように、指輪もまた、人の睡眠時間に合わせて休息を取り、魔力を自動回復するよう、隙のない小細工がなされていた。
つまり、本来なら魔術効果に不都合が出ないサイクルになっており、今のような不測の訪問者がなければ、彼女の性別がバレる危険性はゼロに等しい。
というのに・・全く、どうしてこう、予測出来ない行動ばかりとる・・。厄介過ぎるて頭が痛いぞ・・。
内心で不満を呟き、目の前の料理に目を向けた。
城の食事はさすがというか、手が込んでいてそれはそれは美味しい。一人で食す分には堪能できるのだが・・今日は無理そうである。
ちらちらと視線だけ動かして出雲の動向を探り、目の前の食事を口へと運ぶ。当然、味わう余裕などあるはずもなく、がっかりした肩は下がりっぱなし。
と、同じく食事に意識を傾けていた紅い瞳が、不意に自分を捉えた。
「そうそう、例の剣のことでおもろい事実、分かったで」
「え?あ・・ああ。あの剣ですか。・・お、面白いこと、とは・・なんでしょう?」
内心、どぎまぎしながらも表面上では冷静に努め、訊ねる。
「睨んだ通りや。かつてこの国に紅一点と誉れ高く、才色兼備の女剣士として名を残した、エレィリン=イオラートの剣・・『プレシャス・ハート』いう名剣やったわ」
「エレィリン・・ぷ、『プレシャス・ハート』!?」
剣の出所を聞き、マールリアンは目を剥いた。
面白いどころではない。彼の話が本当なら、衝撃の事実・・いや、歴史的発見と言っても過言ではない。
その人物は、その剣は、多くの人々を魅了し続け、冒険活劇の題材にされるほど有名な女傑と愛剣の名だ。彼女自身、憧れの対象としてエレィリンをモデルにした創作の本や、伝記を何冊も持っている。
そんな大それた人物の剣が、今ここに、ましてや自分を主として認めたなど、とても信じられなかった。
「は、はは・・冗談、でしょう?」
「──冗談みたいにおもろいのは、ここからや。その剣はなぜか、代々、優秀な女剣士にのみ受け継がれてきたんやて。これがどないなことか、分かるか?」
出雲が言わんとしていることに、ギクリと体が強張る。
暗に指しているのは、マールリアンがひた隠しにしている特殊な事情=偽った性別のこと。
素知らぬを装い、首を傾げた。
「さ、さぁ・・」
「男で選ばれたのんは、マリオンが初めていうことや。これはある意味、快挙やと思わへん?」
顔が引き攣る。
実際、快挙などではなく、優秀かどうかはさて置き、定石通りに選ばれたのは女性なのだが・・当然、その事実を明かすわけにはいかない。
ただただ、ぎこちない笑みを浮かべ、感心する振りをした。
「そ、そうなんですか・・。それが本当なら、面白いですね。というか、本物ならますます、私が持つ資格はないわけですよね。やはりお返しします」
「・・俺の話は全部ほんまや。資格はあるやろ?選んだのんは他でもない、その剣自身なんやから。第一、返されても扱えへん剣なんか要らへん」
「事実ならなおさら、私のような他国の、にわか剣士風情が携帯していい代物とは思えません。アウルム国の宝として、大切に保管すべきでは・・」
「武器は使うてこそ、存在価値のあるもんや。宝として保管するなら、初めからそういうものとして作るのんが礼儀やろ。誰がなんと言おうと、『プレシャス・ハート』の現所有者は、マリオンや」
会話は全くの平行線。
なにを言っても、どこまで行っても、きっと出雲は意思を曲げないだろう。間近で似たような人物の言動を、嫌というほど聞いて来た彼女には、容易に予測出来た。
男というものは、誰しもがこういう頑固な面を持っているのだろうか・・。
「・・・・・分かりました。有り難く、お借りしておくことにします」
「借り?」
「ええ。なにかの拍子で、剣に見切りをつけられる可能性がなくもないですし、やはり、そのような希少な剣を戴くことはできません。とりあえず、借りておくということで・・。この御恩はいつか別の形でお返しすることにします」
「──マリオンは頑固やな」
「出雲に言われたくないです・・」
溜息混じりにそう返し、ナイフとフォークを置いた。話しながらも手は休むこと無く動いていたため、いつの間にか食事を終えていた。
結局、ろくに味わうことが出来ず、マールリアンは残念な気持ちでいっぱいになる。
「まぁ、ええわ。この話はこれで仕舞いにしとこ」
「そうしてください。丁度、食事も終わりましたし、そろそろ・・」
「お開きに」・・と続けようとしたところ、なにを思ったか出雲が傍らに置かれたままのワゴンに手を伸ばした。
なにをしているのか、不思議に思ったのも束の間、その手には色とりどりのフルーツや、焼き菓子が奇麗に盛りつけられた皿が載っている。
「・・それはなんですか?」
「デザート。マリオンが甘いもの好きやって分かったし、用意させた。俺は苦手やから、こっちを」
と、もう片方の手には酒瓶と杯を握り、それぞれを卓上に置いた。
好意からの気遣いを無にできるはずもなく、マールリアンは渋々、デザートに手をつけ始める。諦め半分とはいえ、一段落ついて落ち着いたせいか、その一皿がやたらと美味しく感じ、ついつい夢中で食べてしまう。
一方の出雲も手慣れた調子で杯に酒を注ぎ、一気に飲み干す。
その動作は、彼女がデザートを食べ終わるまで続き、いつしか、酒瓶は空になり、杯には最後の一杯だけが残っていた。
「・・それにしても・・そないな甘ったるいもんが好きやなんて、やっぱりマリオンは女っぽいよな」
気分良く食べ終わったところ、そんな風に彼に言われ、マールリアンは顔を上げる。
軽く顔を傾け、頬杖を着きながら言う彼の目は、どこか小馬鹿にしたようなからかう素振りを含み、なんとなく居心地が悪い。
なにより、最も悟られてはならない部分を指摘され、必要以上に神経が高ぶった。
「──馬鹿を言わないでください。私はれっきとした男ですよ」
「そうは言うても説得力あらへんのやから、仕方ないやろ。ああ・・剣がマリオンを選んだのんも、気質が女っぽかったからかもしれへん。性別、間違うたんとちゃうか?」
視線を流し、小さく笑う仕草にますます煽られる。
「私のどこが女性っぽいというんですか!確かに、まだまだ力は足りませんけど・・。そ、それに、甘いものがものすごく好きというわけではありません。むしろ・・その・・わ、私もお酒の方が好きなんですよ!!」
視界に入った透明な液体が残る杯を見、咄嗟にそんなことを言う。
もちろん、甘いものよりお酒が好きというのは全くのでたらめで、まともに飲んだことはない。
それでも、大人の男=酒好きという固定観念から、見栄を張ったのだ。
ここで、いつもの出雲なら言い過ぎたと謝罪し、穏便に事は済んだのであろうが・・今日の彼は違っていた。
恐らく、酔いが回っているのだろう。幾分か据わった目つきで杯を差し出してくる。
「せやったら・・ほら」
「え?いや・・それは出雲のですし・・」
「遠慮はいらへんよ。俺ばかり飲んでしもて、最後の一杯になってもうたが、足りへんかったら追加すればええだけやし」
「でも・・」
「それとも・・ほんまは飲めへんのか?」
図星を指され、一瞬、怯んだものの、ここで認めてはそれこそ相手の思うツボだと、気を奮い立たせる。
無言で杯を受け取り、そっと初めての飲み物を口にした。
無色透明の一見すると水にしか見えない液体は、目眩がするほど強烈なアルコール臭を放ち、とても美味しいとは思えない。こんなものをガブガブ飲めるなんて・・信じられない。
初めて飲んだ酒の感想は残念なもので、けれど、自分を観察するように見据える紅の存在に、決死の覚悟で全部飲み干した。
「っはー・・ほ、ほら、ちゃんと飲めるじゃないですか!」
瞬時に上がった身体の熱に驚きながらも、しっかり役目を果たしたという達成感で、高揚気味に元凶を見る。
と、自分を見ているはずの彼はといえば・・。
「・・出雲?」
「・・・・・」
テーブルに突っ伏した状態で寝入っていた。
「え・・あの、ちょっと・・こんなところで寝ては困ります!出雲!出雲殿!!」
慌てて肩を揺すり、起こそうとするが、小さな寝息を立てるばかりで意識が戻る気配がない。
どうしたものかと途方に暮れかけたところに、助け舟が現れた。
ドアをノックする音とともに、声がかかる。
「失礼致します。お食事はお済みでしょうか?食器を下げさせていただきに参りました」
「あ・・どうぞ!ちょうど良いところに来て下さいました。食器の他にも引き取っていただきたいものがあるのですが・・」
「はい?」
早速と、部屋に入ってきた給仕係はすぐに事情を理解したものの、困った風に畏まり、マールリアンに言った。
「申し訳ございませんが、その御方を引き取る権限は私どもにはございません。というより・・一度寝入ったが最後、起こさない方が宜しいかと存じます」
「え・・それはどういう・・」
「・・他国のお客様に申し上げて良いのか、迷うところではありますが・・お知らせしなかったが故に被害を被る方が問題かと思いますので・・」
「被害・・?」
「出 雲様の寝起きの悪さは、城内で有名なのです。ご自分でお起きになった場合でも、一時間は部屋に立ち入らない方が身のためというほどに・・もし、第三者が眠 りを妨げようものなら・・内容までは、さすがに申し上げられませんが・・あえて申しますなら、厄介、と。ですので、本日はどうか、このままこちらのお部屋 にお泊め下さい」
躊躇いがちながら、事の真相を告げた給仕係は、腰を大きく折り曲げて頭を下げ、「ご迷惑おかけして申し訳ありませんが、宜しくお願い致します」との挨拶を最後に、そそくさと部屋を出て行く。
「・・つまり、『出雲と同じ部屋で一夜を共にしなくてはならない』ということ・・?」
残されたマールリアンにとって、なによりも確かなことは、この一つだけだった。