04. 分からないことだらけの恋
アウルム国に来て早々、マールリアンは本物の地獄を体験することになった。
朝から晩まで剣を振るう毎日。
温室育ちというほど、甘やかされて育って来たわけではないが、基本、デスクワークの多かった彼女にとって、体がクタクタになるまで動き回った記憶はない。
だが、それは決して不快な感覚ではなく、むしろ清々しく楽しいとさえ思え、当初の不安など微塵も感じないほど順調にこなしていた。
そして、マールリアンにとって、厳しくも苦ではない訓練の日々はあっという間に三ヶ月が過ぎ、剣の型も様になって来た頃──。
「ふむ・・なんやかんやで、もぅ三ヶ月か。思えば、ずっと休み無しやったな」
ぽつりと、彼女の指導役である出雲が呟いた。
「あぁ・・そういえばそうですね」
今更ながらの指摘に、彼女は無感情に頷く。
最初こそ、過酷な訓練で疲労感を訴え、常々、休息を欲していた軟弱な体も、今ではすっかり慣れてしまったのか、翌日には回復している。
正直なところ、取り立てて休みが欲しいとは思わなくなっていた。
彼が武術を学んできた年期を思えば、自分など雛鳥に等しく、未熟。
私の腕前なんて、まだまだなのは分かっている・・それでもやはり、一太刀ぐらいは返せるようになりたい。
むしろ、暇さえあれば、目の前に立ちはだかる大きな壁を打ち倒す戦術を考えたいところ。
それなのに・・。
「ん、決めた。明日の訓練は休みにしよ」
「え!?でも・・私にはもっと訓練が必要です。休んでいる暇は──」
「マリオンの訓練は思た以上に順調や。それに、程よい休息は必要やで?」
やる気満々の彼女にとって、出雲の提案は無用の気遣いでしかない。
あまりのタイミングの悪さに、嬉しいというより茫然としてしまう。
休みと言われても・・なにをしよう・・。
異国からの留学生であるマールリアンには、友人と呼べる者もなければ、街を自由に歩き回れるだけの土地勘もない。
文字通り、与えられた部屋で一日中なにもせず、体を休める以外にすることがないのだ。
いっそ、アロマでも焚いてもらって、読書でもしながらゆっくり半身浴と洒落込むか・・。
幸運なことにアウルムは天然の温泉が湧き出る地としても有名。彼女がまだ根を上げずにいられるのは、様々な特効のある薬湯のおかげでもある。
だが、待てよと思う。
今の自分の性別を考えると、あまりにも女性じみた趣向だし、勿体ない時間の過ごし方のような気がして、彼女は顔を顰めた。
・・アロマと半身浴はなしにしても、読書はまだマシかもしれない・・。
あれやこれやと休日の過ごし方を思い悩んでいると、これまた予想外の案を投げかけられる。
「それで・・息抜きに町を見て回ろか思うとるんやけど、マリオンも来るか?」
「え・・町を?」
「ああ。他に予定あるんやったら、無理にとは言わへんけど」
「い、いえ!予定なんて一切ありませんから、是非!!」
訓練に明け暮れる毎日を過ごしながらも、一度は町の様子を見てみたいと思っていたのだ。
願ったり叶ったりとはこのこと。
「ほな、明日、11時までに出掛ける用意して、ここへ来とってな」
「わかりました」
出雲の誘いに対し、彼女は一も二もなく、首を縦に振った。
翌日。11時に間に合うよう待ち合わせ場所に来たはずなのに、彼はすでにそこに居て、マールリアンを待っていた。
慌てて駆け寄り、頭を下げる。
「お、おはよう御座います。出雲。随分、早いですね・・」
「おはよーさん、マリオン。俺も今さっき着いたところや」
「そう、ですか・・?」
サラリと紳士的に流され、これではまるでデートの待ち合わせをしていた恋人同士のやりとりのようだ、と、気恥ずかしくなってしまう。
ただでさえ、訓練の時とは違う装いで、別人のように見えて落ち着かないというのに。
「一応、お忍びいうことで、目立たんよう裏門から出よか。あと、人前で俺の名は極力、呼ばへんようにな」
「は、はい」
お忍び・・その言葉で納得する。
今日の出雲は武人としての威圧感が成りを潜め、銀縁眼鏡のガラス越しに見える瞳には知的な光すら宿っているように見える。
ある意味の変装だとしたら、大成功だろう。
一方、自分はというと・・やはり軽装で、他国からの要人──能力はともかく、王族であるため──には見えない・・はずだ。
門番の前を顔パスで通過し、どうにか城の外へ出る。
町並みの趣きは違うものの、多くの人が生活するアウルムの城下町には様々な店が立ち並び、活気に満ちあふれていた。
魔術王国というだけあって、プラティナでは書物を扱う店が多いが、武術王国であるアウルムでは武具を扱う店が多い。
さすがに色々揃っている。ふぅん・・あんなものまであるのか。
それこそ子供向けの模造品から、明らかに高級そうな逸品まで、多種多様の武具を目の当たりにし、物珍しさに胸が弾む。
キョロキョロと店頭を見回しては、足を止め、慌てて先を行く出雲を追った。
もちろん、彼もそれなりに店に並ぶ品々を見て回っているのだが、マールリアンほどあからさまではなく、さらりと視線を流すだけ。
おまけに行き交う最中、多くの女性たちに声をかけられては誘われるものだから、いちいち相手にするのが面倒になったのだろう。その歩みが止まる気配はない。
が、ある一軒の前に差し掛かった瞬間、ぴたりと立ち止まる。
唐突に動きを止めた広い背中に、危うくぶつかりそうになりながら、なんとか彼女も歩みを止めた。
──以前にもこんなことがあったような・・。もう少し、後ろを歩く者のことも考えて欲しい。
恨みがましく原因を仰ぎ見て、訊ねる。
「いず・・ぁ・・えと、どうしたんです?」
「・・あの剣・・」
視線の先には、売れ残りなのか乱雑に纏め置かれた剣の束。安物ばかりの中にただ一本、目を惹くものがあった。
白銀の柄に奇麗な装飾が施された細身の剣。
見るからに他とは違う存在感で、とても安売りされるような代物には思えない。
「いらっしゃい。なにかお探しかね?」
足を止めて熱心に見つめていたのに気づいた店主が、にこやかに二人を出迎えた。
早速と訊ねる。
「そこにある白銀の柄の剣・・なんや間違いで混ざっとるん?」
「ん?ああ・・それか。見た目はいいんだが、なぁ。いわゆる、不良品ってヤツでどうにも実戦にゃ、使えないんでね」
「不良品?」
「論より証拠。こいつぁな・・」
苦い表情で剣を手に取った店主は、徐に鞘を抜こうとした。
しかし、どういうわけか鞘は微動だにせず、一向に刀身が現れる気配がない。
「・・・・・はぁ。この通り、鞘が抜けないんだ。これじゃあ、なんの役にも立たんよ」
「──ちょっ、貸して貰てええ?」
「あ?構わねぇが・・」
もしかしたら力が足りないのかもしれない。なにかコツがあるのかも・・そう思ったのは自分だけではないらしく、出雲が我こそはと名乗り出た。
剣を受け取り、隅々まで眺めた後、店主と同じように鞘を抜こうとする。
だが、やはり鞘はびくともせず、同じように刀身を隠したまま。
「無理だろう?まぁ、せいぜい飾るぐらいにしか使えねぇが、気に入ったんなら安くしてやるよ」
「いや・・私たちは調度品が欲しいわけでは・・」
「ほな、買うわ。幾ら?」
あっさりと頷き、懐から財布を出す彼。
「え・・ほ、本気ですか?」
「おぅ。これはとてもええ剣や」
「よっしゃ!売った!!言っとくが、気が変わって返品とかは勘弁な?」
「もちろん。そっちこそ、気が変わって返してくれ、言うのんはなしやで?」
表向きの笑顔で返し、商談は成立。
まぁ・・何を買うかは本人の自由であり、当人が気に入ったのなら、無駄遣いではないか。
一連のやり取りを、ある意味他人事として見て、どうにか納得する彼女。
ところが、問題の剣は出雲の手を素通りし、なぜか自分に差し出される。
「そっちの兄さんが、あんたに渡せってさ」
「あの・・どういう・・?」
「それはキミにやる」
「はぁ!?」
品物の所有権が自分に移ったことに、マールリアンは激しく混乱した。
貰っても困る、というのが本音で、要らないと突き返そうにも彼の姿がない。
「用は済んだ。行くで、マリオン。そろそろ、昼にしよか」
すでに歩き出していた出雲は、そう言って彼女を招いた。
譲り受けた剣を手に、急いで後を追い、荒い息のまま問いつめる。
「あ、あ、あの!私はこんなもの要りません。お返ししますっ」
「ん〜?返されても、俺には使えへんものやし・・要らへんよ」
「わ、私にも使えないじゃないですか!調度品なんて・・どうせなら、実戦に使えるものが良かった・・」
つい強請るようなことを言ってしまい、慌てて口を噤んだ。
親切でくれる物にケチをつけ、あまつさえ他の物が良かったなんて・・卑しいと呆れられてしまう。そっと、彼の顔色を伺う。
マールリアンの心配をよそに、横を並んで歩いていた彼は、ただ、意味深な笑みを口元に刻み、ちらりと先ほど後にした店に視線を送った。
「ふむ。ここまで来れば平気やな。マリオン、その剣、抜いてみ?」
「は?・・出雲でも無理だったのですから、私などに抜けるはずないでしょう」
「ええから、俺の言う通りに」
無駄と分かっていることをさせようとする理不尽さに、彼女は不本意ながら従い、自棄気味に力いっぱい鞘を引いてみた。
軽く金属が擦れ合うような音がして──。
「・・え?」
あれほど頑なだった鞘がいとも簡単に外れ、ついに刀身が姿を現したのである。
極限にまで磨き抜かれた刃は、透き通った水晶にも似た物質で出来ていて、不思議な光沢を放っていた。不良品などではなく、間違いなく、逸品だ。
「こ、これはどういう・・」
「やはり・・その剣は持ち主を選ぶんや。せやから、認めた者にしか扱えない。いわゆる、希少な類いの聖剣やわ」
「せ、聖剣!?持ち主を選ぶって・・わ、私ごときが認められたと?」
「・・マリオンは選ばれるに値する、十分に優れた剣士や。天性の才能がある。そこは俺も認めてるから、自信もってええ」
優しげな笑顔で言われ、またもや、鼓動が跳ね上がる。
それは1トーンどころではなく、早鐘のようにドクドクと脈打ち、熱となって全身に広がって、マールリアンを支配した。
息苦しいやら、クラクラと目眩がするやら、自分の体の変化についていけない。
な、な、なに?これ・・。ど、動悸が・・熱が・・陽に当たり過ぎたのか?
医者ですら原因が分からないであろう、その症状は、ある種の特殊な病。
当然、彼女が病の名に気づくのはもっとずっと後のこと。
今はまだ、分からないことだらけ。