05. どこかに灯るかすかな温もり

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『喜べ!死ぬ気で頑張って、明日、退院出来ることになった。今まで、ありがとな。明後日、入れ替えしよう。お互い、元に戻るんだ by弟』

 真央のことは気になったけど、これが目標だったのだからと、僕は早々に翼へメールを入れた。
 僕の身代わりをしている実姉からの返事は、すぐに返される。


『おめでとう。うん、分かった。明後日だね?荷物とか纏めておくから・・入れ替えは夜にしよう。時間決まったらメールするね』


 これで、僕と翼の間違った生活は終わりを告げるだろう。
 あとの問題はやはり・・彼女。メルアドも携帯番号も知ってたけど、さすがに、電話で直接話す気にはなれなかった。
 どうしても、真央の泣き顔がちらついて・・僕はメールに逃げた。


『明日、退院出来ることになった。その・・この前は、ごめん。いつのもノリだったんだけど・・言葉が過ぎたかもしれない。ホントに悪かった by翔』


 送信して、改めて文章を目で追い、溜息。
 真央は返事をくれるだろうか・・。
 フリップを開いたままぼんやり思っていると、手の中で携帯が震えた。メールの着信を知らせるアイコンが点滅していて・・僕は恐る恐るそれを開く。


『明日、行く』


 たったそれだけの文章。一言と言っていいほどに短いそれ。
 まだ、怒ってるんじゃないか、身体の具合は大丈夫なのか、心配事は尽きない。
 けれど、僕の心は一気に晴れ渡った。
 真央、来てくれるんだ・・。
 ただ、その事実がなによりも嬉しかったんだ。

 

  退院当日。
 母親はどうしても手が離せない用事があるから来られないとのことで、僕は身支度を整え、一人で退院の手続きを取って、短くも慣れ親しんだ病室を後にする。
 真央とは正面入り口・受付窓口の横で落ち合うことになっていた。
 本当は・・病室で少し話をして、と考えていたけど、病院側としてはそう悠長に待っていられないらしく、すでに僕のベッドは使用者が決まっているらしい。
 やんわりとではあったけど、早々に退去して欲しいと看護婦さんに言われてしまっては、居座るわけにもいかなかった。
 備え付けのソファに腰掛け、松葉杖を身体の横に置き、小さく溜息を吐く。
 現在の時刻は・・三時半。
 彼女はいつも学校帰りに見舞いに来てくれるらしく、制服姿で三時半過ぎに姿を現すのが定石だった。


「そろそろかなぁ・・」


 ぼんやり正面玄関の自動ドアを見つめ、思う。
 とりあえず・・来たら、ちゃんと言葉で謝って・・そして──。


「あーでも・・なんで泣いたの?なんて訊けないよなぁ・・」


 原因を知りたいのは山々なのに、正面切って訊くのはなんだか、ちょっと・・と思えて来た。謝ったその口で理由を訊くのはもちろん、間抜けだと思うし、なにより、そのことでまた真央が傷ついたら・・。
 正直、僕は彼女の扱いに困り始めていた。
 今までは、ただ、生意気な口喧嘩相手でしかない・・それこそ、なにを言っても大丈夫な男友達みたいに錯覚していた真央は・・異性だ。
 僕と違って、繊細に弱い部分を持ち合わせた・・女の子。
 ・・参った。
 真央が来てくれることを素直に嬉しいと思う、どこか温かな気持ちがある反面、彼女に逢ってどんな態度を取るのが一番いいのか、困る気持ちが半分、僕は頭を抱えて唸ることしかできない。
 時間は刻一刻と過ぎ、真央がいつ来てもおかしくないリミットだというのに、こんな状態で大丈夫なんだろうか・・。


「それにしても・・遅いな」


 悩みは尽きず、軽く時間の経過を忘れるくらい意識が内側に向いてしまっていた僕だったが、ふと、現実に戻って時計の針を目の当たりに、首を傾げた。
 時間はすでに四時を過ぎ、真央を待ち始めて一時間ぐらいが経過している。携帯を取り出して見ても、彼女からの着信はない。
 おかしいな・・なにか、遭ったのか?
 途端に心配になり、迷いに迷った挙げ句、真央の携帯番号をプッシュしようとした、まさにその瞬間。


「君が・・椋本翔、くん?」
「は?」


 名前を呼ばれ、顔を上げると見知らぬ長身の男が僕を見下ろしていた。年の頃は、僕よりも年上だろうけど、たぶん高校生。
 ていうか、誰だ・・?
 僕より遥かに高い目線と、なにより、全く面識のない初めて見る顔という警戒心から、視線が尖ってしまうのは不可抗力だろう。


「あー・・別に怪しい者ってわけじゃ・・。俺、本条寺司(ほんじょうじつかさ)って言うんだ。解る、よね?」
「本条寺・・って」
「そう。真央の・・兄」


 自己紹介されたからというわけじゃないけど・・そう、よくよく見れば、目の前の顔はどことなく真央に似ていた。
 慌てて、小さく会釈する。


「──初めまして。椋本翔です。こちらこそ、姉の翼が世話になって・・いや、もちろん、僕もだけど・・お見舞いとか、真央・・さん、には、頻繁に来てもらって・・すみませんでした」
「俺相手に畏まらなくてもいいよ。だいたい、年、一個しか違わないだろ?それに・・真央は自分の意思で来てたわけだから、謝るのは筋違い。気にするなって」
「はぁ・・」


 さばさばとした物言いはやはり真央に似ていて・・というか、肝心の彼女は?
 ちらりと視線を外に向けたのに気づいたのか、彼はすぐに言を次ぐ。


「ああ、真央は来てない。だから、代わりに俺が来たんだ」
「え?」
「あいつ、大熱出して寝込んでるんだよね。数日前からずっと体調崩してて、それでも無理に学校行って、余計悪くなって・・ほとんどは精神的なことが原因らしいんだけどさ」
「精神的な、こと・・」


 一気に血の気が退いた。真央が寝込むほどショックを受けた原因、それはきっと僕の心ない言葉だ。
 僕は自分が考えていた以上に、手酷く彼女を傷つけていたのか?


「・・真央は・・大丈夫なんですか・・?」
「うん。薬飲んで大人しく寝てれば、大事に至るほど深刻じゃない。ただ、どうしてもココへ来るって言い張ってね。さすがにそれは・・ってことで、俺が代理で来たわけ」
「そう、ですか・・」


 無理してまで来て、僕に文句の一つも言いたかったってところだろう。
 それほどに、彼女は僕に腹を立てているんだ。
 ということは、兄だという目の前の彼の目的は──。


「──解りました。殴りたいなら・・どうぞ。僕が真央を傷つけてしまったのは事実だし、気の済むまで責めてくれて構いません」
「君は・・妹を傷つけた自覚があるの?」
「・・・・・正直、解りません。僕はいつもの軽口のつもりだったから、なぜ、彼女があの時に限って、泣いたのか・・。あんな真央を見たのは初めてで・・」
「真央が、泣いた?」
「・・泣きました」
「そっか・・」


 小さく溜息を吐いた真央のお兄さんは、ただ、困ったように頭を掻く。
 彼自身も戸惑ってるみたいな雰囲気に、僕は恐る恐る訊ねる。


「あの・・司さんは、僕を責めに来たんじゃ・・?」
「ん?いや、俺はただ・・真央が一目置く人物とやらを見ておきたかっただけ」
「あの、意味が・・」
「うちの妹が普通じゃないのは知ってるんだろ?」


 見据えてくる彼女と似た瞳が、真っ直ぐにその実を口に、僕の答えを待つ。


「真央が類い稀なる霊能者であること、ですね。知ってます。実際、僕もそれで助けられたし・・視ましたから」
「うん、そうらしいね。視せたら倒れて面白かったって、楽しそうに話してた」


 楽しそうにって・・あの一件は僕にとって、トラウマなのに。
 意識せず、眉間に寄ってしまった不機嫌な縦皺を自覚し、慌てて普通を装った。 
 が、一連の動作は全て、彼に見られていて、笑われてしまう。


「まぁ、椋本くんにとっては災難でしかなかっただろうけど・・真央にとって、君の存在は救いなんだろうなぁ」
「僕が・・救い?まさか、そんなわけ・・」
「俺は本条寺の長男だけど、そういう能力は一切なくてね。特異な能力を持つことで、どんな苦悩や葛藤があるか、真に理解することはできない。血を分けた妹だし、力になってやりたいと思っても、所詮、上辺だけの慰めや励まししか、できないんだ」


 少し寂し気に顔を歪め、首を振る。
 僕が見る限り、真央は不敵で強靭で、高嶺の華のように孤高で・・弱い部分なんてないように思っていた。
 そう、あの日、彼女の涙を見るまでは・・。


「でも・・僕だって、心ない言葉を吐いて彼女を傷つけてしまった・・」
「例え、君の軽口に傷ついた事実があったとしても、真央にとって、椋本くんは良い意味で特別だから──大丈夫」


 真央にとって、僕は・・特別?


「だからさ、できれば・・今まで通り、普通に接してやってくれないか?」
「・・・・・解りました」


 懇願してくる彼に、僕は大きく頷いた。
 僕の中に、今までとは違うかすかな温もりが灯った瞬間だった。
 自分が彼女の特別であることに高揚感を抱いて・・その日、僕は僕が本来、在るべき場所へ、双子の姉と正しい入れ替えを果たす。
 この時の僕は目先のことに捕われていて、最も近しい半身の様子が少しおかしいことに気づかなかった。
 そう、翼の身に取り返しのつかないとんでもないことが起こっていたことを、僕はまだ知らない。
 そして・・その事実は他でもなく、当事者より知らされることになる。

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