04. ホントは泣かないはずだった
翌日、真央はお見舞いに来なかった。
次の日も、その次の日も、来客のない毎日。
どうしたんだろう・・なにかあったのか?
それとも、無理が祟って体調崩したとか・・ありうる。
「椋本くん、診察するよ」
「あ、ハーイ」
悶々と悩みは尽きないものの、僕の現実は病人でしかない。
あの後、早過ぎる胸の傷の完治について、主治医はひたすらに首を捻って、自分の見立てが間違っていたという結論に達し、ひどく落ち込んでいた。
──ごめん、先生。
まさか、守護霊の力と真央の霊力で治しました。なんて言えるはずもなく、診察ミスを謝罪する先生に、多大な罪悪感。
そうとは知らない先生は、それを埋めようとするかのように、右足の治療に熱を入れてくれて、僕もリハビリをすごく頑張って、杖をつきながらではあったけど、病院の外を散歩出来るぐらいには回復できた。
そして、五日目の夕方、彼女はひょっこりと現れる。
「だいぶ元気そーじゃない」
「魔女・・」
あの日見た柔かな笑顔はどこへやら、変わらない不敵な表情。
僕は少しがっかりすると同時に、安堵した。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。元気そうじゃないか」
「──あたしはいつでも元気よ」
そう言って、目の前に差し出されたのは・・毎度おなじみ、お見舞い品の甘味。
律儀だなぁ。
受け取りながら、苦く笑う。
今日の見舞い品は、どら焼きらしい。
「で?ホントのところ、どうしたんだよ。あんなに毎日欠かさず来てたのにさ」
「・・別に。あたしにだって、都合はあるわよ」
涼しい表情でどら焼きを食べる彼女。
でも、よくよく見てみると、どこか疲れてるような気落ちした感じが伺える。
やっぱ、アレのせいで具合悪くなったのかな。
真央の性格上、それを素直に言うとは思えない。
「なによ、あたしの顔になにかついてんの?」
ジロジロ見つめる目に気づいた彼女は、不機嫌に眉を顰め、僕を睨みつける。
黙ってれば美人なのに、口の中いっぱいにどら焼きを頬張る姿はまるで子供。人からどう見られてようが気にしてない雰囲気が、実に真央らしい。
くくっと小さく笑うと、ますます彼女は不機嫌になった。
「なに笑ってんのよ。シスコンのくせに・・生意気」
「シスコンは関係ないだろ。つか、そんなに腹減ってたわけ?昼飯とか、ちゃんと喰ってんの」
「・・・」
何気なく訊ねたそれに、真央の手が止まる。
あれ・・僕、そんなに変なこと言った?
彼女はゆっくり口の中のものを噛み砕き、飲み込んで、視線を落とす。
「別に・・今日は、お昼食べ損ねただけ」
同じ言葉にピンと来た。
真央はなにかを隠している。そして、それは決して彼女に良い状況じゃない。
僕だって人並みに相手を労る気持ちはある。
まして、真央は翼が絶対的な信頼を置いている親友。本気で嫌いになんてなれるはずない。
でも、彼女は僕の余計な慰めなんて要らないだろう。口喧嘩相手が急に優しくなったらなったで、自分の弱さを見透かされたことに、プライドが傷つくに違いない。
となれば・・普段通りが一番なのか。
特に為す術もなく、堂々巡りであることに気づき、僕は再び小さく笑う。
「あんた・・ホントになんなのよ。気色悪い」
「気色悪い?すっげー、失礼だな」
「黙ってどら焼き食べながらニヤニヤされたら、気色悪いって思うのが普通でしょ?」
「ニヤニヤなんてしてない。だいたい、魔女だってがっついてたじゃん」
「がっついてたなんて、乙女に言う言葉?」
「乙女?乙女ねぇ・・どこにそんな慎ましやかな女の子がいるんだか。紹介して欲しいもんだね」
「あんたの目は節穴?目の前にいるじゃない。大和撫子が」
「ぶっ・・自分で大和撫子とか、どうよ?つか・・まぢ、がっつき過ぎ。口の周り、クリームついてるし。ガキかよ」
真央が買って来たどら焼きには、あんこだけじゃなく、生クリームも入った特別仕様。
指摘され、彼女は慌てて唇の端を拭うと、指についたクリームを舐めた。
あ、その仕草は・・ちょっと、アレだなぁ・・。
子供じみたそれは、普段の彼女の印象と違い過ぎてて、なんだか妙に新鮮で笑ってしまう。
「こういうのは取り繕って食べたって美味しくないのよ!いつも翼と大口開けて食べてるし」
ああ、納得。
翼もその手のお上品さは持ち合わせていないもんな。
翼・・翼か。今頃、どうしてるのかな?何事もなければいいんだけど。
「・・大丈夫よ」
不意に真央の声が真剣味を帯び、そんなことを言う。
「翼なら・・大丈夫」
「え?」
「もうすぐ、終わるから」
まるで僕の心配を見抜いたような口ぶり。いや、彼女には解るんだろう。
普通の人は持ち合わせていない、不思議な能力の持ち主だから・・きっと、なにもかもお見通しで、なにに対しても冷静。
僕は真央をそんな風に過大評価していた。
様子がおかしいことに、気づいていたのに・・彼女が見かけ通り、クールなプライドの高いしっかり者だと思っていたんだ。
けど、実際は──。
それから、真央はまた以前のようにお見舞いに来るようになった。
ただ、日に日にどこか虚ろで、元気がないように見えて、だけど、口は達者で。
僕はそれが単に、体調が回復してないだけだと思っていた。
だったら、無理して来なくても、こっちは全然構わないのに・・真央の行動の矛盾に、なぜか、イライラが募る。
そして、それは、唐突に爆発した。
「しっかし・・いつ来ても寂しいね。見舞いに来てくれる友達の一人や二人、いないわけ?あたしが来なきゃ、閑古鳥ね」
言われ、カチンとくる。
だって、仕方ないじゃないか。僕はまだ、新しい学校に一度も行ってないんだから、友達なんているはずがない。
まして、中学の友達は・・上辺だけの付き合いだった。優秀なノートだけが頼りで、僕の性格や人柄なんて見てない。
そうさ。僕はそういう寂しい環境で過ごしてきた、クラスに必ず一人はいる浮いた存在である優等生。
真央の言葉は、まさに琴線だった。
「──うるさいな。別に頼んで来てもらってるわけじゃないし、嫌なら来なきゃいいだろ?だいたい、毎日、特に用もないのに来て、悪態ばっかでこっちは疲れるんだよ。迷惑なの、わかんないわけ?さっさと、帰れよ!!」
言ってから、しまったと思う。
いくらなんでも、これは言い過ぎた・・。
でも、真央だから・・クールで気が強い彼女なら、これくらい言ってもダメージを受けない。
きっと、大丈夫だって・・。
「・・ぇ」
見た瞬間、僕は完全に固まった。
頭が真っ白になって、どうしたらいいのか、なにも考えられない。
だって、目の前で真央は・・。
「・・っ・・」
・・泣いていた。
グッと拳を握り、唇を噛み締めて、その綺麗な形の目から大粒の涙をこぼして。
泣いていたんだ。
彼女の涙を見たのは初めてで、僕はとにかく動揺した。
そして、それが、悔しいとか、怒ってるとか、そういう種類の涙じゃないことが解って、苦い気持ちが広がる。
どうフォローしていいか解らない僕を尻目に、真央はゆっくりと手の甲で涙を拭き、無言で背を向け、ドアを開けて・・出て行ってしまった。
決して広くはない華奢な背中は、完全に僕を拒絶していて、引き止めることはもちろん、言葉をかけることすら躊躇われ。そのまま見送る。
残された僕が出来たことはただ一つ。
ただ、愕然と、した。
僕が真央を泣かせた・・。
泣くはずのない、強いはずの彼女を・・そう見誤って。
僕は傷つけたんだ。
でも・・。
どうして、真央は傷ついた?
僕が言ったことは、確かに、決して好意的な言葉ではなかったにしても・・それは、日常的な口喧嘩ととれる範疇じゃなかったのか?
今日に限って、なぜ彼女は泣くほど、傷ついたんだろう・・。
傷つけたという自覚はあっても、その原因は、今の僕には見当もつかなかった。
また、明日、顔を出したら・・素直に謝って訊いてみよう。
だけど、翌日、真央は来なかった。
次の日も、次の日も・・まるで、先日の再来だ。
それほどに僕は彼女を傷つけてしまったということなのか・・。
そのもやもやを少しでも忘れるため、リハビリに打ち込む。
そして、彼女が顔を出さないまま、僕に退院許可が降りたのだった。