03. あえて言うなら友愛?

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 それから、僕の病室には決まった時間、決まった人物が見舞いに訪れる様になった。
 毎度、きちんと見舞いの品を手に、きっちり二時間ほど時間を潰し、帰ってゆく彼女。
 その真意は、一体なんなのだろう。


「あ、コレ、白あんじゃない。そっちがカスタードだったか・・。シスコン、チェンジ」


 ぱっくりとお腹部分を割った状態のタイヤキを差し出し、彼女が交換を迫る。
 今日のお見舞い品はタイヤキらしい。四つの内の二つをそれぞれ手にしている状態。
 僕は男にしては、甘いものもイケる口で、更に言えばカスタードは好きだ。


「えー・・僕もカスタードがいいんだけど・・」


 不満たっぷりにそう言うと、彼女・・真央の眉間にグッと皺が寄る。


「なによ、買って来たのはあたしよ?文句言うなら、あげない」
「・・なんだよ、その横暴。だったら、買って来なきゃいいじゃん」
「あたしが食べたかったの!もぅ・・じゃあ、こうしましょ」


 手に持ったカスタード入りタイヤキは、素早く彼女に奪われ、あっという間にまっぷたつ。四つ全部がそんな状態になって・・半欠けなそれらが差し戻された。


「・・なにこれ」
「半分こ。これなら公平でしょ?」


 首を傾げる僕に、真央は手にしたカスタード入りのタイヤキを食しながら、やれやれと肩を竦める。
 僕の我が儘を叶えてやった。とでも言いたげな態度にカチンと来たものの、冷めて行くタイヤキを目の当たりに、慌ててかぶりつく。
 買って来た人物はともかく、タイヤキは甘すぎず、とても美味しい。
 つか、そうじゃなくて・・。


「あのさー、なんで来るわけ?」
「は?」
「だから、見舞い」


 もぐもぐと口を動かしながら、僕は疑問をそのままぶつけた。
 だって、本当に真央が欠かさず見舞いに来る理由が解らない。
 母さんに頼まれた?
 ──いや、その可能性は低い。入院しているのが翼ならともかく、僕と彼女に深い繋がりなどないのだから。
 真央はタイヤキに視線を落としたまま、素っ気なく言った。


「別に・・暇だから」


 完結なようで、不可解が残る答え。


「暇って・・折角の放課後。女子高生なら、色々あるだろ?友達と買い物とか、お茶とか」


 一般的な過ごし方を例に挙げ、僕はジッと真央を見つめる。
 いくら翼がいないからって、他に友達はいるだろう。
 わざわざ虫の好かない相手の元へ来て、ともすれば気分悪く時間を過ごす必要はないと思えた。
 真央はそれには答えず、ひたすらにタイヤキを食べ進める。


「・・冷めるよ」


 視線を合わせないままポツリ言われ、僕も言葉なく、タイヤキを食べた。
 白あん、カスタード、あんこ、チーズ・・四種全部を食べ終わり、とりあえずは満足。
 が、やはり気になるのは真央の動向。
 ちらっと彼女を見れば、僕を真っ直ぐ見つめる黒い瞳とぶつかる。


「な、なんだよ」


 まさか見られてたなんて思わなくて、僕はとっさに機嫌悪く返す。
 真央の視線を感じながら、けど、再び視線を合わせるのは照れくさくて、そっぽを向く。


「早く傷治したい?」


 言われ、なにを馬鹿なと思った。


「当たり前だろ?盗み聞いてた通り、翼は僕の代わりに男装して、男子校通ってんだよ。しかも、男と同室で寮暮らしまで・・早く動ける様になって、入れ替わらないと危険だ」
「・・そうね。あたしとしても、翼には早く戻って貰いたい」


 同意する彼女の声は・・気のせいか、沈んでいる様に思える。
 いつも一緒にいる相手がいないんだ。
 “魔女”と称されるほど、胡散臭く侮れない存在であっても、普通に寂しい気持ちは持ち合わせているのかもしれない。


「協力するよ。あたしの能力を使って、あんたを一日でも早く、動ける様にしてあげる。だから・・脱げ」
「は?」
「上着脱いで」


 唖然とする僕の上着に手を掛け、真央は表情一つ変えずにどんどんボタンを外して行く。
 なにがなんだか解らないまま、前をはだけられると、自分で言うのもなんだけど、見目にも痛々しく包帯が巻かれた胸部が露になった。


「・・痛そうね」
「・・痛いよ。肋骨折れてるんだか・・って、オイ。なにして・・」


 胸部に置かれた白い手が、僕の制止を無視して包帯を剥ぎ取る。
 なにがしたいんだ・・コイツ。
 正気の沙汰とは思えない行動に、僕はただただ唖然と・・情けなくも、呆然と彼女のなすがままを見送った。
 ほどなく、素肌を晒す形となり、ひやりとした掌が宛てがわれる。


「あんたの守護霊の力を借りるわよ。あたしが上手くコントロールして、折れた肋骨くっつけてあげる」
「は?え・・ちょ・・ぅ!」


 そう、言った次の瞬間、冷たかった掌がどんどん温度を上げ、熱い鉄の塊でも押し付けられているかのごとく、ものすごい熱を持つ。


「・・あつっ・・ま、まお・・っ!?」


 耐えきれず、苦痛の声を漏らす。
 脂汗が滲み、耐えきれなくなる一歩手前で、フッとそれが離れた。
 僕は弾かれたように起き上がり、胸を押さえ、彼女を睨みつける。


「っ・・のぉ・・痛いじゃないか!なにするんだよ!!」
「痛い?そんなはずないと思うけど」
「痛いに決まってるだろ!火傷するかと思っ・・あれ・・?」


 非難囂々、文句を並べ立て・・気づいた。
 真央が指しているのは、つまり、折れた肋骨の・・胸の痛みで、確かにそれはない。


「・・痛く、ない・・」
「治したからね」
「治したって・・」


 さらりととんでもないことを言う彼女を前に、僕は開いた口が塞がらなかった。
 ただ者じゃないとは思っていたけど・・。
 そもそも、僕がなぜ、真央を“魔女”と呼ぶのか・・それには深い理由があった。


 

 あれは忘れもしない、中学一年の時。
 翼が真央を家に連れて来た初対面で、彼女は僕を見るなり言ったんだ。


「あんた・・もの凄い量、憑かれてる。稀に見る霊媒体質のようね」


 一瞬、言われた意味が全く解らなかった。
 僕はその手の類いを信じていなかったし・・ただ、身体が重くて、日々、ダルイのは事実で。
 なおも彼女は続ける。


「あたしが全部祓ってあげる。んで、力ある守護霊様喚んであげるから・・感謝しなさいよ」
「はぁ?」


 次の瞬間、真央の容赦ない平手が僕の右頬を思いっきり打った。


「いってぇ・・なにす・・っ!」


 かと思えば、グッと引き寄せられ、抱きしめられて。
 艶やかな黒髪からふんわり香るシャンプーの香り。男の身体とは違う、柔らかな感触・・頬を叩かれた理不尽も忘れ、ボーッとしてしまった。
 そんな僕の背を、トントンと二回叩いて、彼女は身を退く。
 状況を全く飲み込めずにいる僕に、真央は小さく笑った。


「男にビンタなんて、滅多に出来ないから・・スッキリ」 
 
 言葉の意味をじわじわ理解して、当然、僕は怒る。


「おま・・ふざけんな!翼っ・・誰だよコイツ!!初対面でなんでぶん殴られなきゃならないの?ワケ解んないよ!」
「あー・・この子は、本条寺真央ちゃん。真央ちゃんはね、こう見えて、有名なお寺の子ですごく霊感強いのよ。翔、肩が重い重いって言ってたじゃない?相談したら・・憑かれてるんじゃないかって、来てくれたんだけど・・」


 僕の赤くなっているであろう右頬に視線を這わせた翼は、苦笑した。
 有名な寺の・・?霊感が強い?確かに・・肩は軽くなってるし、ダルさもなくなってるけど・・それをこの目の前の女がやったっていうのか?
 僕はとても信じられなくて、疑いの目を向ける。
 と、なにを思ったのか、真央は翼の両目を手で覆い、視界を塞ぐ。


「疑うなら、視ればいい。あんたは稀に見る霊媒体質だから、視ようと思えば、視えるよ」
「なんだよ、それ。馬鹿らしい。僕はそんなの信じな・・」


 否定する言葉を吐く口は、そのままの形で固まることになる。
 軽く瞬きをした後の視界に、彼女の言う通り、視えないはずのモノが視えたから・・。
 あまりに衝撃的な光景に、僕はそのまま、その場で倒れた。視界の端で、真央はにやりと意地悪く笑っていて・・そのとき、僕は思ったんだ。
 “魔女”と。

 それ以来、そういうモノを視ることはなかったけど、僕がそういう類いを信じる様になったのは言うまでもない。
 アレは本当に、視て気持ちのいいもんじゃない・・。
 反面、僕は密かに真央に一目置いていたりする。
 だって、彼女には常人にはない特別な能力があるんだぞ?それは、どう頑張っても手に入れることができない、生まれついての奇跡。
 僕みたいに、誰もが知り得ることのできる常識を有する、世間の枠に捕われた存在とは違う。その部分は素直に尊敬に値すると思う。
 もちろん、本人にそんなことは口が裂けても言えないけど。図に乗られるの、眼に見えるし。


「回想は終わったかしら?だったら、早く、服、着なさいよ」


 不機嫌に差し出された上着を受け取り、彼女を見れば、居心地悪そうに顔を赤らめている。自分が脱がしておいて、なに、今更、恥ずかしがってるんだよ・・。
 真央は全くをもって理解不能だ。
 受け取った上着を着込み、改めて、胸をさすってみる。痛みはなくなったものの・・あれ?なんか、目眩が・・。
 くらくらと景色が歪み、僕はそのまま背後に倒れた。
 急速に身体の力が抜けていく。
 なんでだ?


「言ったでしょ。あんたの守護霊の力を借りるって。当然、宿主にも負担は掛かるわよ」


 僕を覗き込む真央の瞳が、呆れた様に細まって、大きな溜息をついた。
 んなの、知るか・・。もっと早く言えっての。


「さて・・あんたもゆっくり休みたいだろうし、あたしも疲れたから帰るわね」


 フッと視界から消える黒髪。首を巡らし、彼女の姿を追ってみると、どこか足下が心許なくふらついていることに気づく。
 “当然、宿主にも負担は掛かる”・・この言葉は、僕だけではなく、不可思議な能力を使った真央にも当て嵌まるということか。
 なぜそこまでして、僕の傷を治してくれたんだろう。
 まぁ、大半は翼を一日でも早く、今の危険な状況から解放するためだろうけど・・。
 それでも、少なからず、僕のために彼女は無理をしたんだ。


「・・ありがと。気をつけて帰れよな」


 自然にそんな言葉が口を突いて出て、華奢な背中が振り返る。
 真央は言葉なく、ただやんわり微笑み、そのまま病室を後にした。
 その笑顔は初めて見る穏やかなもので、僕は不覚にも見惚れてしまい、誰もいなくなった部屋の中、一人で顔を赤くして俯く。
 あんな表情、反則じゃないか・・。
 真央は黙っていれば、美人なんだ。今時珍しく、染まっていない黒髪は艶やかでサラサラで、色は白いし、目もぱっちりとして・・。


「って・・なに褒めてんだよ・・“魔女”なのに」


 僕にとって、真央はいけ好かないヤツで、つまらない口喧嘩の相手。特別な感情なんてそこにはなくて、翼が絡むと、ちょっとだけ協力的になるだけで・・。
 それだけの関係のはず・・なんだ。

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