02. ふとした孤独の隙間に
母さんから呆れた事情を聞き、僕は絶句してしまう。
少しずれてるとは思っていたけれど・・本当にとんでもない。
どこの世界に男子校に娘を男装させ、息子の替え玉させる親がいるんだ。
そのまま僕は、翼の携帯に電話を掛ける。
『・・はい、椋本ですが・・』
多少、声のトーンが低いのが気になったが、それは紛れもなく翼本人の声。
ホッとしながら、言を次ぐ。
「翼?僕だけど・・無事!?今、母さんから事情聞いて・・」
と、翼の声の向こう側で見知らぬ者の声が混じる。
母さんの話じゃ、男子校に通っているばかりか、僕が住むはずだった男子寮にまで、翼は身を置いているという。
「え・・男?まさか・・寮って個室じゃないの?」
訊ねても返事がない。
僕の中で焦りが広がる。
男と二人でなんて、常識で考えても有り得ない。有ってはならないだろう。
「どういうことさ!そんなの・・危険過ぎだろっ。ナニ考えてんの!?」
と、一瞬の静けさの後・・。
『うっさい!いっぺんにゴチャゴチャ言われても、こっちは一人なの!!順番に答えるから、少し待ちなさいっ!!』
翼がキレた。
こうなっては、大人しく翼のタイミングに合わせるしかない。電話を切られでもしたらそれこそ、本末転倒だ。
ボソボソと話す声が聞こえる。
僕は辛抱強く待った。
そして・・。
『もしもし?かけ──あんた、大丈夫なの?怪我の具合は?』
声を潜めながら、僕の身を案じる言葉を投げかけてくる翼。
もぅ・・人を心配してる場合じゃないでしょ。そっちのがよっぽど危険だってのに。
「怪我は・・まぁ、骨折ってるわけだし、すぐに治るはずもないけど。って、僕のことはどうでもいいんだよ。翼、なんで替え玉なんて・・そこがどういうとこか解ってんの?」
『・・解ってるよ。男子校でしょ』
解ってるんなら、なんで断らないんだよ。
イライラが募る。
「そう!男子校!!男しかいないんだよ!?僕に成り済まして飛び込むなんて、無謀過ぎ!バレたらどうするの?どんな目に遭うか・・助けなんて期待できないだろ!今すぐ、家に帰れ!!」
『翔・・』
翼の声が力を失い、申し訳なさそうな響きに変化したのは一瞬で。
『でも、そんなことしたら、入学取消されちゃうよ。折角、こんないいとこに推薦で入れたってのに、勿体ない。入りたかったんでしょ?すっごい、喜んでたじゃん』
痛い所を突いて来る。
無邪気に喜んだ過去の自分の、なんと迂闊なこと。悔いても、それは消せない。
今はとにかく、翼を思いとどまらせることが先決だ。
「それは・・けど・・翼だって学校あるのに・・初っぱな休んでたら、後々大変になるだろ?なにより・・僕のせいで翼を危険な目に遭わせるの、嫌だ・・」
そうだよ。翼だって楽しみにしてたじゃないか。可愛い制服が着れるって、女子高生らしく楽しむんだって喜んでただろ?
なにが悲しくて、僕の代わりに男子校なんか・・。
母さんの理解不能な思考は今に始まった事じゃないけど、これはやり過ぎだ。
『私だって、翔が学校通えないなんて嫌だよ。だから、力になれることはなりたい。一ヶ月の辛抱だし、大丈夫だよ』
優しい・・声だった。
反面、揺るぎない気配が伺えて。
「翼・・」
『それにさ、私、結構、演技うまいかも。早速、先輩方に気に入られちゃったよ。あと、学校に変わりないから、勉強面で出遅れることないし・・うん。思ったほど、深刻な問題じゃないわ』
明るい物言いは、僕に対する気遣いと己を言い聞かせるための暗示なのが解って、それ以上、なにも言えなくなってしまう。
僕に言われるまでもなく、身の危険を感じているだろうし、たった独りで心細い想いを抱えているに違いない。
それでも・・翼は僕のために頑張ってくれているんだ。
『翔は身体を治すことだけ考えな。ね?早く治れば、私の替え玉期間も短くなるんだから、心配なら死ぬ気で治しなさい』
そう、翼の想いに応えるには、それしかない。
「・・・・・・・・・・わかった」
迷いに迷って、大きく頷く。
もちろん、快くというわけじゃない。僕は慌てて言葉を重ねた。
「でも・・無理すんなよな?」
『うん、ありがと』
「また連絡するから」
『あー・・できれば、メールにして。電話だと・・ちょい同室の子が厄介。あと名前も別のに・・翼って呼ばないでね』
同室の子・・さっきから向こう側で翼と話してるヤツか。
一緒に居てバレてないあたり、かなり鈍感かもしれないけど・・要注意だ。
「・・わかった。そいつ、くれぐれも気をつけろよ」
『はいはい。それじゃ、切るね。お大事に』
慌ただしく電話が切れ、僕の口からは長い長い溜息が漏れる。
なんとなく押し切られた感が強いけど、これで本当に良かったんだろうか・・。
「はー・・翼も無茶するわねぇ」
真横からの声に、僕はギョッとしてそちらを向いた。
存在をすっかり忘れていたが、僕には連れがいたんだった・・。
他でもなく、一人では動けない僕を支え、翼に電話出来る状況へと導いてくれた、ある意味の恩人である彼女は、僕の携帯に耳を寄せ、全てを聞いていたようだ。
「・・おい、盗み聞きなんて、趣味悪いぞ」
恩はあれど、プライベートな会話を聞かれたことに腹を立てた僕は、早速と睨みつける。
が、目の前の彼女はどこまでも涼しい表情で。
「それが恩人に向かって言う言葉かしら?なんだったら、このままここに置き去りにしてもいいのよ」
「ぐ・・」
それは困る・・。
「ほぅらほぅら、どうなの?それが嫌なら、素直に『お願いします、真央さん』って言いなさいよ」
こいつ・・人の足下見やがって。
睨みを利かせてもどこ吹く風。諦めて、小さな声で言う。
「・・オネガイシマス・・真央サン」
「よし。んじゃ、戻るわよ」
嫌みなくらいニッコリ微笑み・・真央は、僕を支えて歩き出した。
くそぅ・・嫌なヤツだ。
それでも頼るしかない現状が情けない。
これはもぅ、翼の言う通り、全力で怪我を治すしか・・。
と、そこで、違和感に気づく。
そういえば、なぜ真央は黙って僕らの会話を聞いていたんだ?自分こそがと、電話口に出ても不思議はないのに、なんで大人しくしていたんだろう。
「なぁ、どうして翼と話しなかったんだ?」
するりと口を割って出た質問に、真央の歩みが止まる。
彼女は真っ直ぐ前を見据えたまま、答えた。
「・・翼があたしを望まなかったから」
それは初めて見る寂し気な横顔。
僕は必要以上に動揺してしまったのか、からかう言葉すら思い浮かばず、再び歩き出した彼女の意に従う。
完全に、虚を突かれた。
こんな顔をする真央を、僕は知らない。僕の中で真央は小憎たらしい・・口喧嘩の相手でしかなくて、厄介者でしかないのに。
その表情は強く僕の中に残ったんだ。