02. 奇跡に等しい確率で

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 三大勢力の一つであり、大国として比較的華やかな印象のプラティナとは異なり、アウルムは一言でいえば、荘厳な佇まいだった。
 同じ大国として肩を並べる存在でありながら、こうも特色が違うものかと、感心した面持ちで目の前に広がる景色を眺める。
 屈強というよりは、洗練された精悍さを誇る一団が、それぞれ愛用の剣を持ち、見事な体さばきで互いの武器を打ち合わせている様は、まるで一流の演舞を見ているようにしなやかだ。

「・・すごい。さすが、アウルム王国の精鋭部隊。奇麗だ・・」

 思わず、感嘆の息を漏らすと、傍らの気配が動いた。

「お褒めに預かり光栄・・と言いたいところやけど、キミが目指すのんは、あのレベル以上やで?他人事のように感心しとる場合やあらへんやろ」

 溜息まじりに独特のイントネーションで言われ、ハッと我にかえる。
 そうだった・・自分は遊びに来ているわけではない。一国の代表として、この国の高度な武術を学びに来たのだった。
 それなのに、観光気分で素人考えに浸ってしまったことが恥ずかしく思え、慌てて姿勢を正す。

「──軽はずみな発言でした。すみません」

 頭一つ分は高い位置にある相手の顔を真っ直ぐ見、小さく頭を下げる。
 謝罪された男は、一瞬瞠目し、すぐに視線を外すと、盛大に肩を竦めた。

「・・まぁ、どうでもええことなんやけどな・・。ちゅーか、キミ、ほんまにエル──エルフェンバイン殿の弟なん?」
「え・・?」

 言われ、心臓が跳ねる。
 まさか、来て早々、バレてしまった・・!?
 しかし、それは杞憂だった。

「なんや・・あんま似てへんよな。似ても似つかない真面目くんっちゅうか・・つくづく、世話焼いて苦労しとるのんが解るっちゅうか」

 彼の言わんとしていることは、自分の危惧したことと違っていて、ホッと胸を撫で下ろす。
 と同時に、彼の言わんとしてることに思い当たり、至極、冷静に返した。

「・・ ああ。横柄で性格のねじ曲がった兄上とは違うとおっしゃりたいのですね。兄上は・・少々、難癖のある母に似てしまったので、あんなろくでもない唯我独尊王 なのです。逆に私は運良く、生真面目で穏やかな性格の父に似たので・・同じ兄弟でも全く違う感じに見えるのではないかと・・」
「・・ん。いや、うん・・それ以上は言わへんでええ。色々と理解したわ」
「はい?」
「どうやら、俺の見立てが甘かったみたいやな。お前さんは確かに、エルの身内や」

 若きプラティナ王の人となりをズバリ言い表す姿に、彼は苦笑した。
 恐れ多くも一国を治める王を、こんな風に言えるのだから、やはり相当に近しい存在・・同じ血を分けた肉親なのだろう。

「はぁ・・納得なさったのなら、いいのですが」

 唐突に刃を引っ込められた気分で、きょとんとしてしまう。

「ともかく・・これからのこと、一応、話しとかなな。ここやと落ち着けへんし、部屋行くか・・ええよな?マールリオン殿」
「──はい」

 自分を称すはずの、しかし、聞き慣れない名前に、一瞬、顔をしかめる。
 それを指導役に対する不安ととったのか、彼は目を眇めて言った。

「ま、よりにもよって相手が俺やと、適当にされてしまうんやないかって、疑う気持ちは解るけどな。他でもない、エルの頼みやし、なにより国交として任された以上、無碍にはできへん弱みがある。せやな・・むしろ、逃げ出したなるぐらい、みっちりやらせてもらうで」
「・・は、はい・・」

 なんだか変に誤解されて焚き付けてしまった現状に、彼女は胸の内で深いため息をつく。
 自分が気にしているのはそんなことではなく・・偽名のことだ。
 マールリオン・・それは今の自分の名前ではあるのだが、本当の名前ではない。

「俺が思うとったより、脆弱やなさそやしな。お世辞なしに案外、ええ剣士になれるかもしれへん」
「──有り難うございます・・」

 過ぎた褒め言葉にも、ただ恐縮するしかなくて・・。
 彼の目に映る全ては偽りなのだ。
 自分の名前はマールリオンではなく、マールリアン。プラティナ国王エルフェンバインの弟ではなく妹であり、立派な男に見えるであろう体も、兄が変化の魔術を掛けた指輪の力でそう見せているだけ。
 当然、本人が意図し望んだことではないのだが・・受け入れてしまった現実がある限り、加担者として言い訳などできない。
 今思えば、なぜ受け入れてしまったのか・・。
 ありのままの事情──留学するのはマールリアンという妹の方で、女でも良いのかどうか、事前によく確認を取れば良かっただけではないだろうか。
 そもそも、いくら無類の女好きとはいえ、彼自身が言ったように、国交の一環である以上、国を仕切る立場の人間が自らの首を絞め兼ねない短絡な行動を取るとは思えない。
 ・・溜息が出る。
 もしも、今回の一件がバレたら、それこそ国同士の信頼と親交に亀裂を生みかねない。
 自分の有り様一つで、大問題に発展する可能性があるのだ。騙してる心苦しいさも手伝い、表情も暗くなるというもの。

 兄上・・やはり、一発ぐらい殴っておけば良かった・・。

 左の中指に嵌った白金の指輪を睨み、拳を握った。

「・・マールリオン殿?ちゃんとついて来ぃへんと、迷うで。まだ、城内の間取り把握してへんのやろ」
「あ・・は、はい!」

 すでに歩みを始めていた彼に促され、急ぎ、歩を進めて後に続く。
 それにしても・・。
 前を歩く広い背を見つめ、ふと思う。

 この方は本当に、女にだらしのない無節操者と評判のあの方だろうか・・。自国で兄の秘書として付き従っている時、何度か顔を合わせ、その度に口説かれたりしたのだから、評判通りといえばそうなのだが・・。
 出雲(イズモ)・凪(ナギ)=アウルム。事の発端となった女好きの指導役・・らしい彼。
 アウルム国第一王子にして現国王。あらゆる武術に精通し、中でも剣の腕前は剣豪王と高名な人物。基本的には冷静沈着で懐が広く、人望も厚いようだ。
 漆黒の髪、紅玉の瞳。すらりとした体躯と申し分のない出身に、超一流の武術。見目は文句無しに女性受けしそうな美丈夫・・引く手数多といったところだろう。
 もし、兄の言う通りだとしても・・色濃い経験は星の数ほどであり、男女関係は常に腹一杯で満足しているように思える。
 それならそれで、取るに足らない容姿の自分がその対象として見られる可能性は低く、自国で口説かれたのは彼なりの社交辞令だったのかもしれない。
 そうだ。
 兄や自分が危惧する事態になる可能性は、きっと・・いや、絶対的に低い。

 うん・・事は早い方がいい。

 今からでも、真実を打ち明けるべきと思い至った彼女は、意を決し、告白しようとしたのだが。
 不意に先陣の歩みが止まる。危うくぶつかりそうになったのを、なんとか二の足を踏んで耐え、元凶を見上げた。
 至極、真剣な表情で、彼は言ったのだ。

「なぁ・・キミの双子の妹、マールリアン姫って・・まだ、男と付きおうたこと、あらへんよな?婚約話も聞いたことあらへんし」
「・・は?え、ええ・・まぁ」

 なんてことを訊くのだろうと思った矢先、更に驚く言葉を目の前の人物は重ねる。

「ちゅーことは、未経験。初物か・・。留学相手、妹やったら色濃い情事で愉しめたのに・・はぁ・・実に惜しいなぁ・・今からでも交代できへんやろか?そしたら、手取り足取り腰取り、無垢な身体の隅々まで堪能し、俺の熟練された神業でええ塩梅に開発したるのに」
「・・・・・」

 心底残念そうな呟きと犯罪まがいに物騒過ぎる戯言を耳に、マールリアンは顔を引き攣らせた。
 浅はかな自分の読みに冷や汗をかき、固く心に誓う。
 アウルムにいる間は・・この野獣の目の届く範囲にいる間は、決して女であることを悟られてはならない。
 バレようものなら──。

『おまえ・・喰われるぞ』

 ──冗談じゃない。私の貞操は、たった一人この世にいるはずの運命の相手に捧げると決めているのだから・・無節操者の性欲処理に使われてなるものですか!!

 兄の言葉を思い出し、青くなったり、赤くなったり・・。

 マールリアンはこう見えて、乙女思考の持ち主であった。
 まさか、その運命の相手がすぐ身近にいようとは、この時は思いもしなかった。

 それはきっと、奇跡に等しい確率。

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