01.君だけは知ってた
思えば僕は昔から、ここぞと言う所で怪我をする。
今回も折角、意中の高校へ奨学生という名誉な身分での進学が決まったというのに・・。
入学式の直前で怪我をして入院とか、呪われているとしか思えない。
病院のベッドで、大きな溜息を吐く。
「ぅ・・いっ・・」
途端、胸に激痛が走り、思わず呻いた。
ちょっとつまづいて転んだだけなのに、肋骨が一本と右足が見事にぽっきりいっているらしい。
まぁ、この不幸の原因は・・少し思い当たる節があるけど。
今度は小さく加減して息を吐いた。
と、勢い良く扉が開き、同じ年の頃の女の子がジッと僕を見つめる。それが誰か、僕には解っていた。
「よー」
ベッドの上、動けないながら片手を上げると、少し青ざめた表情がぎこちなく崩れる。
「・・無事、なの?」
「うん。生きてる」
「良かった・・」
見目にも明らかに安堵し、その場にへたり込んだ顔は、男女の違いこそあれど、僕とそっくり同じ。
「翼、心配かけてごめん・・」
僕の双子の姉、椋本翼(くらもとつばさ)。
「ほんとだよ・・翔ってば、驚かせないで」
そして、僕は椋本翔(くらもとかける)。
奨学生になるぐらいだから、その実力は折り紙付き。容姿も整っているし、はっきり言って秀才だ。
ただ一つ、運だけはどうにもならないけど。
「でも、これじゃ・・暫く、学校行けないよね。全く・・ドジ!」
「うっ・・ごめん、ごめんよ。翼」
涙目での罵声に、僕はただただ、謝るしかなかった。
まさかその後、この目の前の僕と同じ顔をした愛しい半身が、あんな目に遭うなんて、思いもよらず。
病院のベッドで、大人しくふせっているしかなかった。
それから数日、僕はひたすらに、問題集を解いて時間を過ごしていた。
正直、入院生活は暇だ。自由が利かないのは身体だけで、僕の頭はよく働く。
ただでさえ、入学早々に学校を休まなくてはならない不利。こうして、独学で勉強せねば、いくら元々、頭の造りが良くても、足下を掬われてしまう。
そんなのは僕のプライドが許さなかった。
それにしても・・。
「本当に大丈夫なのかなぁ・・」
いくらやむを得ない理由があるといっても、いきなり休学だなんて、奨学生として恩恵を受けながら、あまりに迂闊じゃないかと・・取り消しも覚悟してたのに。
母さんが言うには、問題なし、と。
「なんか・・怪しいんだよなぁ・・」
あの日以来、翼はちっともお見舞いに来てくれないし。
まぁ、いくら双子とはいえ、翼には翼の都合があるだろうし、新たな学校生活に慣れようと必死なのかもしれない。
女子校だって言ってたなぁ。もぅ友達はできたんだろうか。うまくやれてるといいけど・・。
女子は男子と違って、付き合いが色々大変だってきいた。翼はどっちかっていうと、ちょっと変わっている部類に入り、ある意味天然で、厄介なとこで気が強かったり・・今時の女の子と気が合うとは思えない。
考え出すと、どんどん不安になってくる。
はっきり言って、僕は翼に甘い。たった二人の姉弟だし、僕にとって翼は掛け替えのない存在だ。
「うぅ・・すごく心配になってきた・・」
ここで、携帯でも使えれば問題ないのに・・精密な機器がある病院では、限られた場所でしか使えない。当然、病室はNGだ。
こういう時に限って、母さんは来ないし、誰でもいいから見舞いに来ないかな。
などと手前勝手に思っていると、唐突に、病室のドアが開いた。
以心伝心とはこのこと。
期待を込めて、ドアを見てみれば・・そこにいたのは・・。
「げっ・・」
「──第一声がそれとは、随分なご挨拶じゃない?シスコン」
「・・魔女」
不敵に笑み、仁王立ちしている天敵・本条寺真央(ほんじょうじまお)が居た。
「・・なにしに来たんだよ」
「病院に一般の人が来る用事といえば、たった一つだと思うけど?」
「僕のお見舞いだって言うのか?一体、どんな魂胆なんだか・・」
「あんたねぇ・・あたしにどんな偏見持ってるのよ。ほら、これ」
不機嫌に唇を尖らせ、真央は手に持った袋を差し出してきた。
英文字がプリントされたそれは、見覚えのある洋菓子店の名前。彼女の言葉に偽りはなく、明らかなお見舞い品。
多少、気味悪く思いながら受け取ろうと伸ばした手は、しかし、空を切る。
「で?これはどういうことか、ちゃんと説明してくれるかしら」
「説明?見た通りだけど・・」
「なんで翼じゃなくて、あんたが入院してるのよ。それともなに?二人仲良く怪我で入院ってわけ?」
「は?」
彼女の言葉は不可解極まりなかった。
怪我をしたのは僕だけで、翼が入院している事実なんてない。なにを勘違いしているんだ・・この女は。
「なに言ってんの?入院してるのは僕だけだ。翼は・・お前と同じ学校に通ってるんだろ」
当たり前のことを言ったはずなのに、真央の眉間に皺が寄る。
翼がどうしているのか、むしろ訊きたいのはこっちだ。
「そっちこそ、なに言ってるの?翼、入学式以来、学校来てないわよ」
「はぁ?」
なんだそれ・・どういうこと?
僕の第六感が嫌な予感を知らせる。
母さんは僕の休学に関して、問題ないと言った。
反面、翼は学校に行っていない。
「・・なぁ、ちょっと頼まれて欲しいことがあるんだけど」
目の前の彼女を頼るのは、本来、屈辱ではあるが背に腹は変えられない。
僕のよもやが当たっていれば、今、翼はとんでもない状況に身を置いてる可能性がある。
「それって・・翼に関すること?」
「もちろん」
「んじゃ、頼まれてあげる」
翼に多大な信頼を寄せ、大事に想っている彼女らしく、あっさり引き受けてくれたことが、とても有り難かった。
「僕を携帯使えるエリアに連れてって。母さんにどういうことか、確認する。一応、松葉杖で歩けるけど・・肋骨に響いて、一人だとキツイから、支えてくれると助かる」
「──わかった」
コクコクと頷き、真央は傍らの松葉杖を僕の両脇にくぐらせると、文句一つ言わず、身体を支えて歩き出す。
女の子とこんなに密接した経験なんて初めてで、僕は不覚にもドキッとしてしまう。
相手は寄ると触ると敵対姿勢の、あの真央なのに・・。
そういえば・・なぜ、入院してるのが翼じゃないのか?と言った割りに、ドアを開けた先に僕が居たことに驚いてなかったような。
矛盾に気づき、なにより、この近過ぎる距離への照れを誤摩化す意味合いで、僕は訊ねた。
「そういや・・ベッドの僕を見てもあんまり驚いてなかったみたいな気がするけど、なんで?」
「ん・・なんとなく知ってたから」
「知って?」
「前に言ったでしょ?あたしには視えるって。てか、あれほど言ったのに・・あんた、強い念を飛ばしたでしょ。それで、一時的に守護霊が離れ、翼に憑いた」
不意に真央が至近距離で僕を見上げて来る。
漆黒の瞳は全てを見抜いてるみたいに、妙な威圧感があって、僕は目を逸らした。
なにより、僕の中の本能が彼女の言っていることを理解していて、言い当てられたことを動揺している。
はぁ・・と小さく息を吐く彼女。
「だから、大怪我なんてするのよ。いい?滅多なことしなくても、翼にも守護霊が憑いてるし、なによりあたしが傍にいるわ。あんたはもっと自分の身体を大切にしな」
いつもなら、余計なお世話と憎まれ口を叩く場面。
珍しい人物に希少な心配をされたせいか、僕も珍しく素直に頷いたのだった。