04.いつのまにか

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要さんから予想外の告白と要求をされた後、私たちはどうなったかと言えば・・。


「──うん。お手伝い戴いたおかげで、随分と早く片付け終わりましたね。有り難うございます、しずちゃん」
「・・いえいえ、どういたしまして」


 今やすっかり、彼の物で整えられた部屋の中、ホッと安堵の吐息を洩らす顔を、複雑な気持ちで見つめる。
 これで問題なく、要さんはこの部屋で、私と同じ生活空間を共有できるようになってしまったのだから。
 あの瞬間、どう反応してよいものか・・なにより、唐突すぎて信じ難い想いで放心しかけたところ、天の助けともいえる第三者の介入があった。


「ですが、週末の休みを潰してしまいましたね・・すみません」
「えーと・・まぁ、出掛ける予定もなかったですし。それにしても・・お引っ越しの荷物、意外に少ないんですね」
「ああ。家具とか処分してきましたからね。必要最低限以外は、こちらで買いそろえるか・・鏡のものを借りるつもりでした」
「なるほど・・」


 そう、私のとっての気まずい雰囲気を打破してくれたのは、皮肉にも彼の荷物を届けに来てくれた宅急便屋さん。
 二日酔いとお風呂で倒れた際の打ち身を案じ、休んでいるようにとの言葉を残して、要さんはそれらの介入を迅速に処理していった。
 そして、運び入れた自分の荷物を、早々と解き、片付けに没頭してしまう。
 それはそれで好都合。
 私は遠慮なく自室のベッドで横になり、彼の言葉に悶々としつつもひたすらに病人としての姿勢を貫き通す。
 ちなみに、昼食と夜食は彼がコンビニへと走り、色々と買い込んで来てくれた・・マメな人だ。
 ただ、翌日になると少し冷静になり、甲斐甲斐しく世話を焼いては心配してくれた要さんに対する感謝の気持ちの方が勝る。
 と同時に、不慣れな場所であるにも関わらず、自分都合で放ったらかしにしてしまったことが悔やまれ、引きこもってなどいられないと思った。
 ドアをきっちり閉めていた私とは対照的に、彼の住処となる兄の部屋のドアは開け放たれており、段ボールの中から私物を取り出しては、備え付けの家具にそれらをしまって行く動作が見える。


 忙しそう・・てか、なに話したら・・。


 が、昨日のことを思うと、どうしても声をかけることが出来ず、ドアの影に立ち尽くすしかない。
 気配に気づいたのか、要さんが私の方を見た。


「しずちゃん。身体の方は・・大丈夫ですか?」


 身を案じる言葉に、つくづく彼の人の善さを実感する。 


「・・ええ。大丈夫です」
「良かった・・あ、もぅお昼なんですね。お腹空きました?ええと・・今日はピザでも取ろうかと思うんですが・・宜しいでしょうか?」
「よ、よろしいです」
「では・・申し訳ないんですが、注文お願いしてもいいですか?ちょっと手が離せなくて・・」


 数冊の本を手に取っては、棚に収めつつ、視線だけでお願いされ、コクコクと頷いた。
 リビングに戻り、宅配ピザのメニューを手にすると、適当に品定めして電話を掛ける。日曜ということで、少し混んでるみたいだったけれど・・まぁ、急いでないし、いいかな?


「要さん。ピザ、一時間ほど掛かるそうです」
「わかりました。届くまで、ゆっくりなさっていてください。僕は・・片付けを続けます」


 見れば、部屋の中は乱雑としていた。
 これ・・まだ時間掛かるだろうなぁ・・。
 そんなことを思ってぐるりと視線を這わせた後、再び彼に視線を戻すと、小さく苦笑する。


「今日中になんとかしたくて・・やはり、整った状態で新たな門出を迎えたいですしね」
「・・手伝いましょうか?」


 こんな状況を見て、放っておけるほど冷血じゃない。
 私の申し出に、要さんは手を止めて、少しだけ姿勢を正した。


「それは願ってもないことですが・・いいんですか?」
「いいですよ。二人でやった方が早いでしょうし・・」
「有り難う、助かります。・・本当は・・そう言って戴けることを期待していたんです」


 悪戯っぽく無邪気に笑う顔に、不覚にもドキッとしてしまう。
 そして二人、段ボールを紐解いては中身を取り出し、部屋の中を甲斐甲斐しく動き回る。
 一時間ほど経過した頃の状況というのが──冒頭というわけ。
 ああ、でも・・ホント。片付け終わって良かったのかしら・・。
 それこそ、敵に塩を送ってしまったような、自らを窮地に追い込んでいるような、浅はかさをひしひしと感じるのだけど。
 後悔と不安感に苛まれ始めた耳に、滑稽なほど明るい呼び鈴。


「ピザ、届いたようですね」


 財布を手に、応対しようと腰を上げた彼を、慌てて追いかける。


「あ、私が出ますから・・要さんは座ってて下さい」
「いえ、片付けを手伝って頂きましたし、ここは僕に奢らせて下さい」
「私が勝手にしたことですから・・せめてワリカンに」
「・・宅配でワリカンって、相手の方が困ると思いますよ。それに早く出てあげないと・・こういうのって、時間厳守でしょう?」


 玄関先での押し問答を責めるように、二度三度と呼び鈴を連射され、どうあっても譲る気配のない長身を前に、私は大きく肩を落として渋々引き下がった。
 確実に弱い部分を突いてくる要さんは、やはり侮れないと思う。


「おまたせしました」


 ピザの入った大きな箱と、サイドオーダーに頼んだチキン、ポテト、そして飲み物が入った袋を下げた彼がリビングに舞い戻る。
 それぞれを店開きすると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「美味しそうですね。冷めないうちに戴きましょうか」


 どこまでも笑顔で、マイペースな佇まいで食事を促す要さんを、ジッと見つめる。
 優しい表情で、柔らかい口調で、丁寧な物腰で誤摩化されてるけど、よくよく考えてみれば最終的には彼の想い通りに事が運んでいるではないか。
 なにより、片付けを手伝う最中、私は衝撃の事実を知ってしまった。荷物の中にあった仕事上の資料とおぼしき書類に書かれていた社名は──。


「どうしたんです?難しい顔をして」
「・・・・・というか、要さんって、私と同じ会社だったんですね。知りませんでした・・」
「ああ・・僕は地方勤務でしたしね。知らなくて当然だと思いますよ?しずちゃんの方は、ですが。はい、どうぞ」
「あ・・どうも」


 意味深な言い方されて差し出されたピザを勢いで受け取ると、彼は涼しい顔でもう片方の手で摘まみ上げたピザを頬張った。
 ますます膨らんだ不可解を眉間に刻み、考えの読めない横顔を見据える。
 
「“私の方は”って、要さんは知ってたってことですか?」
「知ってました。というより・・きみの就職を斡旋したのは、僕ですから」
「は!?お、お兄ちゃんは知り合いの紹介って・・あ・・」


 言いかけて、すぐに納得した。人事に明るい役職の知り合い=要さんである図式は、書類に明記されていた肩書きで、容易に成り立つ。


 人材管理課・課長。都築要。


 それが、目の前の人の肩書き。
 ふと、土曜の別れ際、親友のゆきちゃんが言っていた言葉を思い出した。
 かなりの美形な上、相当なやり手・・うん、こちらも納得。月曜を待たずして現物を拝めてしまった皮肉と、出来過ぎな巡り合わせに空笑い。


「そういうわけですから、会社でも宜しくお願いしますね」
「はぁ・・宜しく・・お願いします・・」
「明日からは、僕と一緒に車通勤ですね。交通の混み具合が解りませんし、三十分ぐらい早くでましょうか」
「一緒・・えっ!?」


 にっこり、さらりとした挨拶と、さも当たり前のように告げられた明日からの交通手段に、私はそれがとてつもなく空恐ろしい状況だということに、一拍置いて気づく。
 窮屈なバス通勤から解放されるのは、正直嬉しい。
 でも、そんなものは本当に些細なマイナス面で、会社サイドから見た場合、私と要さんの関係──生活状況はお世辞にも良い印象を与えず、ともすれば(特に私にとって)無駄に敵を作る最悪パターンに発展しそうだ。


「い、いや・・私は今まで通り、バスで通勤を・・」
「同じ所に住んでいて、同じ会社に通うのに別々な手段で出勤だなんて、無意味ではありませんか?」
「私にはとっても意味のあることです」


 即答し、押し問答を拒む姿勢で視線を落とすと、ピザをつかみ取って食を進める。


「言っておきますが・・人材管理の仕事というのは、社員たちの交通費もチェックしてるんですよね。僕は最終的にそれらの可否を下すポジションにいるわけで・・これがどういうことか解りますか?」


 穏やかな声音とは裏腹に、含まれた意図は悪魔のごとき駆け引きで、誰がどう聞いても、彼の言葉は脅し。


「な・・そういうの、“職権乱用”って言うんじゃないんですか!?」
「“経費削減”“一挙両得”と、言って下さい。それに・・鏡に頼まれましたからね。しずちゃんを全身全霊を賭けて護れ、と」


 クスッと忍び笑われ、カッと血が上る。


「誤摩化さないでくださいっ。というか、この際、お兄ちゃんの言ったことは忘れて下さい!どうせ、シスコンの戯言なんだし、昨日今日逢ったばかりの要さんに護って貰う筋合いは・・」
「──あるでしょう?」


 確実にトーンダウンした声。
 彼の大きな手が、私の頬を包み込む。


「僕はきみが好きだと言ったはずです。そうやって頑なに想いを疑うのであれば、こちらにも考えがありますよ」
「要、さん?」
「まずは・・今日の分の利子を戴きましょうか」


 くいっと口角を上げ、少し意地悪な笑顔を見せた要さんは、昨日より少し長いキスをした。
 頬を包む大きな手のひらの熱が・・なにより、唇に落ちた熱が少しも不快なんかじゃなく、むしろ、心地よいと安堵さえしてしまいそうな自分に、大いに戸惑う。


 いつのまにか、彼という存在に惹かれている自分が、確かにいた。


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