No fair :5

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 どう頑張っても入れられなかった、彼のイロ──鮮やかな蒼。
 不思議なことに、それはすんなりと違和感なく、絵の中に収まる。
 刹那、まばゆい光と共に、キャンバスの彼が・・消えた。

「え?え?」

 なにが起こったのか分からず、ただただ、焦る私に、驚きの声が届く。

「・・カイのイロが・・戻った?」
「マジかよ・・。この魔力・・確かに、アイツのだ・・」
「絵から抜け出るなんて・・信じられない」

 黒井さんと黒衛くんの言葉に、慌てて戦いの場を見る。
 と、視線の先でイロを変えるカイの姿があった。絵を完成させたのに、彼は命を亡くすどころか、元のイロを取り戻して・・。
 う・・うそ・・本当に?幻じゃない?
 ゴシゴシと目をこすり、見てみると、やっぱりそこには本来をイロを纏った彼が居て・・こちらを仰ぎ見ると、優しく微笑んだ。
 カイだ・・いつもの、カイが居るよ。
 じわじわと滲む視界。だめだめ!折角、カイが元に戻ったのに。ちゃんと見なくちゃ・・っ!
 溢れる涙を必至に拭っていると、それに気づく。
 彼が本来の魔力を取り戻したということは・・必然的にそうなるんだ。
 先ほどの会話が思い出される。

『相手の能力が解ってても・・今のアイツにゃ、ちと、きちぃな』
『逆を言うと、いつものカイなら余裕ってことね』

 そして、それは現実のものとなる。
 後ずさるリコちゃんと、間を詰めるカイ。
 形勢逆転・・。
 喜ぶべきことなんだろう。けど・・。

「お願い!私をあそこまで飛ばして!」

 知らず、目の前の魔法使いに向かって、そうお願いしていた。
 当然、不機嫌な顔が答える。

「は?オマエが行ったって仕方ねーだろ。邪魔になるだけだ。黙って見てろ」
「っ・・お、お願い・・っ」

 一瞬、怯んだものの、もう一度、お願いする。
 邪魔になると分かっていても、頼まずにはいられない。
 だって、そんな結果、私は望んでないもの。
 今、この場で頼れるのは彼らだけだ。

「・・分かったわ」

 私の必死さが伝わったのか、長い黒髪の彼女が頷く。

「《転移》!」

 身体を包む、浮遊感。

「あ、ありがとう!!」
「・・どういたしまして」

 短くお礼を言うと、黒井さんはふんわり笑った。


 次の瞬間、飛び込んできた目の前の光景に、身体が勝手に動く。

「ダメーーーーっ!!」

 カイの攻撃に、為す術無く、無防備なリコちゃんを背後に庇った。
 立ちはだかった私を見て、攻撃姿勢のカイがぎこちなく動きを止める。
 小さく溜息をつき、言った。

「・・セイ。なにやってるの?その子は、キミを利用し、ご両親をも拉致した敵だよ?」
「わ、分かってるよ!でも・・」
「・・そうよ。あたしはあなたを利用しただけの、悪い魔女なのよ。なんで庇うの?」

 カイどころかリコちゃんまでもが、私の行動を不思議がって咎める。
 二人の言うことは最もだ。
 それでも・・。

「私にとって、リコちゃんはやっぱり友達だよ・・。悪い魔女なんかに思えないもん」
 
 走馬灯のように過った笑顔が、掛けられた言葉が、どうしても嘘だとは思えない。

「セイは彼女を許すってこと?」

 静かに訊ねられ、大きく何度も首を縦に振る。
 鮮やか過ぎる蒼に見つめられ、ドクンと鼓動が跳ねた。
 と、

「──なら、まぁ、いいや。戦うの終わりにしよう」

 短く告げられ、カイは姿勢を緩める。 
 途端、足の力が抜けた。その場にしゃがみ込み、肩で息を吐く。
 緩んだ涙腺からは、大粒の涙が溢れ出た。

「・・あぁ、もぅ!ホントに・・可愛いヤツ!!あたしの負けよ、負け。泣く子には勝てないってのっ」

 いつもの物言いで後ろから抱きしめられ、新たな涙を誘う。

「リコちゃんだぁ。いつものリコちゃんだよぅ・・」
「・・うん。意地悪しちゃってごめんね、セイ・・」
「ぅわあああぁん」

 柔らかい笑顔を向けられ、涙が止まらなくなる。
 そうか・・夢の中で謝っていたのは、リコちゃんだったんだね。
 今、やっとわかったよ。

 こうして、驚くほどあっけなく、戦いの幕は閉じたのであった。

 その後、私が泣き止むのを待って、和解した形のリコちゃんは、事情の全てを話してくれた。
 今の王制度に反発する反乱分子と、下層の地位に甘んじていた灰の一族が手を組み、密かに暗躍していたこと。
 次期王候補の黒衛くんに対向するため、同じく奇異なイロと強大な魔力を持つカイを抱き込むべく、特異な能力を持つリコちゃんに白羽の矢が立ったこと。
 リコちゃん自身は権力争いに全く興味がなくて、周りくどいやり方をすることで、なんとか、与えられた任務を反故にしようとしていたこと。

「・・それでわざわざ絵を返したのか。魔画士の能力、知ってたんだ?」
「ええ。あたしみたいに特異な能力の子がいるってことは、小耳に挟んでたから・・同じく、古い書物で調べてたの。あと、セイのご両親は、今頃、一泊二日の温泉旅行を堪能してるはずだから、安心して」
「言ってくれればよかったのに・・」
「それは無理でしょ。反乱分子の目が光ってるはずだし・・今頃、裏切り者として内々に手配されてるんじゃない?」
「あ・・」

 冷静なカイの読みは、きっと当たっている。
 私たちの動向は、おそらく、筒抜けだろう。
 それじゃ、リコちゃんはどうなるの?裏切り者として、ずっと狙われることになるんじゃない?
 不安げに彼女を見ると、困ったように肩をすくめた。

「まー、それは覚悟の上よ。幸い、あたしは天涯孤独の独り身だし、自分の身だけ守ればいいわけだから・・大丈夫」
「でも・・」
「・・そのことなら、安心せい。わらわが保護してやろう」

 古風な物言いが割って入る。第三者の声に姿を追ってみると、カイと出会うきっかけをくれたあの占い師が居た。

「マリスお祖母様!」
「ババァ!いつの間に来たんだよ」

 それまで黙って見守っていた黒井さんと黒衛くんが、驚きの声を上げる。
 途端、顔を顰める少女。

「アリスもジンも、間違っておるぞ。わらわのことは、マリスお姉様と呼べと言っておいたであろう?」
「は?なにがお姉様だ。気色わりぃ。若作りも大概にしろっつーの」
「ジン・・言葉が過ぎるわ」

 黒井さんが窘めるけど、遅かった。毒づく黒衛くん目掛け、小柄な身体が宙を舞う。厚底の靴が、金髪の脳天に綺麗にヒットした。
 言葉なく、その場にしゃがみこんだ彼は、苦悶の表情を浮かべ、頭を押さえる。

「ってーな!何しやがる!クソババァ」
「レディに向かって、なんたる暴言。今一度、教育が必要かや?ジン」
「おば・・お姉様。ジンのことは私に任せて・・灰音さんの件を」
「おぉ、そうじゃった。灰の一族の娘よ。おぬしのおかげで不埒な輩を一網打尽にできた。礼を言うぞ」
「え・・?」
「・・ど、どういうこと?」

 意味がわからなくて、二人、首を傾げる。

「・・最初からそれが狙いだったんですね。食えない方だ・・」

 一人、理解したらしいカイが冷めた目で少女を見、大きな溜息をこぼした。

「つまり・・今回のことはすべて、マリス様が仕組んだ大仕掛な捕物だったってことだよ」

 カイの言うとおりなら、万事解決ってことで、リコちゃんの件は安心していいの?
 私の胸の内を見透かすように、彼は更に言った。

「心配はいらない。灰音さんはお咎め無しどころか、重要な駒として利用されたんだから、手厚い待遇が待っていて当然」
「うむ。此度の働きに感謝し、思い通りの生活を約束するぞえ。望みあらば、言うてみぃ」
「・・でしたら遠慮なく。今までどおり、セイの友達として同じ学校に通って、普通の女子高生として過ごしたいです」
「容易いことじゃ」

 不敵に笑んで、パチンと指を鳴らす。
 これで・・リコちゃんは晴れて自由の身になれた・・のかな。
 ホッと一安心。
 胸を撫で下ろすと、不意に少女──マリス様の視線がカイを捕らえた。

「それで・・カイ坊はどうする?念願かなって魔法界に戻ってこれたのじゃ。本来の住処へ隠居かえ?」

 あ・・そうか。カイはもともと魔法界に席を置いてたんだよね。
 本来、在るべき場所に帰って来れたってことは、もぅ、人間界に留まる必要はないんだった。
 ここでお別れになるのか・・。
 途端、鉄でも飲み込んだように気持ちが重く沈んで、胸が苦しくなる。
 カイなんて意地悪だし、油断するとすぐいかがわしいことして愉しんでるし、全然、王子様じゃないけど・・。
 でも・・・。

「・・そうですね。自分のイロも取り戻せたし、人間界に居る必要も理由もなくなりましたね」

 ちらり。蒼い瞳が私を見つめる

「ボクは意地悪だし、すぐいかがわしいことするし、全然、王子様じゃない」

 まるで心を読まれたように言われ、ドキンと胸が高鳴る。

「そ、そうだよ。カイなんてホント・・意地悪っ!」
「そんなボクは・・要らない?離れ離れになっても、セイは平気?」

 どこか寂しげに言われ、頭で考えるよりも先に、即答していた。

「要る。離れちゃヤダ・・」

 短く言って、スカートをギュッと握りしめる。
 意地悪でも、王子様じゃなくたっていい。彼がいなくなるなんて嫌だ。
 告白と同義語な意味の言葉に、顔が火照る。
 けれど、後悔は・・ない。
 と、ふわりと身体が浮き、カイに抱き上げられたことに気がついた。
 すぐ近い位置に彼の顔があって焦る。

「うん。ボクも嫌だな。だって、セイのこと好きになっちゃったから・・責任とってよ」
「ふぇ?」

 ニヤリと意味深に笑って、周りに目をやると、今度はにっこり笑って言った。

「それじゃ、お疲れ様。また明日、学校で」
「え、ええ」
「おぅ・・」
「ちょ・・セイを泣かせたら承知しないわよ!」

 リコちゃんの怒声を耳に、景色が流れる。
 思わず目を瞑ってしまうと、軽い衝撃が身体を伝い、空気が変わったことに気がついた。
 おそるおそる目を開け、辺りを窺う。
 そこは、見慣れない部屋の中だった。

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