No fair :3
なんだか急にカイの雰囲気が変わったような気がした。
私をからかう体はいつもの彼と同じく思えるのに、その根底にあるものが違う。
本来の彼と違うイロの瞳は、意地悪なのに、とても優しく見える・・。
おかげで涙は引っ込んだものの、脈打つ鼓動がどんどん速度を増して困ってしまう。
静まれ・・私の心臓!戒の言葉に惑わされてどうするの!?他に考えるべきことがあるでしょう!
そうよ・・まさかリコちゃんが・・いえ、でも、まだ決まったわけじゃない!
頑張れって言ってくれた笑顔がウソには思えなかった。思いたく、なかった。
こういう時は行動あるのみ!
と、意気込んでみて・・早々、壁にぶつかった。
リコちゃんの家ってどこだっけ・・?
無実を信じていたけど、よくよく考えてみて、リコちゃんの家のこと・・背景を知らないことに気がつく。
やっぱり・・リコちゃんが犯人・・?
そう、諦めかけた時だった。
その世界では異端と言われるイロを持って生まれた王子様。
ありふれたイロを望むのならば、叶えて上げましょう。
その髪を闇色に染めて。
その瞳を血色に染めて。
貴方はその世界に似合いの“普通”になる。
望みの叶った王子様。
さぁ、代償を戴きましょう。
「「「!!」」」
突然響いた詩のような声。
聞き覚えのあるそれは・・。
「リコ、ちゃん・・?」
名を呼ぶと、姿となってふわりと私の目の前に現れた。
「こんばんわ、セイ。そして・・魔法使いの皆さん?」
ニッコリと笑顔を浮かべる顔は確かに見慣れているはずなのに、出現の仕方が普通では考えられない。まさしく魔法と言えるもの。
よくよく見ると、瞳のイロが違った。
「朱い瞳・・リコちゃん、も、魔法使い、なの?」
「ええ。灰の一族だから、魔力はあまりないんだけど・・ね。あたしにもセイみたいに、特異な能力があるんだ」
「特異・・?私が・・魔画士だって知ってたの?カイの絵を持ち去って細工をしたのも・・リコちゃん?」
「そうよ。全部、あたしがやったの」
できれば否定して欲しかったのに、リコちゃんはクスクスと笑いながら、あっさり肯定してしまう。
ホントに・・リコちゃんが犯人なんだ・・。あの応援も全部ウソで・・それなのに私、いい気になって描いて・・。
ショックが大きすぎて、目の前が真っ暗になる。
倒れないように支えてくれたのは、間違ったイロを纏った彼。
「まさか首謀者自ら、出てきてくれるとは思わなかったよ。探す手間が省けて、ありがとう、って言うべき?」
「感謝なんてしてないくせに、上辺の言葉なんていらない」
「だよね。ボクも不毛な会話なんてしたくない。単刀直入に訊きたいんだけど、なにがしたいの?」
「なにが、か。そうね・・どうしようかなぁ?魔法界では常識のイロにしてみたけど、全然似合ってないし・・元に戻りたい?」
「ああ、戻りたいね。今更、常識のイロなんて要らない」
「あら・・望みが叶った途端、要らないなんて・・随分、虫のいい話じゃない?」
お互いを見据え、一歩も引かない対峙。
ピリピリとした空気に身体が震え、思わず、カイの服の裾を掴んでしまった。
気づいた彼がちらりと私を見て、微笑む。
大丈夫だよ。
ボクが居るんだから。
そういう表情だった。
収まったはずの心臓が、まだドキドキと早い鼓動を刻む。
なんでそんな優しい顔するの?一体、どうしちゃったの・・。
こんなの調子狂う・・。
反面、心の何処かで嬉しいと思う部分があって、大いに焦った。
「とりあえず・・コレは返しておく。親友の大事な絵だもんね?」
と、焦る私を冷ややかに見つめ、リコちゃんが差し出したのは、私が描いたカイの絵。どうやったのか、髪と瞳のイロだけが黒と赤に変わっている。
大事な絵・・言ってることとやってることが正反対だよ・・リコちゃん。
悲しい気持ちで見つめ、小刻みに震える手で絵を受け取った。
次の瞬間、まるで私を庇うみたいに、カイが目の前に立ち、リコちゃんを睨む。
「・・大事な絵を台無しにして、なにが親友?それに・・いいの?コレは切り札だと思うけど」
「切り札なら他にあるからいいの」
「・・やっぱり、セイの両親はキミが?」
「ええ。それに・・その絵にはもぅ、手を加えさせて貰ったし、元のイロに戻せるなら・・どうぞ?魔画士であるセイの能力を使えば、できるはずよ」
「リコちゃ・・」
そんなのできるはず、ない。
私が絵を元に戻す・・つまり、本来のイロで完成させてしまったら、カイの命は・・。
空恐ろしい事実に、ぶるりと身が震える。
パパとママを連れ去ったのもショックだったけど、それ以上に、絵の完成を促すリコちゃんが怖かった。
解っていてあえて言ってるとしか思えない彼女は、すでに私が知る”親友”の仮面を脱ぎ捨てた・・魔女、なのだろうか。
じわじわと視界が滲んで、涙が溢れた。
「・・そうだね。じゃあ、お願いしようかな」
私を仰ぎ見て、カイが言う。
聞き間違いとしか思えなくて、彼をじっと見つめた。
改めて向き直り、にっこりと笑う。
「・・セイ。心を込めて、ボクの絵、完成させてみて」
「な・・そんなこと出来るわけないでしょ?絵を完成させたら、カイ、死んじゃうよ!」
なんでみんな、私を泣かすようなことしか言わないの?
拒む意味で後退ると、手を掴まれた。ぐいっと引かれ、身体のバランスを崩してしまう。
前のめりに倒れそうになったのを抱きとめられ、額に柔らかな感触・・カイが唇を押し当てて言った。
「ボクのことをちゃんと想って描いてくれたものなんでしょ?それなら最後まで貫き通してよ。それとも、ボクのことはもう、嫌いになった?」
「え?・・き、嫌いとか・・そんなの、今はどうだっていいでしょ!?と、とにかく、出来ないだってば」
「出来なくない。どのみち、このままのボクじゃ、目の前の敵を倒せない・・同じことだよ。それなら、好きな子の手にかかって死んだ方がマシ」
「え・・?」
今、なんて・・?
さらりと言われた単語に驚き、二の句を次げない私に向かい、カイは何事もなかったかのように繰り返す。
「ねぇ、やってみて。描き始めた時と同じく、ボクを好きだって気持ちを込めればいいだけだよ。ね?」
悪戯っぽく笑い、魔法で出したのだろう。絵を描く道具を渡された。
「そっ──」
「ジンくん、アリス。この子のこと頼むよ」
そんなの無理だと言いたかったのに、被さった声に邪魔されて届かない。
しかも、それまで黙って事の成り行きを見ていたギャラリーが、ご丁寧に名指しされたおかげで、にわかに騒ぎ出す。
「ちょ・・オマエはどーすんだよ?」
「訊くまでもないでしょ。戦う」
「戦うって・・相手の能力も解っていないのに?いくらなんでも無茶だわ・・。ジン、手伝ってあげて」
「お、オゥ」
「この子は私が──」
「助けはいらない。解らないからこそ、二人で守ってあげて。ボクの・・とても大事な子だから、さ」
偽りのイロに染められた双眸は正面の敵──リコちゃんだけを見据え、口だけで二人のやりとりに駄目だしする。
ことごとく好意を表すとしか思えない単語ばかりを耳に、実感が追いつかない。
カイがそんな風に自分を想ってくれるはず・・ない。
だって、私と彼の関係は、需要と供給だけの、そこに特別な想いなんてないドライなものだったはず。
なのに・・。
「・・あたしの能力は活字を読んで現実にすること。ただし、意味のあるモノでなければ発動しない制限があるの。だったら、詩を紡ぐ方が綺麗でしょ?」
と、同じく黙って見ていたリコちゃんが、唐突に手の内を明かした。
これには、私を含め、場にいる魔法使いたち全員が驚いたようで、それぞれが息をのむ。
そんな驚きをよそに、リコちゃんは素早く携帯を取り出すと、カチカチと文字を打ち、詩った。
夜と明けの境界、黄昏の世界。
戦いを望むのならば、狭間のイロへ誘って差し上げましょう。
次の瞬間、部屋の中だったはずの周りの景色が消え、世界が黄昏色に染まる。荒涼とした風景が広がり、私たち以外、辺りに人影は見えない。
なのに、いくつもの異様な気配が背筋を寒くさせて、圧迫感のある濃い空気に息が詰まった。
「ココは・・」
「《防御領域》!」
黒衛くんの短い呟きと共に、黒井さんの凛とした声が響く。
パキンと甲高い音を立てて、立方体のガラスのようなものに覆われ、呼吸がスッと楽になった。
ここはどこなんだろう・・。
湧いた疑問は、すぐに解決する。
「・・魔法界、ね。居住区じゃないだけいいけど、魔力のない人にはきついわ」
「だな。ま、戦いの場所としちゃ、うってつけだが・・」
二人は外で対峙しているカイとリコちゃんを見つめ、渋い表情になった。
どうしたんだろう・・なにか問題が?
って、そもそも二人が戦うこと自体、問題ではあるんだけど・・。
「どう思う?ジン」
「相手の能力が解ってても・・今のアイツにゃ、ちと、きちぃな」
「逆を言うと、いつものカイなら余裕ってことね」
「ああ」
どうやら、戦局の予想をしているようだ。
きついって・・カイが負けるってことじゃないの?
「あ、あの!それって、カイが危ないってこと?」
いてもたってもいられず、会話に割って入る。
二人の目が一斉に私を見た。
やっぱり渋い表情のまま、頷く。一気に不安が煽られる。
「そんなの・・駄目。ね、ねぇ!あなたたちも魔法使いなんでしょ?なんとかしてっ・・!」
無力な私が縋れるのは、もぅ、目の前の二人だけ。
けれど、返されたのは重苦しい沈黙で。
「カイは助けより、あなたを守るようにって、わたしたちに言ったわ」
「つまり、余計な手ェ出すなってコト。釘刺されちゃ、コレ以上、動けねェよ」
「・・友達を見捨てるの?」
「・・友達だからこそ、一番の望みを叶えてあげるの。全力であなたを守るわ」
言いたいことはなんとなく分かる。頭では。けど、心は納得しない。
カイが危ないのに、みんなで観てるだけなんて、あまりにも無力過ぎる。
じわりと目頭が熱くなり、目の前が歪みだした。
と、
「つーか・・オマエはオマエにしかできねーコト、ちゃんとやれよ。それがアイツの助けになるはずだ」
「私にしか、できない・・こと?」
「カイは絵を完成させてって言ってたわ」
「だ・・駄目だよ!だって私・・魔画士なんだよ?絵を完成させたら・・」
カイは死んでしまうかもしれないのに。
口にすることすら躊躇われる結末は、絶対に現実にしたくない、してはいけない未来。
銀縁眼鏡の奥の紅い瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
つり目がちのその目が、フッと優しく細まり、彼女は言った。
「カイがなんの躊躇いもなく、他人に自分の行く末を預けるなんて、とても珍しいことよ。それだけ、あなたを信じてるんだと思う。だったら、あなたもカイを信じてあげなくちゃ」
「カイを・・信じる・・」
彼をよく知っている黒井さんの言葉は、とても心強く、私の中に響く。
今や敵と成り果ててしまったリコちゃんから返された絵の中で、間違ったイロを纏った王子様・・。
私が心を込めて仕上げれば、あるいは違う結果をもたらすかもしれない・・?
胸に手を置いて、内なる声に応える。
「──私、やってみる」
カイに渡された絵の道具をギュッと握りしめ、決意を固めた。
託してくれた彼の想いに応えてみよう、と。