No never :1
ボクは本当に彼女を愛していたのだろうか・・。
「ぬしらが望む世界へ──去ね」
魔力ある者の声に送り出され、気配が消える。
愛しく想い続けた幼なじみと、その彼女が愛する者は望む世界へ帰って行った。
残されたボク。
「『さようなら、アリス。二度とここには来ないでね』」
別れの言葉を反復し、改めて実感する。
ボクの恋は──終わったんだ。
手放した少女は、もぅ、戻らない。
けれど、これでいい。
彼女が望む幸せを手に入れて、人並みに笑って過ごせる日常を送れるようになってくれるなら、救われる。
自分のしたことは、無駄ではない証明。
大好きだったから、愛していたから、彼女のために一歩退いた。
「──アリスのために・・?」
・・違和感。
本当にボクはアリスのために、身を引いたんだろうか。
本当にボクはアリスを愛していた?
寂しいと思う気持ちは確かにあるけれど、胸は痛んでいなかった。愛しい人が誰かのものになってしまったというのに、ホッとしている自分がいる。
「・・違う。恋なんかじゃ、ない」
気づいてしまった。
そう、ボクがアリスを女性として愛していたなんて、偽り。これは、恋愛感情なんかじゃない・・同種のトラウマを持つ者に自分を重ねているだけだ。
“魔女王の娘”という生まれは、アリスを異端なる存在としてしか見ず、取り巻く環境は最悪。計算高い大人、あからさまに残酷な差別をする子供。扱いに傷つき、頑なに世間を拒絶してゆく心情を、ボクは痛いほど理解できたから。
銀の髪と蒼い瞳。
有り得ない“イロ”を持って生まれたボク。
好奇の目に、心ない差別に、でも、絶対に負けたくはなかったから、あらゆる面に置いて、誰にもなにも言わせないほどの優秀さを身につけ、処世術を駆使し、取り巻く環境を味方につけた。
そういう意味では、彼女の能力も十分高かったけれど、ボクとは決定的に違う部分がある。
アリスは頑なだった。決して、誰にも媚びず、折れることなく、孤高の中に身を置くことを選んだ。
そんな、馬鹿正直で不器用な姿は・・ボクがなし得ない、晒すことのできない、真実の心の姿にも見えて・・もし、彼女が幸せを掴むことができたなら──。
「自分が救われたかっただけなんだ・・」
結局、ボクはボクのために、偽らない彼女を過保護に想っていただけ。
受け入れてくれる存在はあるのだと、安心していたかったんだ。
ボクは・・卑怯者。
男として、本当に情けない・・愛していると語りながら、実は口先だけだったなんて。
そこまで後悔して、ふと新たな疑問が浮かぶ。
人を愛するって、どういう気持ちを指すんだろう?
「不憫な・・カイ坊は真実の恋をしたことがないのじゃな」
不意に届いた声に、慌てて身を起こした。
どこか楽し気な、企むような紅い瞳とぶつかり・・呆れる。
「・・マリス様。まだいらっしゃったんですか?」
「ご挨拶だのぅ。独り寂しく残される坊を心配して、留まったというに」
「別に、寂しくなどは・・独りも慣れてます」
「素直じゃないのぅ。まぁ、これはこれで、坊らしいが。ははは!」
なにがそんなに面白いのか、軽やかに笑う幼い少女の顔を前に、ボクは深いため息をついた。
真実の恋?そんなの・・していなくても、不都合はない。
不憫だなんて、言われる筋合はないと思うけど。
「ふむ・・恋を知らぬ男に、愛を説こうというのは無謀だと思うかや?」
探る言葉に、ますます、不機嫌になった。
可愛らしい少女の見目と、実際の年齢にとんでもなく差があるとはいえ、望まない説教などありがた迷惑以外のなにものでもない。
「ええ、余計なお世話というやつですね」
半目を伏せ、あからさまに嫌な表情をしてきっぱりと拒否する。
だが、やはり相手はくせ者だった。
「余計か・・ふふ、それはますます燃えるのぅ」
「はい?」
「障害は大きいほど、面白いからのぅ。この先代魔女王マリスが名を掛けて、坊に相応しい恋の世話をしてやろうぞ」
「・・・・・」
大きな目を爛々と輝かせ、胸を張る少女を前に、ボクは唖然とするしかない。
思考が・・いや、理解がずれている・・。
偏愛主義の現魔女王リリス様といい、上に立つ者はどうしてこうも普通ではないのだろう。
無駄とは解っていても、言わずにはいられない。
「──マリス様、ボクにはそんな世話など無用です。色恋沙汰にうつつをぬかす気などありません」
「ほぅ・・ではどうする?アリスたちの立ち入りを拒み、この場所に独り留まって、その年で、もぅ隠居する気かえ?」
「・・己の能力を高めることは、意味のあることだと思いますが?」
「意味のあること、か・・ふふ」
至極真面目な返しを、マリス様はやはり笑った。
ボクは間違ったことは言っていないはずだ。