Baby if:1

 ← BACK | TOP | NEXT → 

 物心ついた時には、自分を取り巻く環境、全てに嫌気がさしていた。
 つきまとう“魔女王の娘”という称号。
 大人は腫れ物に触るかのような特別扱いをして、子供は残酷な程、あからさまな差別をしてくれる。

 わたしがなにをしたというの?
 かあさまのこどもだということは、そんなにおかしいこと?
 わたしは・・わたしなのに・・。
 だから、大人も子供もみんな疎ましく思えて、全身で拒否した。
 近寄らないで。
 話しかけないで。
 放っておいて。
 わたしは独りでいい。寂しくなんて・・ないわ。
 凍った心は表情からも温度を奪い、“魔女王の娘”は笑顔を無くした鉄面皮の、可愛げの無い子供に成り下がる。
 それでも、計算高い大人は引きつった笑顔で社交辞令的に取り繕ったけれど、子供は素直に離れて行った。
 当然、同世代の友達なんていない。
 独りきりの日々。
 これでいいと冷静に割り切る反面、うら寂しく人恋しがってしまう自分を認めたくなくて、わたしはひたすら本を読んだ。
 あらゆる魔法書、一般常識、作法、果ては料理まで・・貪欲に知識を貯めて行く。
 心を凍らせていても、表情を無くしてしまっても、所詮は若年の子供。未熟な精神はやはり弱くて、なにかに没頭していないと、寂しさに心が折れそうだったから・・。
 魔法界の共用図書館にあった本を読み尽くす一歩手前で、わたしは彼に出会った。

「おまえ。よく毎日、本ばっか読んであきねーなぁ」

 唐突に掛かった感嘆の声。
 文字を追っていた視線を声の主に向けて、飛び込んで来たイロに目を奪われる。
 明るい陽色の金髪、綺麗な翡翠色の瞳。
 快活な雰囲気の、奇異なイロを持ち合わせた見知らない男の子。

 ──誰?

 不躾な接触。
 いつものわたしだったら、冷たくあしらって終わるはずが・・。

「・・わたしは“おまえ”じゃないわ。“アリス”という、立派な名前があるのよ。あなたは誰?」

 口を突いて出たのは、よりにもよって自己紹介。
 なにを言ってるんだろう・・。

「アリスか・・だったら、オレも“あなた”じゃねーよな?“ジン”ってリッパな名前があるんだぜ」

 自分自身の言動に戸惑うわたしをよそに、彼は屈託なく笑った。
 ジン・・やっぱり、知らない名前。知らない子・・。
 彼は何の用でわたしに声を掛けたのだろう。
 “魔女王の娘”であるわたしに、同世代と思われる子供が、まだ接触を試みることがあるなんて・・驚きだった。
 
「・・わたしに、なにか用?面識ないと思うけど」
「メンシキ?」
「・・会ったことないって意味」
「ああ、そーゆーイミなんだ。うん、初めて話かけたしな。てかさ、アリスってムズカしいコトバ使うんだな・・何才?」

 わたしの話をちゃんと聞いていないのかしら・・疑問に対する答えは返らず、どうでもいいと思えることを訊かれた。
 
「・・10才よ」
「10才?なんだよ、オレと同じじゃんか!オトナぶってっから年上かと思ったら、まだガキだったんだー」

 面食らった表情でじっと見つめて来る翡翠の目。
 そういう自分だって、相当な子供じゃない・・。ガキにガキと言われる筋合いないわ。
 なんとなく面白くなくて、眉をひそめて睨め付けると、彼は含まれたわたしの不快感を察したのか、小さく笑って「ごめん」と謝ってきた。

「ま、本読みまくってたせいで、アタマいいんだろーけどな。コドモはコドモらしくって言うじゃん?あんまオトナぶってると、トモダチできねーぞー」
「・・・・・」

 彼にとってはほんの軽口だったかもしれないけれど、わたしにとっては痛い事実。
 いえ、傷ついてなんかいないわ。
 別に・・友達なんて要らないもの。

「って・・え?まぢでトモダチいねーの?」
「──あなた・・ジンには関係のないことでしょう?用がないなら、放っておいて。わたしに構わないで行って」
「んー・・そっか。アリスもトモダチいねーんだ」

 読みかけていた本に視線を戻そうとして、彼の呟きに動きが止まる。
 アリス・・“も”?それって・・

「オレもいねーんだ。この髪の毛の色と目の色が“トツゼンヘンイ”で、フツーじゃないんだってさ。アリスみたいな黒い髪の毛と紅い目だったら良かったんだがなー・・」

 突然変異・・確かに、魔法界で金髪と翡翠色の目をした人なんて、初めて見た。
 こことは違う世界では有り得るみたいだけど、魔法界の常識でいえば、それは有り得ない色。
 右を見ても左を見ても、黒い髪に紅い目・・それが魔力を有する者の証。
 その常識からすれば、ジンは“異端”で、ある意味、“魔女王の娘”であるわたしと同じ迫害を、扱いを受けて来たのかもしれない。

「・・変じゃない」
「ん?」
「わたしは、ジンの髪の色も目の色も綺麗だと思うわ」

 自分でも驚くような言葉が、口を突いて出た。
 でも、ウソは言ってない。
 見た瞬間、彼の色が綺麗だと思った。
 言われた方は、目を丸くして明らかに驚いている。

「それ、ほめてんのか?」
「・・“綺麗”は、一応、褒め言葉よ。男の子が喜ぶかどうかは別としてもね」
「そっか・・」

 まぁ、当然と言えば当然の反応。男の子に綺麗というのは・・微妙よね。
 戸惑った風に翡翠を泳がせたジンは、ちょっとの間の後、わたしへと視線を向けて──笑った。

「さんきゅ、アリス。ほめられたのなんて、初めてだ。すっげぇうれしいのな」

 屈託のない、心からの笑顔。そこだけパッと陽が照ったように明るくなる。
 なんて、素直な反応。
 なんて、真っ直ぐな子。

「・・・・・どうして、笑えるの?」

 知らず、訊いていた。
 わたしと同じ迫害を受けて来たはずなのに、どうしてこんな風に表情豊かに、明るくいられるの?
 なぜ、他人を拒まないのだろう・・。

 ──知りたい。

 今の自分の状態が良いなんて思っていない。
 わたしと彼との違いはなんなのか、それを知って見極めることができたなら、何かが変わる気がした。
 唐突な問いかけに、再び、目を丸くしたジンは、けれど、わたしの真剣な表情に気づいたのか、首を傾げながらも、応えようと必死に言葉を探している。

「んー・・嬉しかったから。それがなんかおかしいのか?楽しけりゃ笑うし、悲しけりゃ泣く。フツー、そういうもんだろ?」

 彼の言うことは最も。
 けれど、それは表面的なもので、わたしが知りたいのはもっと深い部分での、ジンの認識。

「・・わたしたち、普通じゃないのに?」
「・・・」

 刹那、ジンの表情が曇る。初対面ではあったけれど、少なからず心開いて話していた相手に普通じゃないと面と向って言われ、傷ついたように・・。
 違う、そういう意味じゃないの。
 わたしは慌てて言葉を付け足す。

「待って、誤解しないで。ジンを蔑んで──いえ、馬鹿にしているわけではないの。わたしも・・同じ、だから」
「同じ?どこが?アリスの髪の色は黒だし、目の色は紅いじゃねーか」
「・・知らない?わたしは、“魔女王の娘”アリスよ。女王の子供なの」
「ん?女王サマの・・あー」

 “魔女王リリス”の娘が“アリス”という名であることは、魔法界に住まう者であれば、ほぼ万人が公然的に知っていること。
 ジンもようやく、わたしがあの“アリス”であることが解り、発言の意味を納得したようだ。

「そういうことかー」
「ええ。だから・・」

 だから、わたしは他人を拒んでいる。人前では決して笑わないし、泣かない。
 心を開いて感情を見せても、図に乗られるだけだもの。

「んー・・でもさ、だからってなんで笑ったり泣いたりしちゃいけねーわけ?別にフツーじゃねぇのかもだけど、同じニンゲンだろ?んなコトまでゴチャゴチャ言われて、その通りにするなんて、アホくさいじゃん」
「アホ・・?」
「うん。だって、そーだろ?言いたいヤツには言わせときゃいーし、そう思うなら思えばいい。オレたちはそーゆ-ヤツらのために生きてるんじゃないんだからさ。わざわざイヤなヤツにあわせっことねーじゃん?好きなヤツとつるんだ方が、楽しいだろ」

 ジンの言うことも解る。
 けれど、人間はそんなに単純じゃない。簡単に割り切れれば、苦労はないのよ・・。

「わたしは・・表情を消し、感情を殺すことで、憑いて回る差別に打ち勝っている。それがわたしの護身術。身を守る術を捨ててまで他人と付き合う価値がある?」

 それ以前の問題として、そこまでしようと思う“他人”の存在がないのだけど。
 凍った心のまま、冷めた言葉での反論に、ジンはただわたしを見つめる。
 だから、わたしもじっと彼の瞳を見つめた。
 本当に・・綺麗な翠。
 どんな宝石もこれほどの色は出せないと思う。変だなんて言う人の気が知れない。美的センスを疑うわ。
 ぼんやりとそんな感想を抱いていたら、不意にその綺麗な瞳がぐっと目の前に近づき、わたしより一回り大きな手が頭の上に置かれた。
 苦笑混じりな彼の表情。

「だから、むずかしーコト言われても、さっぱりわかんねーっての。コドモらしくって言っただろ?ったく・・仕方ね-から、オレがトモダチになってやるよ」

 言われ、がしがしっと乱暴に頭を撫でられる。
 友達・・わたしと?

「どうして?」
「どうしてどうしてって、いちいちワケがないとダメなのか?つか、本ばっかがやっぱダメなんだろーなぁ・・考え堅過ぎ。だから、コレはもぅおしまい」

 頭を撫でていた手がひょいと本を取り上げ、悪戯っぽく笑った。

「ワケがいるなら言う。好きなヤツとつるんだ方が楽しい。だからオレはアリスとつるみたい。そーゆーこと」
「・・・・・わたしのこと、好きなの?」
「んー・・うん、そうだな。オレは好きだ」
「そんなの・・会ったばかりなのに・・信じられないわ・・」
「んなこと言われても、仕方ねーだろ?理屈じゃなくって、直感的にアリスがイイって思ったんだ。オレの第六感を信じろ」

 理屈じゃなくて、直感的に第六感?
 ・・わたしの言うことはコドモらしくないって言ったくせに、ジンだって十分に大人ぶってるじゃない。
 なんて素直で真っ直ぐで・・面白い子。

「わたしが良いだなんて・・ふふ・・あなたも物好きね」

 穏やかな心、温かい気持ち。
 張っていた気が緩み、わたしは笑った。
 友達なんて要らない、他人は拒否の対象。
 違う。
 本当は友達が欲しかった。手放しで心開ける他人の存在を望んでいたのよ。

「なんだ・・ちゃんと笑えるんじゃねーか。そっちのが全然イイぞ」

 驚きながらも嬉し気な感想が耳に届く。
 わたし・・笑ってる。身内の前ですら、笑うことを忘れていたのに、意識せず、自然に笑顔になれた。
 どうして?
 ・・だって、楽しいんだもの。
 ジンとこうやって話すことが、とても・・嬉しいわ。
 ──ああ、そうか。わたしも、彼のことが・・。
 
「・・いいわ、ジンを信じる。友達になりましょう」
「お、おぅ!んじゃ、これからよろしくな」

 差し出された手を、わたしは躊躇うことなく握った。
 それは、友情成立の握手。

「よろしくね、ジン」
「よろしく、アリス。そだ・・身を守るのがどうとか心配してたよな。だったら、オレが守ってやるよ!大事な友達だしな」
「・・ありがとう。お願いするわ」

 身を守る術を捨ててまで付き合う価値のある他人を・・見つけた。
 
 そこから始まった。
 
 いつも隣にいた少年。
 共に喜び、悲しみ、楽しんで──もちろん、喧嘩もしたけれど、それはどれも他愛の無いもので、すぐに和解していた。
 器用なわたし。
 皮肉なことに、“魔女王の娘”という血筋が、わたしと彼とを仲違いさせる事態を招く。

「ジンなんて、ワタシに勝てないくせに」

 何気ない軽口のつもりだった。
 けれど、返された言葉は予想外に過酷なもの。

「だって仕方ないじゃん。おまえ、ユウシュウなんだもん」

 視線を外して悔し気に低く言う彼の異変に、なぜ気づけなかったのだろう・・。

「・・なによそれ。オンナに負けて、悔しくないの?」

 わたしはどこまでも呑気に、挑発的な言葉を返す。
 顔を上げ、真っ直ぐに視線を合わせた翡翠の瞳は──冷たかった。
 
「勝てるわけがねぇんだよ。おまえ、魔女王の子だし。特別でオレとは違うんだからさ」

 瞬間、わたしは凍り付く。心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受け、身体が震えた。
 最も聞きたくない言葉を、聞いてしまった。
 最も口にして欲しくない人物の口から・・。
 とにかく悲しくて、痛くて、まだまだ未熟な精神ではとても耐えきれず、わたしは被害者の目で彼を見つめる。
 卑怯な・・非難。

「ひどいよ・・そんなの・・関係ないでしょ」 「ひどいのはどっちだよ。関係ないなら、なんで勝つとか負けるとか言うんだ?所詮、オレなんて、ただの引き立て役なんだろ」

 再び返された辛辣な言葉に、わたしの精神は砕けた。

「・・バカ。ジンなんて・・嫌い」

 言い捨てて、逃げ出す。
 溢れる涙、詰まる息。胸を襲う激しい痛みに、ただ泣きながら家路についた。

「・・わたし、特別なんかじゃ、ないわ。引き立て役だなんて思ったこと、一度も、ないのに・・守ってくれるって、言ったじゃない。嘘つき・・」

 悲しみが大き過ぎて、自分のことしか考えられず、彼を罵倒して・・。

「・・こんな思いするなら・・友達なんて、要らなかった・・。出逢わなければ、良かった・・!」 

 魔力を帯びた言葉は、そのまま、見えない力となって彼を縛り・・記憶を封じる結果となる。
 その時、下腹部にはしった鈍い感覚の正体を知ったのは、ジンが魔法界を去った後だった。
 ──違うの。本心じゃなかった。望んだのはこんな別れじゃないのに。
 わたしはただ・・ジンに好きでいて欲しかった。同じ位置で肩を並べて、わたしだけを見ていて欲しかった。

 ← BACK | TOP | NEXT →