07. ただ声が聞きたいだけ

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 それから三日経ち、五日経ち、七日、十日と・・替え玉生活は問題なく過ぎてゆく。
 男ばかりの中、たった独りきりでのことだったら、だいぶ精神的に参ってしまうところだけど、私には心強い協力者・空夜がいた。
 あの夜、酔った勢いで私にいかがわしい真似を働いたと思っている彼は、力になるとの言葉通り、常に私の傍に居て、色々とフォローしてくれている。
 もともと気さくで、人懐っこい雰囲気があっただけに、秘密がバレてしまった開放感からか、お互いに色々なことを遠慮なく話す仲になっていた。


 午後の授業が終わり、帰り支度を始めていると、早速、空夜が私の元へやって来る。


「今日も一日お疲れさん」
「お疲れさま、空夜」


 私の複雑な事情が露見して以来、端から見てもそのツーショットっぷりはあからさまで・・お昼も一緒、登下校も一緒、寮でも一緒・・と、変な意味で仲を疑われてしまうほどだ。
 まぁ、それはそれで、他の男子生徒と必要以上の付き合いが少なくなれば、コトがバレる危険性も減るし、今の私には好都合。
 本物の翔には不名誉な疑惑になっちゃうけど、それぐらい勘弁してくれるよね。


「んじゃ、帰ろっかー」


 促す私を苦く見つめる彼。


「すまへんけど、今日は一人で帰ってくれる?おれ、ちょっと人と逢う約束あってん」
「あ、そうなんだ。うん、分かった。先に帰ってるね」
「・・帰り気をつけてな。知らへん人に声掛けられても、ついて行ったらあかんで?」
「ぷっ・・なにそれ。小学生じゃあるまいし、ないって。大丈夫だよー」


 あまりの過保護に吹き出し、笑いながら手をヒラヒラさせた。
 けど、空夜はどこまでも真剣だ。顔をぐっと近い距離に寄せ、声を潜めて言う。


「そう思うとるのは翼だけやって・・実際、不穏な空気が・・」
「不穏な空気?」
「──いや、こっちの話。とにかく、真っ直ぐ寮に帰るんや。ええな?」
「うん。どのみち、相沢先輩にお使い頼まれてるから、それだけ済ませて、すぐ帰るよ」
「相沢先輩?・・それはそれで・・」


 眉間に皺を寄せ、更に難しい表情をする彼の胸中を察し、苦く笑う。
 うん、気持ちは分かる。私も、相沢先輩とピンで逢うなら断ってるところだ。


「大丈夫。相沢先輩の用事をこなすときは、瀬名先輩に同席してもらう約束になってるから」
「そうか・・念のため、着いたら携帯に電話して?」
「心配性だなぁ。寮なんて、学校の眼と鼻の先じゃん」
「女の子の身を案じるのんは、男の務めやし・・ま、ただ声聞いて、安心したいだけなんやけどな。あ・・ほな、行くわ。時間厳守せな、うるさい人やねん・・」
「行ってらっしゃい。また寮でね」
「・・うん、行ってきます」


 にっこり極上の笑みを浮かべた彼と、手を振り合って別れ、学校を後にする。 
 携帯を操作し、相沢先輩からのお使いメールを確認しながら、店へと向かった。


「えーと・・これとこれと・・うへ、こんなものまで?」


 目的の男性用化粧品を買い物かごに放り込みながら、軽く呆れてしまう。さすが相沢先輩と言うべきか、それらはメーカーまでも細かく指定されていた。
 しかも、どれも結構な値段・・お金、先に預かってるからいいけどさー。
 ふと、同じ年頃の女子高生たちが、黄色い声を上げながら化粧品を選んでるのが目に留まる。
 翻る丈の短いプリーツスカート、可愛いブレザーの制服・・いいなぁ。本当なら、私もああいう輪に加われるはずなのに・・。
 しげしげと眺めて羨んでみても虚しいだけ。あ、あのリップ、いい色・・。


「・・・」


 無性に女の部分が疼いて、気がつけば、相沢先輩に頼まれた物と一緒にリップを購入していた。付ける機会なんて、当分、先になることだろう。


「まぁ・・いいか。お役御免になる日まで、大切にしまっておこう・・」
「椋本翔くん」
「っ!?」


 唐突に、背後から名前を呼ばれ、慌ててリップを鞄の中にしまった。
 振り向いて見れば、同じ学校の制服を着た男子生徒が、真っ直ぐに私を見つめている。
 ぅぁ・・まさか、リップ買ってるとこ見られた?いや、でも、男性用化粧品のが比率圧倒的だったし、最悪、誰かへのプレゼントって言い訳はできるかな・・。


「そ、そうですけど・・どなた、ですか?」


 グリーンのネクタイをしているってことは、三年生だろう。
 だが、全く見覚えがない先輩だ。


「甲斐谷の使いの者だけど・・なんか、頼みたいことがあるから、大至急、呼んできてくれってさ」
「ぇ・・甲斐谷先輩が・・僕に頼み?」


 珍しいこともあるものだ。顔合わせの席以来、甲斐谷先輩が私に個人的な用を言いつけることはなかったのに。
 それは遠慮なのか、単に私では役立つことがないのかは分からないが・・そんな前提があったため、率直に驚くと同時に、少しだけ頼られたことが嬉しいと思えた。


「そうですか。わざわざすみません」
「あ・・そっちじゃなくて、こっちな」
「ん・・」


 軽く頭を下げ、学校へ戻ろうとしたところ、不躾に手首を掴まれる。
 そのままグイッと引かれ、どんどん学校から離れて進み・・一軒のカラオケ店の前で歩みは止まった。


「・・ここですか?」
「うん」


 甲斐谷先輩がカラオケ店?なんか、すっごい不似合いなんだけど・・。
 訝しく思ったものの、手首の束縛は緩むことなく、彼の意のままに店内へと入るしかなかった。耳に五月蝿いくらいの音楽が響き、幾つかの部屋を素通りして、一番奥の部屋のドアが開かれる。
 やはりグッと力のままに手を引かれて中へと入り、私の背後に回った彼がドアを閉めた。
 しかし、部屋の中に甲斐谷先輩の姿はない。


「来た来た」
「こんにちわ、椋本クン」


 代わりに居たのは、同じくグリーンのネクタイをした三年生らしき男子生徒二人。
 どうしたんだろう・・甲斐谷先輩、まだ来てないのかな?


「あの・・甲斐谷先輩は・・?」
「ごめん、甲斐谷が呼んでるっていうのは嘘」
「は?」
「俺たちが、個人的に逢いたくて呼んだの」


 それって・・。
 サッと血の気が退く。この状況って、もしかしてかなりヤバいんじゃ・・。


「・・そういうことなら、僕、帰ります」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「俺らはただ、椋本くんと仲良くしたいだけなんだよ?」
「そーそー。四天王のお気に入りが、どれほどの者か興味があってさー」


 四天王って・・もしかしなくても、甲斐谷先輩たちのことだろう。見た目もあれだけど、個々の能力がかなり高いらしく、特別視されているのは知っていた。
 実際、それぞれ、生徒会を構成する重要なポストに就いているようだ。
 そういう意味で彼らは多くの生徒に一目も二目も置かれるほどの存在であると同時に、敵視されることも多い。付け込める隙を常に伺われている状態。
 でもなぁ・・。


「あのー、期待を裏切るようでなんですけど、僕じゃ先輩達の弱みにはならないですよ?ただの使いっパシリですし・・」
「だからこそだよ。パシリってことは、プライベートなこと頼まれたりもするんだろ?なんかねーの、巷に出てない情報とか」


 巷に出てない情報ねぇ・・私が知ってることと言えば・・。


「・・甲斐谷先輩はレモンティが好き?」
「あ?」
「皆戸先輩はカフェインが駄目で緑茶、相沢先輩はミルクティ、瀬名先輩はミルクコーヒーが好き」
「・・・」
「甲斐谷先輩と皆戸先輩は和菓子派、相沢先輩は洋菓子、瀬名先輩は甘いもの苦手でしょ、あとは──」
「・・もういい」


 三人のどこか冷たい視線が突き刺さる。
 その顔にははっきりとした落胆の色が見えて、期待はずれと書いてあった。


「なんだよ・・お気に入りだって聞いたから期待してたのに、なんの役にも立たねーな」


 だから言ったじゃん・・ただのパシリなんだって。あまりに身勝手な言い草に、こちらの方こそが気分悪くなる。


「・・用事、済みましたよね?んじゃ、今度こそ僕、帰りますんで。失礼します」


 不機嫌に、それでも最低限の礼儀を持ってそう言い、軽く会釈して去ろうとするも、背後の先輩に両肩を掴まれ、それ以上の身動きが取れなかった。


「あの・・?」
「まぁ、折角だし、少し俺らに付き合ってよ」
「は?でも・・僕、役立たずだし、これ以上付き合っても得るなんて・・ぅわ」


 言い終わらない内に肩を強く押され、前のめりにソファーへと倒れ込んでしまう。
 いきなりなにするのよ・・この男は。
 キッと睨みつけると、値踏みするみたいな視線とぶつかる。


「ふーん・・こうやって見ると、本当に女の子みたいだな」
「小さくて、細くて」
「器量もなかなか・・」


 雲行きが怪しくなったきた。
 一刻も早く、この場から逃れないと・・本能からの警告に従い、彼らを睨みながら姿勢を正す。


「それ、よく言われるんですけど・・僕はれっきとした男です。相沢先輩じゃあるまいし、そういう趣味とかないでしょ?もぅいいですか・・お使い頼まれてるんです。早く寮に戻らないと・・」 
「相沢か。アイツ、そういや、そうだったな・・」
「俺らは一応、ノーマルだし、そういう趣味ねぇけど・・」
「確か、椋本クンは奴らの使いっぱなんだよな。そういうことのリクにも応えてるワケ?」


 言葉の意味するコトを理解し、カッと血が上る。


「僕は・・僕はそんなことに応えてない!相沢先輩だって、趣味はともかく・・少なくともこんな卑怯な真似はしないよ。そういう意味では、彼の方がよっぽどマトモだ!」


 言った瞬間、場の空気が変わった。


「言ってくれるね・・」
「マトモじゃない卑怯者だってんなら」
「いっそ、そーゆーコト経験してみんのも、おもしれぇかもな?」


 火に油を注ぐとはこのことだろう。
 下卑た笑みを浮かべ、包囲網が縮まり・・ハッと気づいて行動に移るけど、一瞬、遅い。
 戸口へと駆け出したところ、肩を掴まれ、なんとか二の足を踏ん張って耐えようとするも、右足首が嫌な音を立てただけで、無駄な抵抗に終わる。
 そのまま力任せに床に引きづり倒され、強く背中を打ち、息が詰まった。


「っ!・・ごほっ、げほっ・・ぅぅ・・」
「大人しくすれば、手痛い真似は・・ああ、ちっと痛いかも?」


 苦しさに涙が滲んだ視界の向こう側で、私の上に乗り上げた一人が淫猥に嗤う。


「へぇ・・やっぱ、可愛い顔してんだな。これなら、その気になれそー」


 眼鏡を外され、間近から見つめて来る目に、嫌悪感が沸いた。


「・・馬鹿な真似はやめて・・今なら、黙っててあげます。これ以上先は・・誰かに気づかれたら、言い逃れできませんよ?」
「こんな騒がしい場所で、まして個室じゃ、誰も来やしない」
「邪魔は入らないさ。残念ながら・・ね」


 冗談じゃない・・秘密がバレるのも困るけど、それ以上に、私が女だと分かったらそれこそ・・どちらにしても貞操の危機だ。


「は、はなせっ・・ぅく・・!」


 バシッと頬を叩かれ、ジンとした痛みが広がる。


「しーっ・・騒ぐなって。大人しくって言っただろ?」


 二人が両腕を押さえつけ、一人が身体の上に乗って、身じろぎしても微動だにしない。女の力ではどう足掻いても好転しそうにない現状。
 ごめん、翔・・もぅ、学校行けなくなるかも。
 乱暴にネクタイが解かれ、シャツの裾が引き抜かれる。ズボンのベルトに手が掛かって・・もぅ、駄目だ。絶望感が広がった。
 ・・やだ、こんなの、やだよ・・。誰か・・。
 浮かんだ顔に、ひどく後悔する。あれほど念押しされ、注意を受けたというのに、見知らぬ先輩にノコノコとついていった私は、本当に馬鹿だ。


「・・助けて・・空夜・・」


 悲しくて悔しくて、じわじわと涙が視界を揺らす。
 不躾な手がシャツを割って入り、素肌に触れようという刹那、バンっという大きな音とともに、乱暴に扉が開いた。


「・・貴様ら、なにしとんねん!!」


 押し殺した低い声は、馴染み深い、聞き覚えのあるもの。
 鬼の形相で肩を怒らせ、拳を震わせた空夜が──戸口に立っていた。

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