01. 君の「ほんと」を知ってるよ

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 高校の入学式を明日に控えた日、私はその不吉な知らせを貰った。
 病院の廊下をひた走り、ただただ、無事を祈る。


「あっ・・!」


 すれ違い様、肩がぶつかり、倒れ込みそうになったのを、素早く伸びた手に捕まれ、どうにかことなきを得た。


「大丈夫?」
「ご、ごめんなさい!」
「・・いや」
「あの・・有り難うございました。それじゃ、急いでますので・・本当に、有り難う!」


 深々と頭を下げ、挨拶もそこそこ、相手の顔もろくに見ずにその場を後にする。
 目的の病室に辿りつき、ドアを勢い良く開けた。


「よー」
「・・無事、なの?」
「うん。生きてる」
「良かった・・」


 バツが悪そうな笑顔で、五体満足とは言えないものの、どうにか元気そうな姿を見、私はその場にへたり込んだ。


 全ては、弟のうっかりが招いたこと。
 意中の高校へ奨学生という有り難い身分での進学が決まり、浮かれまくっていたのだろう。つまづいて転んだ拍子に打ち所悪く、肋骨一本と右足を折って入院した、らしい。


 そして、この一件により私はとんでもない状況下へ身を置くことになるのであった。

 

 なぜ、私はこんな所に居るんだろう・・。
 なぜ、私はこんな格好をしているんだろう・・。
 なぜ、私が──。


 目の前にそびえる大きな門を前に、ただ、肩を落とす。
 それはまるで、怪しい異世界への入り口のようにも思え、自分は一体、どんな目に遭うのか。もし、バレたらどうなるんだろう・・そんな、危機感ばかりが募る。
 それでも、私はこの門を超え、中で生活しなくてはならない。
 例え、ここが普通の学校でなくても、だ。


「一ヶ月の辛抱・・」


 右を見ても、左を見ても、同性のいない状況下、私は門の中へと足を踏み出した。
 “私立高天原男子高等学校”・・それが、門の横に掲げられた学校名。
 男子学生の制服に身を包み、素顔を誤摩化すために野暮ったい眼鏡を掛けて、髪も短く・・見た目こそ男の子だけど、言うまでもなく、実際の性別はれっきとした女の子。
 なのになぜ、私がこんな格好でこんな場所にいるのか・・それは、いわゆる複雑な家庭事情のせいだった。


「翔ったら・・このタイミングで怪我なんかして・・バカッ」


 今頃、病院のベッドでふせっているであろう弟を想い、毒吐く。
 と、タイミング良く、内ポケットにしまっていた携帯が震え、メールの受信を知らせた。手早くフリップを開け、送信者と内容を確認して・・肩が怒る。


「ふ・・ふざけんな!!」
「?」
「ぁ・・あは・・」


 思わず、声に出して文句を言ってしまい、少なからず集まってしまった回りの視線から逃れるみたいに、早足で校舎の影へと駆け込んだ。
 人目がなくなったのを確認し、今一度、携帯画面を見つめる。
 メールは実母からだ。
 そこにはこう書いてあった。


『翼ちゃん、無事に学校ついた?くれぐれもバレないように、気をつけてね。翔ちゃんの未来は、貴女の手腕に掛かっているの。そうそう、住む所もちゃあんと手配しておいたから・・存分に男の園とやらを満喫して来てネ。貴重な体験、羨ましいわぁ。うふふふふ byママン♪』


 ピキッと額に青筋が浮き立つのが自分でも解る。
 勝手なことばかり言いやがって・・同じ女だというのに、貞操に関しての危機感はないのか?娘への配慮が全く感じられん。
 だいたい、本来なら私だって華の女子高生として、新しい生活が始まる予定だったのに・・。


 改めて・・私の名前は椋本翼(くらもとつばさ)と言います。
 けど、ここに立つ男子学生としての翼は、椋本翔(くらもとかける)。
 実弟にして、双子の彼の替え玉というのが、今の私の立場と・・任務だ。


「──どうした。自分の教室の場所が解らないのか?」
「へ?」


 唐突に掛かった声に、慌てて、携帯のフリップを閉じた。


「きみ・・新入生だろう?早く行かないと、授業に間に合わないと思うが・・」


 なおも言葉を掛けて来る上級生らしき姿を追い、振り向く。
 今時珍しく、染め上げていない黒髪は小綺麗に揃えられ、一見して、真面目な優等生といった感じ。威圧感のある、落ち着いた風体はどことなく、彼がただ者ではない気がした。
 てか、そこらの男子と質が違う・・つまり、美形さん。
 最も、私には翔という弟がいて、こいつが結構、男としての見目は上質らしく、悪い意味で目が肥えてしまっているのか、意識する乙女心が変に欠落していた。
 よって、そういう方面での免疫はばっちり。容姿で動揺したりはしないのだ。
 そんなことより・・うん、実はあなたの言う通りです。
 替え玉生活準備に手間取り、昨日の入学式を休んでしまった私には、自分の教室が解らなかったりする。


「あー・・そうなんです。ええと、1Cの教室ってどの辺でしょうか・・?」
「1C?ということは・・きみが椋本翔か」
「どうしてわた・・僕の名前を・・?」
「入学式に休んだ新入生はきみだけだし、俺、寮長でもあるから。確か、寮入りも今日からだろう?・・三年の甲斐谷周防(かいたにすおう)だ。宜しく」


 はぁ・・この人、寮長なのか。どんな偶然なんだか・・。


「・・椋本・・翔です。宜しくお願いします」
「ああ。とりあえず・・教室に案内してやろう。ついて来い」
「え?あ・・は、はい」


 ぞんざいに言って歩き出した先輩の背を慌てて追う。
 うーん。探し歩く時間はないようだし、この親切かもしれない先輩の好意に甘えるとしよう。
 ほどなく、1Cのプレートが掲げられた教室に辿り着き、先輩は用は終わったとばかりに方向転換。


「あ、ちょっと・・」


 思わず、その腕を掴むと怪訝な表情で首を傾げられた。
 いや、あの・・お礼ぐらい言わせて下さい?


「・・お気に掛けて下さって、有り難うございました」


 ぺこっと頭を下げ、丁寧にお礼をする。
 あ・・こんな言い方、全然、翔らしくないや。
 内心で焦りつつ、こういう場合、翔だったら・・と思う態度で言い直す。


「エート・・引き止めて、すんませんでした!いや、先輩が善い人で、すっごい、助かっちゃった。また迷ったらお願いシマース」


 あははと空笑いするものの、相手のどこか冷めた視線に気づき、顔が引き攣る。


「まぁ・・自分の教室ぐらいは早く覚えることだ。また後で・・寮で、な」


 言って、先輩は去って行った。
 ふぅむ・・わざわざ送り届けてくれたことから判断するに、冷たい人ってことはないんだろうけど・・それとも、同じ寮生だから寮長として、仕方なく世話を焼いただけ?


「へぇ・・生徒会長はんにエスコートされて来るやなんて、すごいやないか」


 入れ替わるように耳元で囁かれ、ギョッとする。
 驚いて見上げた先で、不敵に笑む顔もまた、美形くん。長めの茶髪、耳にはピアス。どこか軽い雰囲気の男の子。


「入学初っぱな休んだクラスメイトはどないやろかと思うたら・・ふーん、こないな子やったんか。なんもかんも目立つなぁ?椋本翔くんは」


 独特のイントネーションで言われ、ジロジロと値踏みするみたいに見つめられ、ムッとする。
 ナニ・・この男。初対面の相手に、その態度は失礼ってもんでしょ。


「ってか、誰?ご存知の通り、僕、初っぱな休んで名前とか解らないんだけど?」
「ああ・・すまんすまん。おれ、小笠原空夜(おがさわらくうや)。これから、よろしゅう。翔って呼んでええよな?おれのことも空夜でええから」
「・・・・・よろしく」
「ちなみに、おれも寮暮らし。翔とは、同室やから、そっちでもよろしゅう」


 さらりと言われた言葉に、私は我が耳を疑う思いで訊ねる。


「同室・・?寮って・・もしかして、合い部屋・・?」
「うん、せや。一年、二年は二人で一部屋の割り当てらしいで?個室貰えるようになるのんは、三年になってからみたいや」
「そう・・なんだ・・」


 出来れば否定して欲しかったそれに、自分が最も怖れる最悪のパターンである状況の回答を頂き、本気で目眩がした。
 これで私に安住の地は・・開放的な時間はないということになる。24時間態勢で、女とバレない努力をしなければならない。
 ああ・・神様。
 迷える男装の子羊に、どうぞ、慈悲を・・厚い御加護を宜しくお願いします・・。


「ま、そう、嫌な顔すな。別に翔の行動に干渉なんかせぇへんし、ほどよい気楽さで助け合お」


 にーっこりと無邪気な笑顔を向けられては、態度を硬くするのも悪い気がして。


「うん、よろしくね。空夜」


 つられるみたいに笑みを返した。
 と、空夜は驚いた風に目を見開き、急に真顔になって、何事か悩み始める。
 なんだろう・・私、気に触るようなことした?


「どうしたの?僕、なにか変なこと言ったかな・・」
「・・いやぁ。ちょっ、びっくりしただけ。んー・・翔、気をつけや?」
「なにが?」
「男ばっかやからって、安心し切ってあんまり、無防備に笑ったりせぇへん方が身のためやってこと」


 どういう意味だろう・・さっぱり解らない。
 今度は私が真顔で悩み始め、それを見た空夜は苦く笑った。


「気づいてもうたわ。翔のソレって、誤摩化すためやろ?ほんまはちゃうねんな?」


 ドクンと心臓が高鳴る。
 女だって・・気づかれた?・・どうして・・。
 見目は・・わざわざ髪を短く切って、胸は古典的にサラシ巻いて押しつぶしてるし、言葉遣いや立ち振る舞いにも気をつけてたはずなのに。
 どこでバレたんだろう・・。


「あ・・の・・」
「その眼鏡。伊達やろ」
「・・は?」


 黙っていてくれと頼もうとして、予想外な指摘に、目が点になる。
 眼鏡??
 思いっきり首を傾げて、理解不能をアピールすると、不意に伸ばされた手が視界を被っていたレンズを奪い取った。
 ジッと間近から顔を覗き込まれる。


「ちょ、ちょっと!いきなり、なにす──」
「あ、やっぱ・・眼鏡外したら可愛い系の美形くんやわ。つまり・・翔みたいのんが趣味のヤツも居るんよ」
「趣味って・・まさか」
「そ。信じらへんやろけど、男ばっかの中にあり、同性をそういう対象として見てアプローチしてくる輩ってのが、実際、居るらしいんよ。だから、気をつけー、と」
「は・・はは・・」


 女だとバレるのはもちろん問題だけど・・そんなモテ方は嫌だなぁ。
 どうやら私は、別の意味合いでも隙を見せられないみたいだ。

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