No fair :1

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  身体が重くてだるい。
 手足は痺れたように、動かない。
 私、どうしたんだっけ・・?

 ・・ごめんね・・セイ・・。

 遠くで誰かが謝る声がする。
 なにが・・ごめん?
 あなたは誰?

 うっすら目を開けると、黒い髪と赤い瞳が見えた。
 あれ・・パパ、もう帰ってきてるの?
 ぼんやりそんなことを思い、何度か瞬きして見ると、視界がはっきりしてきた。
 同じイロなのに、造形はまったく違う人のもので・・。

「だ、誰!?」

 弾かれるように飛び起きる。
 どうして知らない人が家の中に居るの?パパは?ママは?私・・どうしたんだっけ?
 軽くパニックを起こした私を見、その人はただ大きな溜息をついて、私の両肩に手を置いた。

「落ち着いて、セイ。ボクの顔、よく見て」
「え?」

 名を呼ばれ、よくよく顔を見て・・纏うイロこそ違うけど、それは確かに彼のもの。

「カイ・・?」
「そう」

 短く返事して、再び、大きな溜息をついた。
 見知った顔は、今やキケンな存在でしかない同居人の黒羽戒(くろうカイ)のもの。
 これは一体、ど、どういうこと?
 銀髪蒼眼の彼が、私と同じ、黒髪赤眼になっている?
 私の心中を察したのか、美形は思案顔になり、小さく首を振る。

「ボクにも、なにがなんだか分からない。ただ、予測の範囲で言えることは・・誰かがボクに遠隔的な魔法を掛けたみたいだ」
「遠隔的な・・って?」
「普通、移動系以外の魔法は、魔法使い自らが出向いて、目の前のものを対象に影響を及ぼすことが多い。けど、ボクの前はもちろん、近辺に魔法使いが居た痕跡は無い。タブン、なんらかの触媒を通して掛けたんじゃないかな」

 魔法界でも一流の部類に入る彼が言うのだから、きっとそうなんだろう。
 だけど・・なぜそのままにしてるの?仕組みが解ってるなら、解けばいいだけじゃ・・。

「あのね、セイ。ボクが他人に掛けられた魔法を、そのままにしてると本気で思ってるの?だったら、まだまだキミはボクを解ってないんだね。お望みなら、もっと色濃い教育してあげてもいいんだよ?」

 言われ、自分が彼に何をされたのか、嫌でも思い出してしまう。
 そうだ。私、カイに・・。
 慌てて、自分の姿を見ると、まるで何もなかったかのように、制服を着込んでいた。
 ともすれば、あれは夢だったのかも・・と、祈るような気持ちで彼に視線を移してみると・・。
 艶やかに微笑まれ、現実であったのだと思い知る。

「っ・・こ、これ以上、変なことしたら・・舌噛んで死んでやる!!」
「はいはい。ハッタリはボクに通用しないし、今はそんな気もないから安心していいよ」
「ほんとにほんと?」
「うん」
「嘘ついたら・・ただじゃおかないからね!」
「・・キミにボクをどうこうできるとは思えないけど・・わかったよ」

 ちょっとだけ納得がいかない部分はあったけど、とりあえず、身の安全は確保できたようで、やっと肩から力を抜いた。
 それにしても・・。
 本来、魔法使いとしては正しいイロを纏ったカイ。
 だけど、私の目には異質なものとしてしか映らない。
 だって・・こんなの違う。
 艶やかな銀髪は絹糸みたいにキラキラしててサラサラで・・。
 澄んだ蒼は、高貴な宝石みたいに綺麗で・・。
 もちろん、今のイロでも整った顔には似合っている。
 でも、違うの。彼に似合うイロは、纏うべきイロは、銀と蒼だ。

「えっと・・それで、なんで魔法解かないんだっけ・・。魔力は十分に回復してるんでしょ」
「おかげさまで、ね。でも、これはちょっと厄介で・・ボクはすでにセイの魔画の影響を受けている。その上、見知らぬ魔法使いに魔法を掛けられた。つまり、二重になった魔法を解かなくてはならなくて・・」
「うん?」
「けど・・今のボクは本来のボクより劣っているんだ。魔力量が全然違う。だから、中の上程度の魔法しか使えないんだ」
「それって・・やっぱり、イロが違うから?」
「・・かな。皮肉だよね。魔法界の常識から逸脱したイロの方が、ボクに必要だなんてさ」

 自嘲気味に笑い、ソファーに身を預ける。
 なんとなく・・彼がその特異なイロを持つがゆえに、歩んできた道が決して平坦ではなかったことが伺え、胸が傷んだ。

「私はカイのイロ、すごく綺麗だと思うよ」
「ん」
「今のカイはパパと同じイロで、それはそれでカッコイイんだけど・・、やっぱり、いつものカイのイロの方が、私は好きだな」
「・・・・・」

 言い切ってから、自分がとっても恥ずかしいことを言ってしまったことに気がついた。
 あああ・・カッコイイとか好きとか、私ってば、なに告白めいたこと言っちゃってんの?絶対につけ入れられるじゃん!
 恐る恐る彼の顔を見て、意地悪に笑う表情かと思いきや・・違った。

「・・ありがとう」

 すごく優しげで自然な笑顔。
 ドキンと大きく鼓動が跳ねる。
 な、なんなの?どうしてこんな表情するわけ?
 いつもの戒らしくなくて、調子が狂う。

「・・まてよ・・魔画?・・もしかしてだけど、それが触媒かも・・」

 しかし、当の本人はこちらの動揺などおかまいなしに、またいつもの涼しい表情に戻り、推理を再開する。
 それなら・・と、私もすぐに話題に乗った。

「わ、私の絵が利用されてるってこと?」
「うん。それが一番手っ取り早くて、ボクに尻尾を掴まれにくい最良の手段だから」

 まさかここへきて、またもや迷惑を掛けてしまうことになる私の絵・・。
 ただ純粋な恋心で描いた一枚なのに、ただただ罪深い一品になってしまったことが悲しすぎる。
 私が絵を描かなければこんなことにはならなかったのに。
 後悔ばかりが胸を埋め尽くして、苦しくなった。

「過ぎたことを悔やんでもなんにもならない。今は解決の糸口を探すのが先でしょ?」
「うん・・でも、肝心の絵が・・」

 行方しれず。
 私の絵を利用して彼に魔法を掛けたというなら、当然、絵を持ち去ったのは魔法使いということになる。
 一体誰が・・。

「・・ねぇ、絵の在処を他に知ってる人はいないの?」

 同じ疑問を抱いたらしい彼が訊ねてくる。
 私は大きく横に首を振った。

「私しか知らないはず。あとは・・まぁ、リコちゃんぐらいかな」
「リコって・・灰音さんだっけ?セイの親友の子だよね」
「うん」
「・・・・・」

 リコちゃんの名前が出た途端、カイの表情が厳しいものに変わる。
 もしかして・・疑ってる?

「リコちゃんはただの人だよ。すっごい仲の良い友達・・親友だもん!関係ないと思う」
「・・セイ。残念だけど、魔法使いは幾らでも自分の正体を隠す手段を持っているんだよ」
「なにそれ。リコちゃんが犯人だって言うの!?いくらなんでもヒドイよ!」
「ボクは可能性の話をしてるんだ。だから、力ある魔法使いに確かめて貰おう」

 そう言って懐から携帯を取り出した彼は、素早くボタンを操作して、相手が出るのを待つ。
 一体、誰に電話してるんだろう・・?
 ほどなく相手が出たのか、親しげに言った。

「・・アリス?ボクだよ、カイ。」

 アリスって・・即席なクラスメイトの中でも目を引いた存在の姿が思い浮かんだ。
 長い黒髪に銀縁眼鏡を掛けた、いかにも優等生で美人な才女・・黒井有栖(くろいアリス)。
 カイと親密な彼女の正体は魔法使い・・魔女。

「うん、まぁ、なんとか大丈夫、かな。それより・・またちょっとジンくんの力を貸して欲しいんだけど・・」
 
 ジンくん?同じく、即席なクラスメイトの名が出て、首を捻る。
 黒井さんと付き合っている彼・・黒衛仁(くろえジン)もまた、魔法使い。
 なんだか、簡単にその存在を認めてしまっているけど、こんな風に何人もが集中して居ることは珍しいんじゃないかな?
 私だって、つい最近まで、パパぐらいしか目の当たりにしてなかったし・・。
 そういう意味でも、あの絵は様々な影響を与えたことになる。
 私はただ、思うまま、好きに絵を描きたいだけなのに・・もう、描かない方がいいのかも。
 そうすれば、厄介なことにはならないはずだ。
 なんでパパは魔法使いなんだろう?普通の人だったら、こんな風に悩むこともなかったのに・・。
 好きなことを諦めるのはやっぱり辛くて、つい、八つ当たり的にそんなことを思ってしまう。特異な能力をもたらす魔法使いの血が、今は恨めしく思えた。

「あ・・」

 そこで肝心なことを忘れてることに気づく。

「そういえば・・パパとママどうしたんだろ?もうこんな時間なのに、二人がいないなんて珍しいな・・」

 時刻は19時を回っている。
 専業主婦であるママが出掛けたとしても、魔法図書館で司書をしているパパが帰って来る時間にはちゃんと家に居て、出迎えるのが当然の光景だった。
 なのに、一向に帰ってくる様子がない。

「・・二人が家を開けることって珍しいの?」

 私の何気ないつぶやきに、彼が通話しながら問いかける。

「うん」
「・・そう。関係ないといいんだけど・・」

 気遣う視線に、 不安を煽られた。
 まさか、パパとママになにか?

「カ・・」

 どういう意味か訊ねようとした次の瞬間──。

「なっ・・」

 目の前に知った顔の男女が現れた。

「こんばんわ、お邪魔します。不躾にごめんなさいね。もぅ・・せめて玄関から入りましょうって言ったのに」
「んな、めんどくせー。魔法のコト知ってるヤツだろ?取り繕う必要ねーっての」
「魔法は関係ないわ。礼儀の話をしてるのよ。ジン」
「オレに礼儀を求めんなよ、アリス」

 あーでもないこーでもないと小さな言い合いをする二人を、呆然と見ていると、横で大きな溜息。

「いらっしゃい、アリス。ジンくん。カップルの痴話喧嘩なら、他の機会でしてくれる?」
「あ、ごめんなさ・・え?もしかして・・カイ、よね?」
「オマエ・・ナニそれ。どーしたんだよ?」

 冷ややかに見つめる赤い目と黒髪の彼に気づいた二人は、同時に目を丸くしたのだった。

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